岩手県立総合教育センター教育研究(1999)
幼稚園と小学校低学年における音楽的発達を促す指導・援助の在り方に関する研究
−楽曲のもつよさや楽しさを感じ取らせる活動の工夫をとおして− (第1報)
目 次
1 はじめに
2 幼稚園と小学校低学年における音楽的発達を促す指導・援助の在り方についての基本的な考え方
(1)音楽的発達とは
(2)幼稚園と小学校低学年において音楽的発達を促す意義
(3)幼稚園と小学校低学年における音楽的発達の特性
3 幼稚園と小学校低学年における音楽的発達を促す指導・援助の在り方についての基本構想
(1)楽曲のもつよさや楽しさを感じ取らせる活動についての基本的な考え
(2)楽曲とかかわる遊びを取り入れることの意義
(3)楽曲のもつよさや楽しさを感じ取らせる活動の進め方
(4)幼稚園と小学校低学年における音楽的発達を促す指導・援助の在り方についての基本構想図
4 幼稚園と小学校低学年における音楽的発達を促す指導試案
(1)指導試案作成のための実態調査計画の概要
(2)調査結果の分析と考察
(3)実態調査結果のまとめ
(4)幼稚園と小学校低学年における音楽的発達を促す指導試案
5 研究のまとめと今後の課題
6 おわりに
(主な参考文献)
1 はじめに
幼稚園と小学校低学年である幼児期は、リズム・テンポ・音色などの音の刺激に鋭く反応し、音楽を感じ取る能力が著しく発達する時期です。この時期にこのような音楽を感受する能力を育てていくことは、音楽活動の基礎的な能力の育成や、生涯にわたって音楽を愛好する心情、豊かな情操などを育成することに必要不可欠であると考えます。折しも新学習指導要領では、完全学校週5日制の実施に伴い年間授業時数が縮減される中、音楽においては小学校低学年の授業時数が現行のままとなっています。これはまさに幼児期・児童期の音楽教育の重要性を示しているといえます。
しかしこれまでの幼稚園と小学校低学年の状況を見ると、季節や行事に合わせた音楽活動や合奏などの取り組みが中心となり、活動や指導に偏りが見られることがあります。また幼児・児童の姿を見ても、楽曲の気分を生かした表現から離れた大声での歌唱が多く見受けられます。
このような状況を改善するためには、幼児期の発達段階に応じた音楽的な感受力を理解し、幼児・児童に楽曲のもつよさや楽しさを感じ取らせるような活動を工夫していくことが必要です。
そこで本研究では次のような仮説をたて、幼稚園と小学校低学年における音楽的発達を促す指導・
援助の在り方を明らかにし、音楽的環境づくりや活動内容の改善に役立てたいと考えました。
研究仮説
幼稚園の表現活動や小学校低学年の音楽科の学習において、次のような楽曲とかかわる遊びを取り入れながら楽曲のよさや楽しさを感じ取らせる活動をしていけば、幼児・児童の音楽的発達が促されるだろう。
(1) リズム遊びや歌遊び、音遊び
(2) 言葉とリズム、感情などを歌と結びつけた表現
(3) イメージを広げる造形遊びや音づくり
2 幼稚園と小学校低学年における音楽的発達を促す指導・援助の在り方についての基本的な考え方
(1)音楽的発達とは
人間には生まれながらに備えている内的素質があり、外部の環境と相互に働き合ってより一層、統合・分化された形態をとるようになります。それは音楽に関しても同様で、音を聴くことや表現することには潜在的な能力をもっており、年齢や心身の成長とともに、家庭や社会などの影響を受けながら徐々に発達し、やがて自分に適した音楽の楽しみ方や音楽行動ができるまでになっていきます。
このように音楽的発達は、「音楽行動の基となる音楽的な諸能力が伸長され高まっていくこと」であり、また「より高い音楽行動を、自ら可能にしていく力の発達」とも考えます。
この音楽的な諸能力としては、例えば次のようなものがあります。
・音楽的な刺激を感じ取る感覚的な能力
