岩手県立総合教育センター教育研究(1999)


造形活動の意味や価値を探る美術科の学習指導の在り方に関する研究   

− 共同で行う創造活動をとおして −


《 目   次 》

1 研究の目的
2 造形活動の意味や価値を探る学習についての基本的な考え方
 (1)造形活動の意味や価値について
 (2)造形活動の意味や価値を探ることの意味
 (3)造形活動の意味や価値を探ることの意義
3 造形活動の意味や価値を探る美術科の学習指導の在り方についての基本構想
 (1)造形活動の意味や価値を探る美術科の学習指導
 (2)共同で行う創造活動について
 (3)人やもの・場所との相互作用を生かして共同で行う創造活動の展開
 (4)造形活動の意味や価値を探る美術科の学習指導の在り方についての基本構想図
4 造形活動の意味や価値を探る学習指導試案
 (1)造形活動の意味や価値を探る学習指導試案
 (2)検証計画
5 人やもの・場所との相互作用を生かして共同で行う創造活動の授業実践
 (1)人やもの・場所との相互作用を生かして共同で行う創造活動の学習指導展開案
 (2)授業実践の概要
6 造形活動の意味や価値を探る学習指導試案の妥当性の検討
 (1)造形活動の意味や価値を探る学習活動の状況
 (2)造形活動の意味や価値を探る力の育成状況
 (3)造形活動の意味や価値を探る学習に関する意欲・意識の状況
7 造形活動の意味や価値を探る美術科の学習指導の在り方についてのまとめ
 (1)成果として考えられること
 (2)課題として考えられること
 (3)指導の在り方の改善点
8 研究のまとめと今後の課題
 (1) 研究のまとめ
 (2) 今後の課題

【参考文献】

1 研究の目的

 中学校美術科の学習において,ものの見方や考え方を広げ,よさや美しさなどの感覚や感性,価値観をつくり上げていく表現と鑑賞の活動は,自分自身や他者をよりよく理解することにつながる重要な活動です。さらに,造形活動のもつ意味や価値を探ることは,社会や文化とのかかわりをとおした豊かな生き方を学ぶことにつながると考えます。
 しかし,これまでの中学校美術科の学習は一人で学ぶ自己完結的な活動が主で,他者とともに学ぶことにあまり重点が置かれてきませんでした。このことは,中学校美術科の学習が個人中心に行われ,共同で行う創造活動の意味や価値についてあまり省みられていなかったためであると考えます。
 このような状況を改善していくためには,人やもの・場所とかかわりながら共同で行う創造活動をとおして,造形活動の過程を他者と相互に共有しながらその場で生み出される新たな意味や価値を探っていく必要があります。
 そこで本研究は,共同で行う創造活動をとおして造形活動の意味や価値を探る学習指導の在り方を明らかにし,美術科の学習指導の改善に役立てようとするものです。

研究仮説
 美術科の学習において,人やもの・場所との相互作用を生かして共同で行う創造活動に取り組めば,人間的な交流の中から造形活動の意味や価値を探っていくことができるだろう。

2 造形活動の意味や価値を探る学習についての基本的な考え方

(1)造形活動の意味や価値について
 造形活動は,人やもの・場所を対象にした実感の伴う直接的な体験であり,対象とのかかわりの中で生まれる感情や行為には無限の可能性があります。それらを取捨選択していくためには,自分自身で一つ一つの感情や行為の意味を考え価値を判断していくことが求められます。したがって,造形活動はその人らしさの現れそのものであり,造形活動の意味や価値は,対象に感応する自分自身を見つめながら自己実現を図っていくことにあると考えます。

(2)造形活動の意味や価値を探ることの意味
 造形活動の意味や価値を探ることは,造形活動の過程で自分自身が対象との対話を重ねることで,より深められていくものです。対象との新たな出会いや働きかけは,新たな感情と行為を生み,そこに新たな自分を発見することができると考えます。つまり,造形活動の意味や価値を探る学びは,対象とのかかわりをとおした自分探しの学びであると言えます。
 本研究ではそうした学びによって目指す生徒の姿を,「対象と主体的にかかわり,自分自身を見つめていこうとする生徒」ととらえます。そしてそのような生徒を育成していくためには,造形活動の意味や価値を探る学習をとおして,対象に心を響かせる「感性・想像力・創造性・批評力」を培い,「自己を確認し,他者を理解し,相互に交流していこうとする意欲」を育てていくことが必要であり,それぞれ次のような意味をもつものと考えます。

