岩手県立総合教育センター教育研究(1999)
豊かな人間性をはぐくむ道徳教育の在り方に関する研究
− 発達段階に即した体験活動の生かし方の工夫をとおして −(第1報)
《 目 次 》
1 はじめに
2 豊かな人間性をはぐくむ道徳教育の在り方についての基本的な考え方
(1) 豊かな人間性をはぐくむ道徳教育の意義
(2) 幼児児童生徒の発達段階の特性
3 豊かな人間性をはぐくむ道徳教育の在り方に関する基本構想
(1) 単元的な構想に基づく道徳教育の意義
(2) 発達段階に即した体験活動の在り方
(3) 体験活動の場における道徳的価値の大切さを実感させる援助・指導の在り方
(4) 体験活動を生かすモラルゲームと道徳の時間の在り方
(5) 豊かな人間性をはぐくむ道徳教育の在り方に関する基本構想図
4 豊かな人間性をはぐくむ道徳教育の在り方についての推進試案
(1) 推進試案作成のための調査計画の概要
(2) 推進試案作成のための調査結果の分析と考察
(3) 豊かな人間性をはぐくむ道徳教育にかかわる課題
(4) 豊かな人間性をはぐくむ道徳教育の在り方についての推進試案作成のための視点
(5) 豊かな人間性をはぐくむ道徳教育の在り方についての推進試案
5 研究のまとめ
6 おわりに
【主な参考文献】
1 はじめに
子どもたちを取り巻く状況がめまぐるしく変化している今日、学校教育においては、子どもたちに豊かな人間性をはぐくむことが重要な課題となっています。そのため、学校の教育活動全体においては、生命を尊重する心、他者への思いやりや社会性、倫理観や正義感、美しいものや自然に感動する心を育てることが求められています。
しかし、子どもたちに関する問題は年々増加し、豊かな心が失われつつあるように思われます。このことは激変する環境のなかで、子どもたちが体験をし、感動することが減少していることや、学校、家庭、地域社会が連携を図り、子どもたちの発達段階をふまえた指導が十分でなかったことによると考えられます。学校においては「心の教育の充実」や「道徳教育の充実」が求められていますが、対症療法的な指導や即効的な指導に走ることが多く、幼児期、小学校期、中学校期を見通した指導は十分であるとは言い難いようです。
このような指導を改善していくためには、道徳性が芽生える幼児期から、小学校・中学校において、子どもたちがそれぞれの発達段階に即した体験活動をし、感動することができるような教育活動全体をとおした指導を行い、豊かな人間性をはぐくむ必要があります。
そこで、この研究は、幼稚園、小・中学校の発達段階に即した体験活動を生かした指導を工夫することによって、豊かな人間性をはぐくむ道徳教育の在り方を明らかにし、幼稚園、小・中学校の道徳教育の充実に役立てようとするものです。
研究1年次の今年度は、豊かな人間性をはぐくむ道徳教育の在り方についての基本的な考え方を検討し、基本構想の立案及び推進試案の作成を行いました。
2 豊かな人間性をはぐくむ道徳教育の在り方についての基本的な考え方
(1) 豊かな人間性をはぐくむ道徳教育の意義
本研究でめざす豊かな人間性をはぐくむとは、人間性すなわち人間の本性、つまり、自らを律し、他者と受容的に調和的に接していく社会的に望ましい基本的行動様式を含んだ特徴を豊かに育てることです。中央教育審議会「幼児期からの心の教育の在り方について」中間報告(平成10年3月)では、子どもたちが身につけるべき「生きる力」の核となる豊かな人間性を次の六項目に分けています。こ
れらの項目は、具体的には次のような内容を含むものであるといえます。
@ 美しいものや自然に感動する心などの柔らかな感性
深い感動を覚えるような音楽や芸術作品の鑑賞、山や海などでの自然体験などをとおして、人間をみつめ、自然をみつめ、人間の力を越えたものをみつめながら人間として在ることの大切さやすばらしさを素直に受け止めようとする感性A 正義感や公正さを重んじる心
社会的な認識能力と平等感に基づく人間愛を基盤としながら、差別や偏見をもたず、正義の実現のために努力しようとする心B 生命を大切にし、人権を尊重するなどの基本的倫理観