・音楽の要素や価値をとらえる音楽的な理解力
・音楽を歌唱や楽器演奏、創作などで表現する技能
・音楽美を鋭く感じる感性
このように音楽的能力は、感覚・知覚などの内面的な能力、表現技能などの外面的な能力が、多様かつ複雑に絡み合って構成されています。これらの音楽的な諸能力はそれぞれ単独で発達するものではなく、相互に関連し合ったり統合化されたりしながら発達し、さらには積極的に音楽とかかわろうとする意欲や音楽への心情などとも深くかかわりながら、より一層促進され発現していくものと考えます。
このことに関して小学校学習指導要領では、音楽を愛好する心情や音楽に対する感性、音楽活動の基礎的能力を育成することを目標に示しており、情意面と能力面は同時に育てるべきもの、としています。一方幼稚園教育要領では、表現領域のなかで音楽について触れ、豊かな感性や表現しようとする意欲・態度の育成、豊かな創造性の育成という観点で、幼児が音楽活動の楽しさを味わうこと、と述べられています。
以上のことをまとめると、音楽的発達には音楽的な諸能力が要素として含まれ、さらにこれらの要素がいくつか関係し合って大きな側面が形成されると考えることができます。
そこで本研究においては、主として育てたい能力要素を、〈音楽的な感受力〉 〈表現力〉 〈音楽に親しむ意欲〉とし、さらに大きな側面を「音楽的感性」「音楽的な表現力」「音楽を愛好する心情」としました。なおこれらの能力要素及び側面はそれぞれ厳密に区別できるものではなく、むしろ密接に関連しながら作用し発現するものです。
〈 音楽的な感受力 〉
音楽的な感受力とは、幼児・児童が音楽を聴いて感覚的に反応したり、音楽のよさや楽曲の気分を感じ取ったり、音楽への思いを自分なりにもつことである。特に重視したいことは、音楽をよく聴くこと、音楽への思いやイメージをもつことである。
〈 表 現 力 〉
音楽表現には、歌唱によるもの、身体によるもの、器楽によるものなどあらゆる方法があるが、ここでは幼児・児童の発達から主に歌唱表現と身体表現に重点をおく。特に歌唱では声域などの発達からみて正確さを目指すものではなく、自分の思いを表現できる力であり、幼児・児童個々によって必要とする要素は違ってくるものと考える。
〈音楽に親しむ意欲〉
音楽行動を支える基盤となるのは、音楽を愛好する心情であり活動への意欲である。この音楽に対する心情や意欲は、心を揺り動かされる出会いや音楽活動の楽しさ、できるようになった喜びなどを体験することにより、一層喚起され膨らんでいくものである。ここでは、自分で音楽を表現し親しんでいこうとする意欲の育成を重視する。
(2) 幼稚園と小学校低学年において音楽的発達を促す意義
発達を促すとは、新たな概念の認識によって、新たな機能や構造状態への質的変化を促すこと、つまり、よりよいと思われる方向への変化を促すことであるととらえます。
一般に発達は、一定の価値的観点によって基準が設けられ、それに適応している状態になるときに発達しているといわれます。子どもの発達基準は次のような二つの段階で考えることができます。一つは子どもが独力で自主的に解決できるもので、これが第一の水準(発達水準)となります。次にこれより高い水準ではありますが、適切な援助や教育、学習により解決できるようになるもので、これが第二の水準となります。この水準が段階的に積み重ねられ、繰り返されることにより発達が促進されることになります。
つまり発達は学習を要因として展開され、援助・教育は積極的に発達を引き上げ、発達を導くことになるといえます。ここで大切なことは、大人が基準を設定してそこに向かわせるのではなく、子ども自身の中から発達しようとする力を導き出すことにあると考えます。