ア 培いたい資質と能力
 @ 感 性 ............. 対象の特徴や雰囲気を自分なりに感じ取ろうとする資質
 A 想像力 ............. 対象の印象からおもいをふくらませる能力
 B 創造性 ............. 対象とのかかわりを広げ,新たな意味をつくり出そうとする資質
 C 批評力 ............. 対象のイメージの内にある本質的な価値を問う能力
イ 育てたい意欲
 @ 自己確認への意欲 ... 自分のよさや個性を確認しようとする意欲
 A 他者理解への意欲 ... 他の人のよさや個性を理解しようとする意欲
 B 相互交流への意欲 ... 人と互いに心を通わせていこうとする意欲

(3)造形活動の意味や価値を探ることの意義
 造形活動には様々な方法があり,それぞれの表現や感受の仕方は異なっていても,その中には人間として共通した欲求や感情・感覚を見て取ることができます。造形活動の意味や価値を探ることは,ものごとを見つめるための人間的な視点をもつことにつながると考えます。それよって生徒たちは,自らの意志で自己を確認し他者を理解し,相互に交流していこうとする意欲を身につけていくことができます。つまり,造形活動の意味や価値を探ることは,自己や他者についての新たな理解を導き,互いに心を通わせることができる人間性を養うことにつながるでしょう。これがひいては,人のつくり出した美術や文化に心を響かせ,自己や社会の豊かな生き方を探り続ける力を培うことにつながると考えます。

3 造形活動の意味や価値を探る美術科の学習指導の在り方についての基本構想

(1)造形活動の意味や価値を探る美術科の学習指導
 これまでの美術の学習は,その多くが教師の側から表現活動の課題と材料や方法が示され,生徒に段階的な技術の習得や作品の完成を要求するものとなっていました。そこでは教師の価値観が支配的で,生徒は教師の指示を仰ぎ,自分の表現を他者と比較し,極端な違いや失敗を恐れ,うまく表すことに駆り立てられていました。このような状況を改善していくためには,美術の学習を学ぶ生徒の側から見直し,生徒の学びへの期待や欲求を生かした学習の展開によって,生徒自身が自ら造形活動の意味や価値を探っていくことができるようにしていくことが必要であると考えます。
 生徒の学びへの期待や欲求には次のようなものがあるととらえました。
 (1) 認知と感受への期待 .......... 「何だろう,おもしろいな」といった学習に対する関心を高めたい気持ち
 (2) 構想と表現への欲求 .......... 「想を練りたい,表してみたい」といった活動への意欲を高めたい気持ち
 (3) 享受と追求への欲求 .......... 「造形を楽しみたい,もっと深めたい」といった感情と意志の高まり
 (4) 承認と共感への期待 .......... 「いいね,よかったね」といったお互いのよさを確かめ合おうとする態度

(2)共同で行う創造活動について
 これまでの美術の授業は個人の作品制作が中心で,作者個人のメッセージをいかに表すかが主要な課題とされてきました。そのため,他人の干渉を嫌い自分も他人に干渉せず,自分さえよければよいという自己完結的な態度につながりかねない面がありました。そのような個に閉じた学習を他者にも開き,自己の個別性と社会性というものを切り離さずに学んでいく場が必要であると考えます。
 共同で行う創造活動は,表現の意味や価値を他者とのかかわりの中でつくりあげていく活動です。それは,教師が定めた課題を追求するようなものではなく,自由で冒険的な造形活動です。そういった自由で発展性のある活動を生徒の中から引き出すには,それまでの人やもの・場所の関係を見直し,任意の活動に参加できる仕組みをつくり,様々なものごとを一人一人の感性や想像力によって結びつけていくことが必要であると考えます。その中で生徒は,心を解放し,進取の気性によって創意工夫を重ねながら,協力と分担,相談と批判,協調と妥協や反発,主と従の役割などを経験することによって,共に学ぼうとする意欲と態度,問題解決やコミュニケーションの能力を学ぶことができると考えます。それは,個々の知恵を寄せ合い共に豊かな生活や文化を築いていく生き方を学ぶことにつながっていくでしょう。