生命の連続性や尊厳性に気付き、かけがえのない生命を大切にして生きようとする心をもち、自 己発見や自己尊重の体験をとおして自己理解を深めながら、他者を深く理解し、他者の人権を尊重 しようとする心C 他人を思いやる心や社会貢献の精神
相手の心や立場を推し量り、想像する心をもちながら、社会貢献活動などの学習をとおして人が支え合って生きる社会の仕組みを理解し、人の役に立つ喜びを実感しようとする心D 自立心、自己抑制力、責任感
自分のことは自分で行おうとする心、相手の立場に立って自分の気持ちや行動を押さえようとすること、自ら考え、判断したうえでの行動に責任を果たそうとする心E 他者との共生や異質なものへの寛容
互いの個性を大切にし、差異を認め合う態度を身に付けながら、他者とのよりよい関係を探り、共に生きることの必要性を実感しようとすること
道徳教育とは、よりよい生き方を求め実践しようとする人間の育成を目指し、その基盤となる道徳性を養う教育活動です。道徳性とは、『小学校学習指導要領解説道徳編』(平成11年5月)のなかに「人間としての本来的な在り方やよりよい生き方を目指してなされる道徳的行為を可能にする人格的特性であり、人格の基盤をなすものである。それはまた、人間らしいよさであり、道徳的諸価値が一人一人の内面において統合されたものといえる」と記されています。この「道徳的行為を可能にする人格的特性」が「人間らしいよさ」と記されていることからも分かるように、道徳性は、人間性を構成する一つの特性と考えることができます。つまり道徳的であるということは、人間が人間としてよりよく生きていくうえで欠かせないことであり、道徳性を養うことは学校における道徳教育の充実につながり、さらには、子どもたちの人間性を豊かにはぐくむことに強く結びついていくと考えることができます。
(2) 幼児児童生徒の発達段階の特性
子どもたちの発達段階に即した体験活動の生かし方を考えるうえで、それぞれの発達段階の特性をおさえておく必要があります。『小学校学習指導要領解説道徳編』(平成11年5月)のなかに「道徳性の発達は、基本的には他律から自律への方向をとる」とありますが、この「他律から自律」という考えに基づき、ピアジェ等の理論を参考にしながら、それぞれの発達段階の特性を以下のようにおさえることとします。
ア 幼児期の段階
幼児期の段階は、道徳性の萌芽期の段階といわれています。幼児は、大人からほめられたり叱られたりしながら、自分なりに善悪の枠をつくっていきます。他者とのかかわりについては、家庭における保護者との関係だけでなく、他の幼児や家族以外の人々とのかかわりを求めるようになってきます。
イ 小学校低学年の段階
親や教師の是認や否定に依存した言動が目立つようになります。また、行って善いことと悪いことについての理解はある程度できるようになりますが、動機でなく行為の結果によって善悪を判断する傾向にあります。他者とのかかわりについては、学校での生活や仲間との遊びなどをとおして、徐々に相手の立場や人格を尊重しようとする傾向が芽生えてきます。
ウ 小学校中学年の段階
自分の行為の善悪については、ある程度反省しながら把握できるようになります。他者とのかかわりについては、みんなと協力して共通の目標を達成しようと努力したり、自分たちできまりをつくり守ろうとしたりすることができるようになってきます。
エ 小学校高学年の段階
論理的、抽象的な思考ができるようになり、行為の結果から動機を考慮できるようになるなど、全体を見通した判断を下せるようになります。他者とのかかわりについては、社会的な認識能力の発達に伴い、民主的社会を維持し発展させるための価値について理解できるようになります。
オ 中学校の段階
日常生活に必要な規範はたいていわきまえるようになり、自分の生活原則によって社会や人生の問題を割り切ろうとします。他とのかかわりについては、自分が個人的な人間関係の中で生活していると考えるだけでなく、社会的な組織の構成員であるとも考えられるようになります。また、友人との深い内面的・情緒的結びつきを求める傾向も強くなります。
以上のような発達段階の特性をふまえ、発達段階に即した体験活動を行い、それらを生かした指導を行うことにより、子どもたちは他律的な段階から、より自律的な段階へとよりよく成長することができます。そしてその過程のなかで、ものの見方や感じ方を広げていくことができると考えます。