音楽において子どもの発達を援助するということは、あるねらいに向かって子どもに何かを覚えさせたり、高度な演奏技能を身に付けさせたりする指導を意味するものではありません。子ども一人一人の個性を尊重し、子どもの興味・関心・意欲を喚起しながら、子ども自身が無理なく音楽に取り組んだり自然に上達していくように、音楽的環境を整えるという考えにあります。
幼児期・児童期の心身の発達は著しく、人間の成長過程の中で最も基礎的な習慣形成がなされる重要な時期です。したがってこの時期に、質のよい優れた音楽との出会いを設定することにより、感動や豊かな表現を体験をすることは、この後の音楽活動の土台となるだけではなく、幼児・児童の感受性や人間形成に大きな影響を及ぼすものとなります。
このことから幼稚園と小学校低学年において音楽的発達を促すということは、音楽という一面に限らず、幼児・児童の生活形成や人間形成という面においても大きな意義があると考えます。
(3) 幼稚園と小学校低学年における音楽的発達の特性
幼児期・児童期の音楽的発達を考えるうえでまずみていかなければならないのは、この時期の子どもの特性です。
この時期は遊びが生活の中心を占めており、遊びの様々な体験をとおして生き方や知恵・力などが獲得され養われていくようになります。音楽においても音や音楽は遊びの対象となり、音楽的刺激に全身で反応したりなりきって表現したりします。そして生活の中で感じる声や音に関心をもち、魅力のある歌声や音に接すると、自分もやってみたい、という意欲が芽生え、真似ようとしたり音を探ったりする姿が見られます。
このように幼児期・児童期は歌唱と鑑賞の発達に大きな特徴を見ることができます。これらは、視覚、聴覚などの五感の発達や言語の発達と深い関係をもっており、さらには人間関係の広がりなども関係してくるものです。
このような幼児・児童の音楽的発達には、鑑賞に強い興味をもち、音を聴き分けたり正確にとらえたりする聴覚的な発達が見られる子ども、幼児期から既に演奏技能を発揮する子ども、ゆっくりと自分なりに音楽を楽しむ子どもなど、発達の方向、程度、速度、質的な面において一人一人に個人差が見られます。本研究においてめざすのは、音楽を聴いてよさや美しさを感受し、自の思いをこめて表現し、進んで音楽に親しんでいく子ども、と考えます。
この歌唱行動と鑑賞行動の発達過程をまとめたものが、次頁の【資料】です。
3 幼稚園と小学校低学年における音楽的発達を促す指導・援助の在り方についての基本構想
(1) 楽曲のもつよさや楽しさを感じ取らせる活動についての基本的な考え
幼児期・児童期に子どもが質のよいすぐれた音楽と出会うことは、豊かな感情経験を積み、感受性の発達を促進させ、音楽性を培うことに大きくつながっていくものです。幼児・児童にどのような音楽との出会いをつくるか、その出会いの在り方を工夫することは、幼児・児童の音楽的発達を促す指導・援助と音楽的環境づくりに欠かせないこととなります。
一般に音楽活動を行うときには、楽曲を中心とした表現活動や鑑賞活動が行われます。楽曲のもつよさや楽しさを感じ取る活動とは、幼児・児童がそれぞれの楽曲の特徴を感じ取ったり、楽曲の特徴を生かすような表現を行うことであり、鑑賞と表現が表裏一体となるものと考えます。そのためには、音楽に対する興味・関心のもたせ方、楽曲の特徴の感じ取らせ方、喜びの感得のさせ方など、幼児・児童と音楽との出会いの在り方を工夫することが必要となります。
さらに、楽曲のもつよさが音楽活動の質を決定付けることから、どのような音楽を教材として活用するか、音楽の選択について考慮する必要もあります。たとえば、幼児・児童の発達段階に応じたものであること、一面に偏らず広い範囲にわたる学習ができること、音楽が好きになり音楽行動への意欲を高めるものなどで、質のよい音楽と同時に幼児・児童が喜んで聴く音楽を選ぶことが重要となります。
(2) 楽曲とかかわる遊びを取り入れることの意義