(3)人やもの・場所との相互作用を生かして共同で行う創造活動の展開
 造形活動の意味や価値を探る美術の学習は,ものの見方や考え方,行為などに楽しさや面白さを見つけて主体的に行う学びの道筋です。そのような学びを支えていくためには,人やもの・場所とのかかわり合いが生む相互作用によって造形活動の自由な展開が広がっていくようにすることが必要であると考えます。そのために次のような4段階の学習過程を構想しました。

1. 人やもの・場所と出会い,テーマをつかむ
 美術の学びは,モチーフに興味関心をもつことからはじまるものです。モチーフとの出会いから感じ取ったことを交流し合いながら活動のためのグループを組織し,活動の場を設定することによって,造形活動のテーマをつかんでいきます。
2. 人やもの・場所とふれあい,イメージを広げる
 造形活動への意欲は,具体的なイメージがわいたときに高まるものです。人の考えや感情,素材や場所から発想し,互いにアイデアを出し合いながら,造形活動のイメージを広げていきます。
3. 人やもの・場所に働きかけ,おもいを形にしてみる
 創造的な表現は,自由な試みやこだわりの中から生まれてくるものです。個々のおもいを相互に交流し,素材や場所への働きかけを楽しみながら,試行錯誤を重ねて表現を追求していきます。
4. 人やもの・場所の変容をふりかえり,互いに批評し合う
 共同制作の表現や活動のよさは,互いに話し合うことによって確認されるものです。活動の過程で生まれた様々な行為や感情,もの・場所の変容をふりかえり,自分たちの表現や活動を自分たちで批評し合います。

(4)造形活動の意味や価値を探る美術科の学習指導の在り方についての基本構想図
 これまで述べてきた造形活動の意味や価値を探る美術科の学習指導の在り方についての基本 構想を図にしたものが,次ページの【図-1】です。

4 造形活動の意味や価値を探る学習指導試案

(1)造形活動の意味や価値を探る学習指導試案
 人やもの・場所との相互作用を生かして共同で行う創造活動によって造形活動の意味や価値を 探る学習指導試案を【表-1】に示します。

(2)検証計画
ア 検証計画の概要
 造形活動の意味や価値を探る学習指導試案の妥当性及び研究仮説の有効性を検証するため,次ページ【表-2】に示すような検証計画を作成し,学習活動の過程を観察して分析と考察を加えるとともに,授業実践の前後にテスト及び調査を実施します。

イ 造形活動の意味や価値を探る力についての評価規準
 造形活動の意味や価値を探る力の育成状況をみるため,「対象の特徴や雰囲気を自分なりに感じ取ろうとする感性」「対象の印象からおもいをふくらませる想像力」「対象とのかかわりを広げ,新たな意味をつくり出そうとする創造性」「対象のイメージの内にある本質的な価値を問う批評力」の評価規準を【表-3】のように作成しました。