3 豊かな人間性をはぐくむ道徳教育の在り方に関する基本構想
(1) 単元的な構想に基づく道徳教育の意義
道徳教育の目標である内面に根ざした道徳性を養うとは、主体的に把握した価値を日常生活のそれぞれの場面において行動に転化できるエネルギーを蓄えることです。また、内面に根ざした道徳性を養うためには、子どもの心情面を耕し、判断力の育成をとおして、望ましい価値についての理解を深め、その価値が自分にとって本当に必要なことだ、役に立つことだという実感がもてるようにしながら、価値の実現に向けて、具体的な実践レベルで動機付けられていくことが必要です。このように内面に根ざした道徳性を養うとは、道徳的価値の実現に向けて認識レベルから実践志向レベルへと実践意欲や態度を高めていくことにほかなりません。そこで、認識レベルから実践志向レベルへと子どもの意識の連続性を図っていくために、体験活動と道徳の時間などとのかかわりを明確にし、一つの単元としてバランスよく組み合わせながら単元的な構想に基づく道徳教育を実践することにより、道徳性が養われ、豊かな人間性がはぐくまれていくものと考えます。さらに、単元的な構想に基づく道徳教育をとおして、次のような三つの力を培っていくことが内面に根ざした道徳性を養い、豊かな人間性をはぐくむために欠かすことのできない大切な要素であると考えました。
@ 共感能力 … 望ましい道徳的価値について共感的に理解を深める力
A 受容能力 … 他の人や自然などのよさを受容しながら、望ましい道徳的価値の大切さを実感する力
B 実践志向力… 望ましい道徳的価値の実現に向けて意欲を高める力
この三つの力を幼稚園、小・中学校それぞれの指導段階のモデルで表すと次のようになります。
以上のことから、豊かな人間性がはぐくまれた幼児児童生徒の具体像を次のようにとらえます。
(幼稚園)善悪のけじめと他を思いやる心の大切さに気づき、他の人のよさを見つけながら、自分に取り入れ、進んで実践しようと意欲を高めている
(小学校)道徳的価値について共感的に理解を深め、他の人や自然などのよさを受容しながら、価値の大切さを自分とのかかわりでとらえ、自発的に実践しようと意欲を高めている
(中学校)人間としての生き方について共感的に理解を深め、他の人や自然などのよさを受容しながら、価値の大切さを自律的に考え、判断し、主体的に実践しようと意欲を高めている
(2) 発達段階に即した体験活動の在り方
体験活動とは、物事に対して自分で実際に取り組んで試してみる活動のことであり、人は、体験をとおすことによって生きた知識を得ることができるといわれています。本研究でいうところの体験活動とは、「自分自身、他の人、自然や崇高なもの並びに集団や社会とのかかわりを豊かにし、より主体的な行為として表すことのできる体験」のことをいいます。「かかわりを豊かにする」とは、道徳的価値について自らのかかわりをとおしてとらえ直し、よりよいかかわり方を考えていくことです。また「より主体的な行為として表す」とは、他律的ではなく自律的に道徳的実践ができることであり、道徳的実践力に支えられた実践のことをいいます。幼児の道徳性の芽生えを培う体験活動としては、道徳教育とかかわりのある各領域のねらいや内容をもとに、小学校低学年との関連も考慮しながら、「基本的な生活習慣」「友達関係」「自然体験、社会体験」という三つの視点からその内容を構想することとします。小・中学校においては、学校や地域の特色を生かし、子どもたちの自発性や主体性を尊重しながら「ボランティア活動」「環境保護活動」「国際理解活動」「地域の高齢者との交流活動」などの視点からその内容を構想することとします。発達段階に即した体験活動の在り方については、それぞれの発達段階の特性をふまえ、次頁【表−1】のようにおさえることとします。
(3) 体験活動の場における道徳的価値の大切さを実感させる援助・指導の在り方
体験活動には「為すことによって学ぶ」というよさがありますが、体験によって子どもがねらいとする道徳的価値を内面化するとは限りません。なぜなら体験して得たものは、心に大切なものとして