これまで述べてきたように、この時期は自分の周囲の人々の真似をして生活体験を広め、自分のものにしていくという、模倣による形成がなされます。この模倣行動には次のような特性があります。
○ 模倣行動は、対象(音楽)をよく観察(聴く)しなければできない。
○ 観察(聴く)は何かを発見し、感動し、対象(音楽)への興味・関心をもつことにつながる。
○ 興味・関心をもつようになれば、意欲をもって対象(音楽)に取り組むことができる。
○ 対象(音楽)が好きになれば上達も早く、できるようになればますます好きになってくる。
つまり模倣することは、観察、発見、分析、記憶、再現、応用、創造などの力を伸ばすことになる、ということができます。したがって模倣による表現遊びを音楽活動に取り入れることは、幼児・児童の興味・意欲を喚起し、音楽的発達を促すことに有益であると考えます。このような考えに基づき、本研究の手だてである楽曲とかかわる遊びを次のように考えます。
【リズム遊びや歌遊び、音遊び】
幼児・児童が出会う楽曲に関連する要素の中で特徴的なものを取り出す。主にリズムの変化や音色などに気付くような内容で、教師の模倣だけによらず幼児・児童の即興的な表現を引き出す。ここではよく聴くこと、見ることを重視したい。
【言葉とリズム、感情などを歌と結びつけた表現】
歌詞や言葉に着目し、声や表情などの表現を遊び感覚で取り入れる。
【イメージを広げる造形遊びや音づくり】
楽曲への動機づけ、興味づけとして視覚的・聴覚的に表すことであるが、作品として完成するものではない。音楽のイメージを共有したり広げたりする。
(3) 楽曲のもつよさや楽しさを感じ取らせる活動の進め方
幼児・児童の音楽行動は、音楽を感受し心を動かされ、気づきや思い、願いが生まれることから出発します。この意欲や思いをもとに表現したり工夫したりして音楽を楽しみ、喜びや満足感を味わい、これが次の新たな音楽活動を起こすきっかけともなっていきます。このような経験の繰り返しが音楽を愛好する心情を育み、音楽的な感性、諸能力の基礎となって幼児・児童に培われていくことになります。 本研究ではこのような考えから、楽曲のもつよさや楽しさを感じ取らせる活動の段階を、「であう」「かんじる」「あらわす」「たのしむ」とし、その進め方を次のように考えました。
(4) 幼稚園と小学校低学年における音楽的発達を促す指導・援助の在り方についての基本構想図
これまで述べた幼稚園と小学校低学年における音楽的発達を促す指導・援助の在り方についての基本構想を、【図−1】のようにまとめました。
4 幼稚園と小学校低学年における音楽的発達を促す指導試案
(1) 指導試案作成のための実態調査計画の概要
音楽的発達を促す指導試案の作成にあたり、次の計画により実態調査を行うこととします。
ア 調査目的
小学校低学年児童の音楽に関する意識や、幼児・児童の表現行動の実際、幼稚園及び小学校低学年担当教員の音楽指導・援助の状況及び音楽的発達に関する考えや意識等について調査により実態を把握し、資料を得るとともに指導試案の作成に役立てます。
イ 調査協力園・校
ゆもと幼稚園 5歳児 1学級幼児(10名)
全教員 (7名)
花巻市立桜台小学校 第2学年1学級児童(33名) 低学年担当教員(8名)
ウ 調査期日
ゆもと幼稚園 平成11年10月20日(水)
花巻市立桜台小学校 平成11年11月 1日(月)
エ 調査方法及び調査内容
児童の音楽に関する意識について[実態調査1]、教師の音楽指導の状況及び音楽的発達に関する意識について[実態調査2]、幼児・児童の表現行動について[実態調査3]とし、それぞれ次の方法、内容で実態調査を行います。
(2) 調査結果の分析と考察
調査計画に基づいて行った3つの実態調査の結果から、各実態調査ごとに次のように分析と考察を行いました。