ウ 主題テスト
 造形活動の意味や価値を探る力の育成状況を調べるために作成した問題を次ページ【図-2】に示します。

エ 意識調査
 造形活動の意味や価値を探る学習に関する意欲・意識の状況を調べるために作成した問題を次ページ【図-3】に示します。

5 人やもの・場所との相互作用を生かして共同で行う創造活動の授業実践

(1)人やもの・場所との相互作用を生かして共同で行う創造活動の学習指導展開案

 対象 東和町立東和中学校3年生1学級(男子15名,女子17名,計32名)
 授業実践期間 平成11年8月31日〜9月21日(4時間)
 題材「舘山夜光プロジェクト」について
 本題材は,地元の人々が集う土沢祭りの日に合わせて舘山公園に夜になると光るオブジェを設置してみようというものです。生徒たちの造形活動の成果を多くの人に見てもらい,鑑賞者の生の声を聞くことができるよう,【図-4】のような告知用のポスターを東和中学校の全校生徒を通じて地域に配布しました。造形素材には,紫外線を多く含む太陽光の照射を受けると,光のエネルギーを吸収して一晩中発光する 「蓄光性顔料」に「アクリルメディウム」を混合して「光る絵の具」を準備しました。
 学習指導展開案  「舘山夜光プロジェクト」の学習指導展開案を【表-4】に示します。
(2)授業実践の概要
 第1時には,【図-5】のような蓄光性塗料を塗布した石や木の枝が暗闇で光る様子と,【図-6】のような造形作品の写真と詩,星座をヒントにした資料を提示しました。
 次に,【図-7】のような舘山公園の写真から制作してみたい場所を選び,制作グループを組織してどんな表現が可能か話し合いを行いました。
 第2時には,前時のアイデアの視覚化を図るため,実際に素材の操作をして考える場と,【図-8】のような公園の写真にトレーシングペーパーをかぶせたアイデアスケッチシートを準備しました。学習方法は各グループの選択により,石や木の枝などの材料の組み合わせを操作したり,蓄光性塗料の効果を実際に確かめてみたり,スケッチを重ねたり,それらを分担して取り組んだりして制作の構想と準備が進められました。
 第3時は,場や空間に働きかけて作品を完成させることを目標に,それぞれが選んだ場所に実際に出かけてグループごとに制作に取り組みました。【図-9】は野外での共同制作の様子です。制作現場の広々とした空間や起伏のある地形,植物や建造物の変化のある表情を実感しながら,素材を設置する方法をいろいろと試し,意見を交換し合いながら,現場で起こる様々な事態に臨機応変に対応して表現活動を進めていました。しかし,授業の時間だけでは足りずに,放課後の時間を利用して作品を完成させるグループも少なくありませんでした。
 第4時には,表現活動の意味や価値を探るため,  【図-10】に示したような土沢祭りの夜に撮影した作品の写真を見ながら,【図-11】の共同制作のまとめのための学習シートを使ってグループごとにつくりあげたものや場所の変容について詩にまとめ,最後に発表会を行いました。【図-12】はそのとき例示した教師の制作した作品です。生徒たちの作品に詩を添えた写真集は,文化祭に展示する機会を得ることができました。