実感できてはじめて、道徳性の育成に役立つものとなるからです。したがって、体験活動の場においては、単に体験させるだけでなく子どもの意識を深め、道徳的価値の大切さを実感させるための動機付けを図ったり、活動の成果についてまとめたりする教師の援助・指導が必要になってくるといえます。そのようにして意識付けられた体験活動は、子どもの心に感動を呼び起こし、自律的な道徳的実践に結び付く動機付けになっていくと考えます。
(4) 体験活動を生かすモラルゲームと道徳の時間の在り方
ア 体験活動を生かすモラルゲームの在り方
幼稚園における道徳教育は、道徳性の芽生えを培うことにより、集団生活にとけ込み、他を思いやる心や善悪のけじめを得させることに主眼があります。そのためには、幼児一人一人が活動を行うなかで、自分たちの身の回りにはいろいろなルールがあることを知り、それらを守ることを理解させることが必要です。そこで、ゲーム的な要素を取り入れ、楽しく学ばせながら道徳的習慣の形成を促し、一人一人の道徳性の基礎を養おうとするものがモラルゲームです。モラルゲームの内容としては、「あいさつや言葉遣いなど礼儀作法に関すること」、「交通安全など生命尊重、健康・安全に関すること」、「身の回りの整頓など規則正しく、きまりよい生活に関すること」などが考えられます。モラルゲームで培った力を体験活動の場で生かしたり、体験活動を振り返りながらモラルゲームを行ったりすることにより、モラルゲームと体験活動とのかかわりが明確になり、子どもの意識の連続性が図られ、内面に根ざした道徳性の基礎が育成されるであろうと考えます。
イ 体験活動を生かす道徳の時間の在り方
道徳の時間は、さまざまな体験活動との密接な関連を図りながら、計画的発展的な指導によって道徳的価値の自覚を深め、道徳的実践力の育成を目指す時間です。道徳的価値の自覚を深めるためには、まず第一に資料をとおしての価値把握が十分になされることが必要です。具体的には「資料は資料,自分は自分」と考えるのではなく、主人公と児童生徒のものの見方、感じ方、考え方とをかかわらせながら、追体験をとおして主人公への共感を深められるようにすることです。なぜなら、主人公に深く自分をかかわらせ、主人公の心の弱さや脆さ、切実な生き方などを自分の体験を振り返りながら実感させることは、主人公の内面をとおして自己の内面を深く見つめ直し、自分は今までどのように考えてきたかを振り返ることにつながり,さらには未来に目を向け、人間としてよりよく生きていこうとする意欲付けにつながっていくと考えるからです。また、関連する体験活動の意義や成果及び課題がしっかりと意識化されるなど、体験活動を生かした多様な取り組みを工夫していく必要があります。そこで、道徳の時間における体験活動の生かし方の工夫として、「生かす」ことと「取り入れる」ことを考えました。「生かす」とは、体験活動をとおして感じたことなどを出し合いながら、話し合いを充実させることです。「取り入れる」とは、可能な限り道徳の時間に実物に触れる活動や役割演技などの活動を取り入れ、子どもたちの心をゆさぶり、主人公への共感を深めていくことです。
4 豊かな人間性をはぐくむ道徳教育の在り方についての推進試案
(1) 推進試案作成のための調査計画の概要
豊かな人間性をはぐくむ道徳教育の推進試案作成のための参考資料を得ることを目的として、研究協力校の教員を対象に【表−2】に示した観点と内容で調査を実施し、その調査結果をまとめました。
(2) 推進試案作成のための調査結果の分析と考察
ア 豊かな人間性の育成にかかわる道徳性のとらえ方
<豊かな人間性の育成にかかわり大切だと思われる道徳性の内容>
【図−2】からは、豊かな人間性の育成にかかわって幼稚園で大切だと思われる内容のうち、多い
項目は「物事に感動すること」「生命を大切にすること」「友達と仲良く遊ぶこと」であることがわか
ります。幼児は、さまざまな遊びをとおして幼児期にふさわしい道徳性を生活のなかで身に付けていきます。その道徳性の芽生えを培うための根本となるのが、「物事に感動する心」などの感性や「生命尊重の心」あるいは「友達とよりよくかかわろうとする心」であることがわかります。