ア 実態調査1 [児童の音楽に関する意識調査]
【図−2】は児童の音楽についての関心を調査した結果を示したものです。児童は、音楽そのものは32人(97%)、歌については33人(100%)が「すき」と答えています。これは児童にとって音楽は身近な表現であり、楽しさを伴うものとして好感的に受け止めていることのあらわれといえます。このことから児童の関心の高い歌唱活動を、音楽活動の中心として展開することができるものと考えます。 |
次頁の【図−3】は、生活における音楽の諸行動の経験を調査した結果を示したものです。設問3と8は歌遊びの経験、4と5は音遊びや楽器遊びの経験、6は聴いて感動した経験についてで、児童はどれも80%前後の高い割合で経験が「ある」と答えています。特に4のいろいろな物で音を試したことがあるという児童が31人(94%)と最も多く、また5の楽器へのあこがれについても28人(85%)と多いことから、児童の音や楽器に対する興味・関心がとても高いことがわかります。また3と8の歌と遊びとのかかわりも26人(79%)、28人(85%)の児童が、さらに6の感動経験についても27人(82%)が「ある」と答えています。このことは、多くの児童が生活のなかで音楽を素直に受け入れ、遊びに音楽を自然に取り入れながら楽しんでいることがわかります。このような歌遊び、音遊び、感動などの経験は今後創造的な音楽活動を展開するうえで、子ども自身がイメージを豊かにふくらませ、自ら音楽を創り出していく際の大きな土台となっていくであろうと思われます。 |
【図−4】は、音楽を創造的に表現しようとする意欲の有無を調査した結果を示したものです。児童は31人(94%)と非常に高い割合で「やりたい」と答えています。児童は、音楽にお話を入れたり音や楽器を合わせることは楽しいものという気持ちをもっています。 |
また【図−5】は、次に例示した音楽活動から、児童が選択した願いをまとめた結果です。
(1))きれいな声で歌う (2)大きな声で歌う
(3)歌を覚える (4)好きな歌を歌う
(5)いろいろ聴く (6)好きな曲を聴く
(7)楽器が上手になる (8)楽器を使う
(9)楽器や踊りで楽しく (10)グループで発表
中でも21人(65%)が項目全てを選んでおり、これは【図−4】の結果にも見られるように、音楽活動を自分たちで楽しく創っていきたいという意欲のあらわれといえます。 さらに【図−6】に示した各項目の選択人数をみると、どの項目についても26人(80%)前後の児童が選択しています。(1)から(4)のまでの歌唱に関する願いでは、26人(79%)から29人(88%)までがそれぞれ選択しており、歌唱への意欲の高さがこの結果にもあらわれているといえます。(5)(6)の鑑賞に関する願いはどちらも27人(82%)で、これも歌唱と同じように自分の好む曲への強い思いをもっているといえます。(7)(8)は楽器に関することで、特に楽器の上達については31人(94%)と高く、楽器の活用についても27人(82%)、さらに(9)の創造的な活動に関することで31人(94%)とそれぞれ高い割合が出ており、前述の【図−3】の質問5、質問7の調査結果と同じ傾向です。(10)のグループ発表については25人(76%)が選択しており、生活班や気の合う友達など、自分を中心とした小集団活動を好んでいると考えます。 この他に自分で考えたことの記述に次のような内容が21人に見られました。 |
・アニメの歌を歌う・きれいな歌や気持ちが変わる歌を歌う・グループで演奏や劇をする・好きな楽器を使う・好きなCDやテープをもってきて聴く・ピアノを聴かせる・高い声が出したい・マイクやビデオカメラを使う