6 造形活動の意味や価値を探る学習指導試案の妥当性の検討

(1)造形活動の意味や価値を探る学習活動の状況

ア 第1時「人やもの・場所と出会い,テーマをつかむ」学習活動の状況
 「舘山夜光プロジェクト」の第一印象について,A子は学習シートに「始めはハァ〜と思ってたがやってるうちにどんどんイメージがわいてきてやるのが楽しくなってきた」と記述しており,最初の戸惑いが活動を進めるにつれて興味関心の高まりに変わっていったのがわかります。さらに,題材と出会い仲間をつくってアイデアを交流し合うことによってA子は,「木の回りに浮いているような感じで光があったら面白そう」と発想しています。第1時の生徒の自己評価では,「参考作品の理解,題材への共感,イメージ化」については肯定的な評価が多かったものの,「やってみたいことの提案」ができた生徒は6割程度にとどまっていました。これは,この時のアイデアがまだ抽象的であり,やったことのない活動への不安が大きかったためと思われます。このことは,次の段階の具体的な構想を練る活動を引き出すことにつながることであるととらえました。
 これらのことから第1時の学習活動は,生徒の認知と感受への期待を広げ,人やもの・場所との出会いによって造形活動のテーマをつかみ,具体的な構想を練る活動へつなげる学習を引き出すことができるものだったと考えます。
イ 第2時「人やもの・場所とふれあい,イメージを広げる」学習活動の状況
 【図-13】は第2時のA子のグループのスケッチです。斜めに生えた松の幹のまわりに輪を取り付け,その下の坂道には小さな鳥居を並べようとしているのがわかります。しかし,A子は学習シートに「これからどうなるのだろう・・・」と記述しており,十分な見とおしをもてないでいました。これは,アイデアスケッチで造形のイメージは固めたものの,実 際に材料にふれて造形の方法を探る時間がなかったために,実際につくることができるか不安になったものと思われます。A子たちのように選んだ場所の写真をもとにアイデアスケッチによって造形の構想を練っていたグループの他,材料を手に取りながら造形のイメージを練っていたグループもありましたが,作品の部分は準備しながらも明確な全体像はまだ見えていない様子が見られました。一方,他の生徒の記述からは,「森のにおいがした」というように自然素材のよさやを感じていることや,「ちょっとしたものでいろいろつくれる」「時間がかかりそう」というように,材料の選択の自由さや制作時間の見とおしなどをつかんでいることがうかがえました。第2時の生徒の自己評価において,「材料からの発想,グループの計画,おもいのふくらみ」について不十分だととらえている生徒が3割を越えていました。これは,写真と素材だけでは実際の空間の中での表現が構想しにくかったためと思われます。このことは,次の段階の試行錯誤し表現を追求する活動を引き出すことにつながるととらえました。
 これらのことから第2時の学習活動は,生徒の構想と表現への欲求にこたえて,人やもの・場所とのふれあいによって造形活動のイメージを広げ,試行錯誤し表現を追求する活動へつなげる学習を引き出すことができるものだったと考えます。
ウ 第3時「人やもの・場所に働きかけ,おもいを形にする」学習活動の状況
 【図-14】は第3時のA子のグループの制作の様子です。A子がスケッチに描いた輪状のものをアルミ線でつくり松の木につるしてみたものの,きれいな形にすることができなかったので,他の材料を手に取りながら表現に使えないか話し合っている場面です。その後の試行錯誤の結果,斜めに生えた松と地面との空間を生かして,松の幹から竹をつるして ツリーチャイムのようなものを制作するに至りました。このことについてA子は学習シートに,「当初の予想とは少し違うものになると思うが,それはそれなりにおもしろくなりそうなので良しとする」と記述しており,現場での計画変更を柔軟に受け止め,新たにつくったものに面白さを見いだしていることがわかります。第3時の生徒の自己評価では,様々な表現の試みと造形に対する新たな意味の発見については,3/4の生徒が肯定的な評価をしていました。これは,限られた時間の中で素材や場と格闘しながら自分たちの力で作品をつくりあげることができたためと思われます。しかし,時間不足やおもいと形のギャップなどから,自分たちの表現と作品について十分ではなかったととらえている生徒もありました。これは,現場にものを置くことによって立ち現れてくるイメージが表現の可能性を広げたものの,様々な試行錯誤を重ねて表現を追求する時間は十分ではなかったことによるものと思われます。「みんなでつくる楽しさ,イメージの変化の面白さ」について肯定的な評価をする生徒が多かったのは,表現方法を相談と協力を重ねて創意工夫することで,普段見慣れた場所を大きく変貌させることができたことによるものと思われます。
 これらのことから第3時の学習活動は,生徒の享受と追求への欲求にこたえて,人やもの・場所への働きかけによっておもいを形にする楽しさを味わわせる学習を引き出すことができるものだったと考えます。
エ 第4時「人やもの・場所の変容をふりかえり,互いに批評し合う」学習活動の状況
 第4時に行った作品の詩によるまとめは,個別に行う方法もありましたが,共同による創造活動を出会いからふりかえりまでの全過程であるととらえ,グループの中で相互に言葉を吟味し,つくったものの意味を確かめ合いながら,自分たちの造形活動の価値を浮かび上がらせる必要があると考えました。【図-15】はA子のグループの作品と詩です。A子のグループでは,三人でじっくりと言葉を選びながら,作品に込めた神秘的なイメージを徐々に浮かび上がらせていきました。斜めの松の幹と地面との空間につり下げられた細長い竹の棒の連なりは,竹の風鈴や楽器を連想させる形状で,風が吹くと揺れる様子が見て取れます。その下には小さな鳥居に続く光る小石と三脚に支えられて宙に浮かされた石が奉られるように配置され,すぐ後ろにある神社という場所のもつ神聖な雰囲気が色濃く反映さたものになっています。 【図-16】の作品はツツジの丸い形状がいくつも並んでいる丘の斜面全体を生かした表現です。詩の中でそれらをコロボックルの家が並ぶマリモ族の村に見立てています。そして,その一つ一つに光る目と角を立てることによって,下から見上げる 人を射すくめるような視線の集合を感じさせる作品になりました。【図-17】の作品は,松ぼっくりを円形に並べて,蛍の集会に見立てた表現です。広々とした野原に小さな点を連ねた表現は,小さなものたちに注ぐ優しい眼差しを感じさせ,詩の結びにも生かされています。こうした各グループの詩によるまとめによって,共同で制作した作品と場の変容について個々のおもいや願いを重ね合わせながら,その意味と価値をみんなで確かめ合うことができたと考えます。詩を加えた作品の交流会では,それぞれの詩と作品に感嘆の声があがりました。これは,詩による作品のテーマへの導きによって,見る人がイメージを自由にふくらませることができる奥深さを生み出したことによるものと考えます。
 第4時の学習シートにA子は,「あまり光って見えなかったけど,それぞれのおもしろさがあり,いつもの雰囲気と違うのもまた良い」と記述しています。また,第4時の生徒の自己評価の集計において,よさを伝えることが十分にできなかった生徒が半分近くありました。これは,悪天候による紫外線の照射不足や街灯りの影響で思ったほど作品が光って見えなかったためと思われます。しかし,祭りの夜には生徒たちとともに多くの町民が連れだって舘山公園を訪れ,いつもとは違う雰囲気を共に楽しんでいる様子が見受けられました。そのときに交わされた会話などを聞き取り,自分たちの作品や活動が外部の人にどのように受け止められたのかを交流し合う活動を設定することによって,よさを伝え合う活動はさらに豊かなものになったのではないかと考えます。
 「共同制作のよさや可能性,人やもの・場所とかかわりから新たな価値を見いだすこと」については,ほとんどの生徒が肯定的な評価をしていました。A子も活動のまとめに「いろいろな想像をふくらませていくこと。友達と協力してやってもつらいものがあったけど,いろいろな面でつながりが持てたような気がする」と記述し,自由な想像と友だちとのつながりを生んだことに価値を見いだしていました。これは,今回の活動によって個々の想像力や生徒間の相談と協力,自由な表現が引き出され,その価値をみんなで共有することができたためと思われます。
 これらのことから第4時の学習活動は,生徒の承認と共感への期待にこたえ,人やもの・場所とのかかわりをふりかえることによって,自分たちの表現や活動を批評し合う学習を引き出すことができるものだったと考えます。
 以上のことから本授業実践は,生徒の学びに対する期待や欲求に沿い,人やもの・場所との相互作用を生かしながら,造形活動の意味や価値を探る学習活動を展開することができるものだったと考えます。