次頁【図−3】からは、豊かな人間性の育成にかかわって小学校で大切だと思われる内容のうち、多い項目は「自分でできることは自分ですること」「自分がすべき勉強や仕事を責任をもって行うこと」であることがわかります。また、低学年では「自分でできることは自分ですること」「うそをついたりごまかしたりしないこと」、中学年では「他人を思いやること」「自分がすべき勉強や仕事を責任をもって行うこと」、高学年では「自分の特徴を知り、悪いところを改めよいところを積極的に伸ばすこと」「集団のなかでの役割を自覚し、進んで責任を果たすこと」を大切な内容としてあげています。このことから、小学校では、「自立心」や「責任感」など自分自身に関する内容の育成を第一に考えていること、学年が進むにつれて、自分自身に関する内容から他の人とのかかわりに関する内容や広く集団や社会とのかかわりに関する内容へと育成すべき重点が移行していることがわかります。
【図−4】からは、豊かな人間性の育成にかかわって中学校で大切だと思われる内容のうち、多い項目は「望ましい生活習慣を身に付け、心身の健康の増進を図り、節度のある生活を心がけていること」であることがわかります。また、1年生では「望ましい生活習慣を身に付け、心身の健康の増進を図り、節度のある生活を心がけていること」「礼儀の意義を理解し、時と場に応じた適切な言動をとること」、2年生では「集団のなかでの役割を自覚し、進んで責任を果たし集団生活の向上に努めること」「心から信頼できる友達をもち、互いに励まし合い、高め合うこと」、3年生では「人間には心の弱さや醜さを克服する強さや気高さがあることを信じ、生きることに喜びを見いだすこと」「望ましい生活習慣を身に付け、心身の健康の増進を図り、節度のある生活を心がけていること」を大切な内容としてあげています。このことから中学校では、小学校同様、「望ましい生活習慣を身に付けること」という自分自身に関する内容の育成を第一に考えていること、また、選択された他の道徳性の内容との関連から考えると、中学校では、他者理解や人間理解のうえに立った自己理解を深めながら、人間としての生き方の自覚を深めていく必要があるととらえていることがわかります。
イ 道徳教育と関連する体験活動の実態
<道徳教育と関連する体験活動の状況>
【図−5】から、幼稚園で行われている体験活動は、幼児に対する教師の道徳的な働きかけを基本とした道徳教育と関連して行われていることがわかります。また、小学校ではほぼ全員、中学校では、約6割以上の教員が、学校教育全体をとおして行われる道徳教育の意義を理解し、児童生徒の道徳性の育成にかかわりのある体験活動を実施していることがわかります。
<道徳教育と関連する体験活動の内容>
【図−6】からは、幼稚園で、道徳教育と関連する体験活動として多いのが「動植物の世話」「自然と触れ合う活動」であることがわかります。このことから幼稚園では、動植物や自然とのふれあいなど直接的な体験を中心にしながら、物事に感動する心を育て、道徳性の芽生えを培っていることがわかります。【図−7】からは、小学校で、道徳教育と関連する体験活動として多いのが「異年齢の子どもたちと遊ぶこと」と「ボランティアに関すること」であることがわかります。このことから小学校では、幼児やお年寄りなど他の人とのかかわりを強めながら、他の人の心情や考えを推し量る力、相手の立場に立って考えようとする力の育成を中心にして内面に根ざした道徳性の育成を図っていることがわかります。【図−8】からは中学校で、道徳教育と関連する体験活動として多いのが「ボランティアに関すること」「読書や読み聞かせ」「絵画や音楽鑑賞」「地域の活動や行事への参加」であることがわかります。「ボランティア」と「地域の活動や行事への参加」については、他の人とのかかわりを強めながら、他の人の心情や考えを推し量り、相手の立場に立って考えようとする力を養おうとする意図が表れており、また、「読書や読み聞かせ」「絵画や音楽などの鑑賞」については、美しいものや善いものなどに触れさせることで心を耕し、豊かにしていくという意図が表れていることがわかります。これらの結果から、幼稚園、小・中学校で行われている道徳教育と関連する体験活動とは、他の人や自然、社会などとの積極的なかかわりをとおして、心を豊かに耕し、道徳的価値の大切さや人間としての在り方や生き方を見つめ直す機会を与えてくれるものであることがわかります。