以上児童の音楽に関する意識調査から、児童は音楽を好み、多様な音楽活動の願いや意欲が非常に高く、今後の音楽活動を構想するにあたっては、児童のこのような意欲や一人一人の願いを引き出し、生かすような内容を工夫することが必要となります。そのためにこれまでの経験をふまえた活動を取り入れたり、新たな内容を取り入れて経験させたりするようにし、音楽活動の喜びや満足感を実感することができるよう、児童の心情面を大事にしていきたいと考えます。
イ 実態調査2 [教師の音楽指導状況及び音楽的発達に関する意識調査]
(ア) 幼児・児童の音楽的特徴について
教師は幼児・児童のどのような姿を音楽的な特徴と感じているか、よさと課題の2つの視点で自由記述で回答していただきました。【表−2】はその主なものをまとめて示したものです。
前頁の【表−2】をみると、よい点では幼児・児童が音楽を全身で表現し楽しんでいることや、反応の早さ、リズム感などの点で共通していることがわかります。また記述例にみられるように、幼稚園では教師の活動や動きに反応すること、小学校では児童自身の積極的な取り組み、という点がそれぞれの特徴として挙げられます。一方、課題と感じていることは歌声に関することや、楽器の演奏、歌唱の音程など、技能的な面における個人差に関することがみられます。このことから、音楽活動において、楽しさの中に美しさや正確さをどう指導するかということをあらためて考えていく必要があると思われます。
【表−3】は音楽活動で最も中心となる歌唱活動の際、教師はどのようにしていることが多いかを尋ねたものです。教師は伴奏することや前に立つことによって歌唱を促したり、幼児・児童の反応を見ながら雰囲気づくりをしていることがわかります。 |
留意していることでは教師と幼児・児童との関係づくりや楽しい音楽環境づくりなど、幼児・児童の心情を大切にすることについての記述が多くみられます。この結果から、みんなで歌ったりして楽しむ場面や、一人一人が表現する場面を設定し、幼児・児童一人一人のよさを認めながら、音楽への興味・関心を高めていくようにすることが必要と考えます。 |
【表−5】は、これまでの創造的な音楽活動の指導を行った経験についてまとめたものです。幼稚園、小学校に共通して多いのは身体表現で、歌遊び、楽器づくりなどもよく取り入れていることが分かります。また小学校では、例示した項目のほとんどに指導経験がみられます。これは幼稚園と比べ子どもの発達により、多様な活動を可能にしていることの表れと考えます。 |
特徴的なことは年齢が低い場合、教師(保育者)が考えたものの模倣が多く、年齢が高くなるにつれて幼児・児童で考えて工夫した表現が多くなることです。たとえば言葉の組み合わせを考えた歌詞づくりや、物語と振り付けを工夫した舞踊劇など、いろいろな場面で見ることができます。これは特に教材曲の内容や歌詞にストーリー性があったり、身近な生き物が登場したりするものは幼児・児童にとってわかりやすく、イメージしやすいものとなり、子どもたち自身で工夫して楽しむことができるようになるのです。このような活動経験が幼児・児童に音楽の楽しさ、喜びを体感させることとなり、音楽への興味・関心・意欲を高めることにつながっていくものです。このことから、教材を選択する際には幼児・児童の生活に結びついたもの、歌詞の内容がわかりやすくイメージしやすいものなどが視点として考えられます。 |
【表−7】は幼稚園、小学校では、どのように音楽を生活に取り入れているかを尋ねたものです。 これを見ると、音楽を行事の他に活動の合図やBGMとして活用することが多いことがわかります。言い換えると、幼児・児童が日常的に触れる音楽環境が、幼児・児童の心身の育成に影響するとも言えます。そこでどのような音楽を活用するか、音楽環境を考える一つの視点として、日常的に耳にする音楽の選択を、もっと意図的にしていくことが大切であると考えます。 |