(2)造形活動の意味や価値を探る力の育成状況

ア 対象の特徴や雰囲気を自分なりに感じ取ろうとする感性の育成状況

 【表-5】から,サイン検定の結果,対象の特徴や雰囲気を自分なりに感じ取ろうとする感性の育成状況に有意差が見られました。これは,今回の学習において,人やもの・場所とのかかわりによって個々の自由なものの見方や感じ方が引き出 されたことによるものと考えます。どこでどんなことをしてみたいか自分で考え,グループでアイデアを寄せ合う中から自分たちでテーマを探し,表現のための素材を自分たちで選び,制作現場において自分たちの力で創意工夫を重ね,制作をとおして自分たちが感じ取ったものごとを詩で表したことなど,自分たちの力によって進められるこのような表現活動によって,自分なりのものの見方や感じ方を大切にしようとする意志が育まれてゆくものと思われます。
 これらのことからこの授業実践は,対象の特徴や雰囲気を自分なりに感じ取ろうとする感性の育成に効果があったと考えます。

イ 対象の印象からおもいをふくらませる想像力の育成状況

 【表-6】から,サイン検定の結果,対象の印象からおもいをふくらませる想像力の育成状況に有意差が見られました。これは,今回の学習において,人やもの・場所とのかかわりが自分なりの自由な想像を促すものであったことによるものと考 えます。光るオブジェが置かれた舘山公園の変化を想像しながら制作し,作品のテーマを感じてもらえるような詩をつくったことなど,想像することが生み出す様々な可能性の中に自分たちのテーマを探るような活動によって,自由な想像を広げて様々な可能性を探ろうとする意志が育まれてゆくものと思われます。
これらのことからこの授業実践は,対象の印象からおもいをふくらませる想像力の育成に効果があったと考えます。