<体験活動の場における道徳性を養うための工夫>
【表−3】から次のようなことがいえます。幼稚園では幼児の道徳性の芽生えを培うために、自己発揮や自己抑制ができるような環境構成や援助を行っていることがわかります。具体的な環境構成の工夫としては、「直接体験できる場の設定」「感動を共有できる場の設定」「多様な体験をじっくりできる場の設定」などです。具体的な援助の工夫としては、「共感的に接すること」「礼儀にかかわる言葉を指導すること」「自己内対話ができるような働きかけを行うこと」「相手の思いを理解できるような働きかけを行うこと」などです。小学校では「子どもの自主性に任せた体験活動を組むこと」や「複数の体験活動を組み合わせること」などの工夫を行っていることがわかります。中学校では「体験活動の感想やまとめを書かせること」を行ったり、体験活動に入る前に「講演会などの実施」を行ったりしながら、体験活動に対する生徒の意識を高める指導を行っていることがわかります。
<体験活動実施上の問題点>
【表−4】からは、中学校における体験活動実施上の主な問題点として多くあげられているのが「道徳性の育成を図るための体験活動の内容や方法について具体化できていない」ことであることがわかります。このことと小学校の問題点としてあげられている「道徳性の育成を図るための体験活動の評価の内容や方法について具体化できていない」ことと合わせて考えてみると、道徳教育と関連する体験活動については、道徳性の評価の在り方までを見通しながら、より具体的な内容や方法について求めていることがわかります。
ウ 体験活動と関連する道徳の時間の指導の実態
<道徳の時間と体験活動との関連の状況>
【図−9】からは、小学校では、体験活動との関連を考えた道徳の時間の指導について、5名が「行っている」「どちらかというと行っている」と答えており、中学校では、同じ問いに対して3名が「どちらかというと行っている」と答えていることがわかります。このことから、小学校では約半数、中学校では3名の教員が体験活動との関連を生かしながら道徳の時間の指導を行っていることがわかります。
<工夫している指導内容や方法>
【表−5】からは、小学校では、体験活動の作文から活動を想起させたり、関連する体験活動に向けて意欲が高まるような働きかけを行ったりしながら、体験活動と道徳の時間との意識の連続性を考慮した、より有機的な結び付きを考えていること、また、中学校でも小学校同様、日常生活における生徒のさまざまな体験を授業のなかで取り上げたり、体験活動についての作文等を発表させたりしながら、生徒の関心を高めながら、意識の連続性を考慮した授業を行っていることがわかります。
<道徳の時間の指導上の問題点>
【表−6】からは、小・中学校に共通する道徳の時間の問題点として多くを占めるのが、「道徳の時間における体験活動の生かし方の具体的な内容や方法」であることがわかります。また、「道徳の時間は資料の主人公の心情や行動の変容を追うことを中心にしている」という考えもみられます。これらのことから、道徳の時間における体験活動の生かし方のアイディアを具体的に示しながら、道徳の時間の可能性をさらに広げて考えられるよう検討していく必要があると思われます。
(3) 豊かな人間性をはぐくむ道徳教育にかかわる課題
豊かな人間性をはぐくむ道徳教育の在り方にかかわる実態調査の分析からとらえた問題点及びその
原因から、課題を次の三点としました。
@ それぞれの発達段階を考慮しながら、道徳的価値に対する意識の連続性を図る手だてが必要であること
A 体験活動をとおして、道徳的価値の大切さを実感することができるような手だてが必要であること
B 道徳の時間において、体験活動を生かし道徳的価値の自覚を深められるような手だてが必要であること
(4) 豊かな人間性をはぐくむ道徳教育の在り方についての推進試案作成のための視点
基本構想と道徳教育にかかわる課題をふまえ、推進試案作成の視点を次のように考えました。