【表−8】は、幼児・児童に音楽行動が見られるかどうかをまとめたもので、クラスで半分以上にみられると回答した教師の人数を示しました。幼稚園、小学校とも多いのは(エ)「遊び歌で遊ぶ」姿が多く、全ての学年にわたってみられます。また幼稚園は、(ア)「遊びながら知っている歌で遊ぶ」が前述の(エ)と同様に多く、幼児は遊びそのものが音楽と一体化していることがわかります。一方、小学校は(オ)「聴いた歌や覚えた曲をさぐり弾きしたり歌ったりする」姿が多くみられ、楽器を使っての行動や自分なりに楽しむ行動ができるということがわかります。また他の項目についても小学校は幼稚園と比べ、多くの児童にみられます。 このことから、幼児・児童は遊びと表現が一体化しており、一人一人の個性や思いがその行動に表現されているといえます。これは、幼児・児童の発達段階によるもので、年齢があがるほど技能を要するものに興味をもったり、表現に個性があらわれてくるといえます。 |
幼児・児童の音楽的発達に関して三つの視点から尋ねました。 【表−9】は、これまでの音楽指導経験から音楽的発達に効果的だと思われることについてまとめたものです。 これを見ると遊びとの関連や経験、環境づくり、ほめること、個に応じた指導が音楽的な力を育てることに効果的である、と考えていることが分かります。 また【表−10】では、幼児・児童の気持ちを大事にすることや、日常的な音楽環境が、音楽的発達を促すことに大切であると考えていることがわかります。これは前述の記述にも見られるように、音楽においては心情面や環境構成が必要不可欠であるということができます。 さらに音楽指導上の困難点や願いについて尋ねた【表−11】をみると、教師自身の伴奏に対する不安や、幼児・児童の状況に応じた指導の難しさがみられます。この点については機器などを活用した指導や、個に応じた指導・援助の工夫について検討していく必要があると思われます。このことが、幼児・児童のみならず教師自身も音楽をともに楽しむことにもつながっていくものと考えるからです。 |
以上、教師の音楽指導の状況及び音楽的発達に関する意識調査から、幼稚園と小学校における教師の考えや指導にはあまり大きな違いはなく共通点があることがわかります。それは、教師が幼児・児童の情意的側面を最も大事にしているということです。幼児・児童をほめたり、自信をもたせたり、興味・関心を高めたりすることは、教師が指導・援助するうえでの重要なポイントであり、このことを今後の音楽指導に役立てていきたいと考えます。
幼児・児童の言語表現と、歌唱表現との関係を把握するために、次のような方法で調査を行いました。 教材(ア)の歌の前半を本研究担当が範唱した後、後半部分を子どもが即興で歌うようにします。教材(イ)は提示する2種類の文を幼児・児童が自分で感じたとおり歌にします。 |
この調査結果をまとめたものが、 【表−12】です。 幼児は、2音から4音程度のゆるやかな抑揚や、言葉とリズムの一致が見られます。 児童は、言葉に対応した振り付けや表情の変化、3音から6音程度のやや旋律的な抑揚など、音の広がりがみられます。 共通するのは自分なりに考えた言葉(下線部分)を補足していることで、たとえば 「おやつのじかんだうれしいな、ハンバーグだといいな」 「おやつがなかったらかなしいな、おやつはとってもすきなのに」 と、その場で思ったことを付け足していました。これは、幼児・児童が自分なりのイメージをもっていることを表すものであり、楽曲のイメージをつかむ活動において有効に働く力であると考えます。 |
以上、幼児・児童の表現行動の調査から、子どもの音の抑揚が2音から6音程度の音域であり、言葉遊びが歌に発展できると考えます。これはわらべうたにもつながるものであり、教材としてわらべうたを取り入れていくことが可能であるといえます。
(3) 実態調査結果のまとめ
以上の3つの実態調査から 次のことが明らかになりました。