ウ 対象とのかかわりを広げ,新たな意味をつくり出そうとする創造性の育成状況

 【表-7】から,サイン検定の結果,対象とのかかわりを広げて新たな意味をつくり出そうとする創造性の育成状況に有意差が見られました。これは,今回の学習において,人やもの・場所とのかかわりを自由に試してその意味を自分なりに考え ることに楽しさや面白さを見いだしたことによるものと考えます。今まで経験したことのないような表現方法に出会い,素材や場所の扱いを自由に試し,グループでアイデアを交換し合い,日常とはまったく違ったイメージをつくり出し,イメージの広がりを詩の中に凝縮して表現することができたことなど,アイデアを自由に操作しながらものごとをつくり出すことを試みるような活動によって,対象とのかかわりを工夫して自分なりのやり方でものごとに挑戦してみようとする意欲が育まれてゆくものと思われます。
 これらのことからこの授業実践は,対象とのかかわりを広げて新たな意味をつくり出そうとする創造性の育成に効果があったと考えます。

エ 対象のイメージの内にある本質的な価値を問う批評力の育成状況

 【表-8】から,サイン検定の結果,対象のイメージの内にある本質的な価値を問う批評力の育成状況に有意差が見られました。これは,今回の学習において,人やもの・場所とのかかわり方を常に 自分自身に問い価値判断する態度が求められていたことによるものと思われます。個々のアイデアをもとにグループの表現の方向を決め,場や空間や材料の扱い方,表現したもののイメージを確認し合い,テーマを詩にまとめる活動など,グループの話し合いによって自分たちの取り得る行為を比較検討し価値判断するような学習が,対象とのかかわりの意味や価値を自分自身で探る意欲を育てるものと思われます。
 これらのことからこの授業実践は,対象のイメージの内にある本質的な価値を問う批評力の育成に効果があったと考えます。

(3)造形活動の意味や価値を探る学習に関する意欲・意識の状況

ア 自己確認への意欲の状況

 【表-9】から,χ2検定(変化の検定)の結果,自己確認への意欲の状況に有意差が見られました。これは今回の造形活動において,いろいろと自由にやってみる環境を与えられた生徒が,対象との主体的なかかわりから生まれる感情と行為を見つめる自己との対話を重ねることによって,個々の感性や想像力,創造性や批評力が引き出されたことによるものと思われます。
 これらのことからこの授業実践は,造形活動をとおして自己確認への意欲を高めることに効果があったと考えます。

イ 他者理解への意欲の状況

 【表-10】から,χ2検定の結果,他者理解 への意欲の状況に有意差は見られませんでした。これは,他者との共同制作によって他者と異な る自分の感じ方や考え方がよりくっきりと浮かび上がってきたことによるものではないかと思われます。学習の過程において生徒は,友だちの考えの多様さに驚きを感じたり,イメージの多様な発展に面白さを感じたりしていました。そこでの意識は,他者を理解することよりも,イメージを補完し合ったり,表現の可能性を広げたりする方向に働いていたのではないかと考えられます。
 これらのことからこの指導試案において,他者理解への意欲を,他者を受容し自己との違いを学びに生かそうとする意欲を高める面からとらえ直して,人とのかかわりを意図的に位置づけていくことが望まれると考えます。

ウ 相互交流への意欲の状況

 【表-11】から,χ2検定の結果,相互交流への意欲の状況に有意差が見られました。これは,今回の造形活動において,互いの知恵と力 を合わせて課題を解決する環境を与えられた生徒が,個々の見方や考え方を交流し合うことによって,未知の題材に対する期待や不安を乗り越え新たな意味や価値を生み出すことができたことによるものと思われます。
 これらのことからこの授業実践は,造形活動をとおして相互交流への意欲を高めることに効果があったと考えます。

エ 共同制作への参加意欲の状況

 【表-12】から,χ2検定の結果,共同制作への参加意欲の状況に有意差は見られませんでした。これは,今回の共同制作が同じ学級の生 徒同士によるものであったため,より開かれた環境の中での共同制作への不安を感じてのことだと思われます。しかし,造形活動は様々なかかわりの広がりによってその可能性を広げていくもので,その過程で自他の違いによって互いの理解や認識を新たにすることも必要なことだと思われます。共同制作を終えた生徒たちからは,様々な人の考えが集まることの面白さや協力することのよさなどの好意的な感想が数多くあげられました。
 これらのことから,共同制作への参加意欲を高めるには,学級単位以外での活動や,地域の美術館などとの連携も視野に入れていくことが望ましいと考えます。