@ 幼児児童生徒の発達段階に即した道徳教育の指導計画を立て、体験活動とモラルゲームあるいは道徳の時間との関連性を明確にしながら、価値に対する意識の連続性を図るとともに発展性のある指導を行うこと
A 体験活動をとおして、道徳的価値の大切さが実感できるよう、教師の援助・指導の仕方を工夫すること
B 体験活動を生かしながら、道徳的価値の自覚が深まるよう、幼稚園におけるモラルゲームの在り方、小・中 学校での道徳の時間における話し合いの在り方を工夫すること
(5) 豊かな人間性をはぐくむ道徳教育の在り方についての推進試案
ここでは、推進試案作成の三つの視点に基づき、「単元的な構想に基づく道徳教育の指導計画」「体験活動の場における教師の援助・指導」「体験活動を生かしたモラルゲームと道徳の時間における話し合い」の具体的な手だてについて説明します。
ア 単元的な構想に基づく道徳教育の指導計画
幼児児童生徒の豊かな人間性をはぐくむ道徳教育を行うために、次に示すような流れで単元的な 構想に基づく道徳教育の指導計画を作成します。
(ア) 幼稚園
@先週の幼児の姿→A教師の願い→B「豊かな人間性」をはぐくむ道徳的価値内容の設定→C道徳教育の視点の設定→D環境構成の工夫→E教師の援助の工夫→F活動形態の工夫→G体験活動の生かし方の工夫を軸とした単元的な構想に基づく保育計画推進試案の作成
(イ) 小・中学校
@今の子どもの姿→A教師の願い→B「豊かな人間性」をはぐくむ道徳的価値内容の設定→C単元的な構想に基づく道徳教育目標の設定→D教師の指導の工夫→E単元的な構想に基づく道徳教育指導計画推進試案の作成
イ 体験活動の場における教師の援助・指導の工夫
幼児児童生徒の体験活動に対する意識を深めながら、道徳的価値の大切さを実感できるようにするために次頁【表−7】に示したような援助・指導の仕方を基本としながら、体験活動の場において教師の援助・指導を行います。
ウ 体験活動を生かすモラルゲームと道徳の時間の工夫
(ア) 幼稚園における体験活動を生かすモラルゲームの工夫 (イ) 小・中学校における体験活動を生かす |
指導の手だてにかかわる基本構想及び課題に基づき、【図−10】幼稚園における体験活動の生かし方の工夫を軸とした保育計画推進試案、【図−11】小・中学校における体験活動の生かし方の工夫を軸とした道徳教育指導計画推進試案を作成しました。
5 研究のまとめ
今年度、豊かな人間性をはぐくむ道徳教育の在り方に関する研究について主に次のことが明らかになりました。
(1) 主題にかかわる先行研究と文献により、豊かな人間性をはぐくむ道徳教育の在り方についての基本的な考え方を検討することができたこと
(2) 豊かな人間性をはぐくむ道徳教育の在り方についての基本的な考え方に基づき、内面に根ざした道徳性を養い、豊かな人間性をはぐくむために「単元的な構想に基づく道徳教育」「教師の援助・指導」「体験活動を生かすモラルゲームと道徳の時間の在り方」のような指導の手だてを位置付けた基本構想を立案することができたこと
(3) 「発達段階に即した道徳教育の指導計画」「発達段階に即した援助・指導」「道徳的習慣の形成を促すモラルゲームの在り方」「体験活動を生かした話し合いの在り方」のような具体的な手だてを明確にした推進試案を作成することができたこと
6 おわりに
本年度研究をふまえ、推進試案に基づく実践をとおして、幼稚園、小・中学校における道徳教育の具体的な方策について、実践的に究明していきたいと考えています。なお、実践にあたっては、さらに検討を加え、幼児児童生徒の実態に即した展開を構想していきたいと思います。
【主な参考文献】
・文部省 『幼稚園教育要領解説』 1999年
・文部省 『小学校学習指導要領解説道徳編』
1999年
・文部省 『中学校学習指導要領解説道徳編』
1999年
・東山町立げいび幼稚園研究紀要 『道徳性の芽生えを培う援助のあり方はどうあればよいか ―人とのかかわりをとおして―』
1999年
・東京都新宿区立余丁町幼稚園 『幼稚園の道徳教育』
明治図書 1990年
・香川県小学校道徳教育研究会 『発達課題にもとづく道徳教育』
明治図書 1983年