ア 幼児・児童は音楽を好み多様な音楽活動の願いや意欲が非常に高い。音楽活動を構想するにあたっては、幼児・児童の意欲や一人一人の願いを生かすようにすること
イ 幼児・児童の生活に遊びは欠かせぬ活動であり、自然発生的な遊びは生かすようにすること
ウ 音楽活動を支える重要な要素として幼児・児童の心を開くなどの心情的な面を大事にすること
エ 教材を選択する際には、幼児・児童の生活や言語に結びついたもの、歌詞の内容がわかりやすく、イメージしやすいもの、音域が適切なもの、などを視点とすること
オ 幼児・児童が日常的に耳にする音楽を大切にすることで音楽環境づくりに役立てること
カ 教師の伴奏に対する不安を取り除くような機器等を活用した指導を工夫すること
キ 文字の読みとり方に発達の違いがあるので、歌詞や教材提示を視覚的にすること
(4) 幼稚園と小学校低学年における音楽的発達を促す指導試案
幼稚園と小学校低学年における音楽的発達を促す指導・援助の在り方についての基本構想に基づき、【表−13】のように指導試案を作成しました。
5 研究のまとめと今後の課題
本研究は、本年度及び次年度の2年間にわたり、楽曲のもつよさや楽しさを感じ取らせる活動の工夫をとおして、幼稚園と小学校低学年における音楽的発達を促す指導・援助の在り方を明らかにしようとするものです。そのために、幼稚園の表現活動と小学校低学年の音楽科の学習に、楽曲とかかわる遊びを取り入れながら楽曲のよさや楽しさを感じ取らせる活動をしていけば、幼児・児童の音楽的発達が促されるであろうという仮説を設定しました。
本年度は、幼稚園と小学校低学年における音楽的発達を促す指導・援助の在り方についての基本的な考え方を検討し、基本構想を立案し、児童の音楽に関する意識や、幼児・児童の表現行動、教師の音楽的発達に関する意識等について実態調査を行い、指導試案を作成することができました。
この研究から次のことが明らかになりました。
(1) 音楽的発達は、音楽という一面からとらえるものではなく、幼児・児童を全体的な面から見つめ、幼児・児童の自発性と適切な指導・援助によって成長・発達するものであること
(2) 幼児・児童の発達と環境との関係について正しく理解することの必要性が確認できたこと
(3) 音楽活動に遊びを取り入れることは、幼児・児童の発達の特性を生かしたものであり、幼児・児童の興味・関心や創造性を育てることに意義があること
(4) 実態調査により、音楽に対する児童の意識の高さや幼児・児童の表現行動、また手だてに生かす指導・援助の見通しをもつことができたこと
また、今後の課題として、幼稚園と小学校の発達段階を考慮した指導を工夫することや、どのような楽曲を活用するかという教材選択の在り方、音楽的発達を促す指導・援助についての評価の仕方などの点を考えていく必要があります。
6 おわりに
この研究を進めるにあたり、ご協力をいただきました研究協力園のゆもと幼稚園瀬川理右エ門園長、研究協力校の花巻市立桜台小学校佐藤 茂校長をはじめ、諸先生方、幼児・児童の皆さんに対し、心から感謝申し上げます。
《主な参考文献》
・淺香 淳 編 「小学校音楽教育講座」第1巻〜第10巻
音楽之友社 1983
・田中 正 著 「新しい音楽教育研究法 心理学・統計学に基づく」
音楽之友社 1985
・日本幼年教育研究会編「新幼稚園教育要領研究『幼児教育キーワード集』」
明治図書 1990
・桶谷弘美 吉良武志 熊谷新二郎 斉藤正義 杉江正美 高橋悦枝 共著 「音楽表現」の理論と実際
音楽之友社 1997
・梅本 堯夫 著 シリーズ人間の発達U 「子どもと音楽」
東京大学出版会1999
・花井 清 編 「オルフによる音楽教育」T・U
東洋館出版社 1979
・山田 淺蔵 著 「実践音楽教育学」
音楽之友社 1999