オ 今回の学習に対する意識の状況

 【表-13】から,今回の学習を肯定的にとらえている生徒が9割を越えているのがわかります。その理由には,他と交流し協力することの価値,活動自体の楽しさ,自己を発揮した満足 感などをあげている生徒が多くみられました。また,不満が残った生徒からは,造形をもっと追求したかったことがあげられました。これは,今回の造形活動が生徒たちにとって,対象とのかかわりを主体的に追求できるものだったことを物語っていると思われます。
 これらのことから今回の授業実践において,造形活動をとおして自己を確認し相互に交流していこうとする意識を育てることができたと考えます。

7 造形活動の意味や価値を探る美術科の学習指導の在り方についてのまとめ

(1)成果として考えられること

ア 人やもの・場所との相互作用を生かして共同で行う創造活動を組織することによって,生徒の学びへの期待や欲求を支え,主体的な学習活動を引き出すことができました。
イ 造形活動の意味や価値を探る学習は,対象に心を響かせ,対象と主体的にかかわっていくための「感性・想像力・創造性・批評力」の育成に効果がありました。
ウ 共同で行う創造活動をとおして造形活動の意味や価値を探る学習は,人間的な交流の中で自己を見つめ他者と共に新たな意味や価値をつくりあげていこうとする意欲・意識の育成に効果がありました。

 (2)課題として考えられること

ア 表現活動においては,様々な試行錯誤を重ねて追求と深化をねらうことができるよう,活動時間を確保するための工夫が必要です。
イ 表現活動の成果が地域の人たちにどのように受け止められたのかを確かめる活動を設定し,他者からの批評を造形活動をふりかえる視点に生かしてゆくことが必要です。

 (3)指導の在り方の改善点

ア 造形活動の意味や価値を探る学習において,他者を受容する態度の育成を重視し,自己との違いを受け入れ学びに生かすことによって,人と人との双方向的なかかわりの中から美術の学習の可能性が広がるようにしていくことが必要です。
イ 共同による創造活動を,学級単位以外での活動や地域の美術館などとの連携も視野に入れて計画するようにしていくことが必要です。

8 研究のまとめと今後の課題

(1)研究のまとめ
 この研究は,共同で行う創造活動をとおして造形活動の意味や価値を探る学習指導の在り方を明らかにし,中学校美術科の学習指導の改善に役立てようとするものでした。そのため,生徒の学びへの期待や欲求を中心に据え,人やもの・場所との相互作用によって造形活動の自由な展開が広がっていくような学びを構想しました。その結果,次のことが明らかになりました。

ア 人やもの・場所との相互作用を生かして共同で行う創造活動は,人間的な交流の中から造形活動の意味や価値を探ることができること。
イ 造形活動の意味や価値を探る学習は,個人の「感性・想像力・創造性・批評力」を培うとともに,自己を見つめ他者と共に新たな意味や価値をつくりあげていこうとする意欲・意識を育てることができること。

(2)今後の課題
 この研究は,個に閉じた自己完結的な表現活動を他者にも開き,表現の意味や価値を他者とのかかわりの中でつくりあげていくことをねらいとしていました。今後は表現活動だけでなく,鑑賞活動にもそうした他者との学び合いを広げ,異なる見方や感じ方のぶつかり合いの中から創造的なものの見方や考え方を引き出し,自己の個別性と社会性というものを切り離さずに人間としての美的感性や批評力を鍛えていくことが必要と思われます。


【参考文献
辻田 嘉邦 教育実践学の構築 兵庫教育大学大学院連合学校教育学研究科 1999
福島県立美術館 共同制作の可能性 コラボレーション・アート展 福島県立美術館 1999
金子 一夫 美術科教育の方法論と歴史 中央公論美術出版 1998
伊藤 俊治 監修 美術館メディア研究会 編 美術館革命 大日本印刷 1997
橋本 敏子 地域の力とアートエネルギー 学陽書房 1997
石川 毅 編著 総合教科「芸術」の教科課程と教授法の研究 多賀出版 1996
佐伯 胖・藤田 英典・佐藤 学 編 シリーズ学びと文化@〜E 東京大学出版会 1995
[日本・ドイツ美術館教育シンポジウムと行動1992]報告書編集委員会 街から美術館へ美術館から街へ 日本文教出版 1994
柴田 和豊 編 メディア時代の美術教育 国土社 1993
黒川 建一・小林 美実 新幼児教育法シリーズ 感性と表現に関する領域 表現 東京書籍 1990



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