岩手県立総合教育センター教育研究(1999)


身近な自然に科学的関心を高める探究活動の在り方に関する研究

−七時雨火山地質図の作製とその教材開発を中心に−(第一年次)


目    次

はじめに
T 探究活動についての考え方
 1 身近な自然に科学的関心を高める探究活動について
 (1)身近な自然に科学的関心を高める意義
 (2)探究活動について
 (3)野外学習・探究活動の実施状況
 2 野外活動を中心とした探究活動の進め方についての基本構想
 (1)科学的関心を高めるために
 (2)自ら問題を見いださせるために
 (3)自ら解決する力を育成するために
 (4)野外における探究活動の進め方
 3 身近な自然に科学的関心を高める探究活動の在り方に関する基本構想図
 (1)教師の事前準備
 (2)探究活動の実施
U 七時雨火山地質図の作製
 1 七時雨火山について
 2 調査結果
 (1)地形概説
 (2)山体地質
V  身近な自然に科学的関心を高める教材開発
 1 教材開発の考え方
 2 開発教材の概要
 3 地質説明書の作成
W 研究のまとめと今後の課題
 1 研究のまとめ
 2 今後の課題

文 献

はじめに

 生活の場である地域の自然を教材として授業を展開し、直接体験をさせながら科学的関心を高め、探究心等を育てることは学習指導要領理科編のねらいでもあります。このことは、地質的自然を学習対象とする地学分野では特に重要なことです。同時に、地球環境の保全のため、身近な自然の大切さや自然との共生の認識を深めるうえでも必要なことと思われます。
 しかし、現状をみると、郷土の自然についての知識が少なく、関心が薄いという生徒の実態があります。また、野外学習を中心とした授業は、教師からは敬遠されがちで、身近な自然に対して科学的関心をもち、探究していこうとする力が十分育っているとは言いがたい状況にあります。その原因の一つには、地域の自然の形成史に関する調査と研究資料の不足から、教材開発や探究活動の効果的な進め方について授業の構想ができにくいことがあると考えられます。
 そのためには、まず、地域の自然について調査を行い、生い立ちを明らかにして、それを地質図としてまとめ、教材化することが重要です。さらに、野外活動を中心とした学習を通して、身近な自然に科学的関心を高め、探究心を育てる効果的な学習の展開について研究を行う必要があります。
 そこでこの研究は、七時雨火山地域を例として、地質図作製のための調査と教材開発を行い、身近な自然に科学的関心を高める探究活動の進め方の手法を、実践的に確かめることによって、理科教育の改善に役立てようとするものです。
 この研究は、平成11年度から平成12年度にわたる2年次研究で、本年度研究の目標は、@探究活動及び自然観察法に関する文献の研究を行い、実態をとらえると共に、探究活動の進め方の構想を立案すること、A西根町を中心に、七時雨火山の火山砕屑物の地質調査を実施し地質図を作製し、合わせて教師用資料として地質説明書を作成すること、B学習で活用できるように、火山活動史をまとめた表、火山形成史の模式図、地質断面図などを作製し、身近な自然に科学的関心を高める教材を開発することの3点です。

T 探究活動についての考え方

1 身近な自然に科学的関心を高める探究活動について

(1)身近な自然に科学的関心を高める意義
 野外学習の効果として磯崎(1999)は、Manner,B.M.(1995)の先行研究を紹介しています。それによれば、@野外学習の計画立案に、子どもを参加させることは認知的発達を援助する、A科学に対する態度が肯定的になる、B人間関係が向上し、自己概念が形成される、C科学的刺激を与え、自然界についての知識・理解を促進する、D記憶に残り、新たな知的探究の刺激となる、E協同学習は子ども達の理解や説明力の推進に効果的であることなどです。この他にも地学リテラシーの育成(下野、1993)や、地域環境の認識において貴重な実体験であると考えられます。また、野外の自然には空間概念の形成において教育的機能があるとした実験的実践研究もあります(恩藤、1991)。
 地学では時間・空間概念を養うことが大きな課題です。科学の基本概念である空間概念は、事象の形や位置あるいは運動の方向を認識したりする心的枠組みであり、外界の事象の認識は常にこの枠組みの中で把握しているとされています(栗田、1982)。事物、現象の観察による空間パタンの把握を通して枠組みが形成され、そのことで地学的空間の認知が動的になり、時間の変化と関連づけて空間変化をとらえることができるとしています。
 したがって、身近な自然を対象とした野外学習は、時空概念の形成において大きな役割を果たしており、さらに探究活動を行って、自然へ科学的関心を高めることは、人間形成においても、生存するうえでも意義のあることと考えます。

(2)探究活動について
 教育審議会答申(平成10年 7月29日)は、理科の改善の基本方針として次のように述べています。「小学校、中学校、高等学校を通じて、児童生徒が知的好奇心や探究心をもって、自然に親しみ、目的意識をもった観察、実験を行うことにより、科学的に調べる能力や態度を育てるとともに、科学的な見方や考え方ができるようにする。そのため、自然体験や日常生活との関連を図った学習及び自然環境と人間とのかかわりなどの学習を一層重視するとともに、児童生徒がゆとりをもって観察、実験に取り組み、問題解決能力や多面的・総合的な見方を培うことを重視して内容の改善を図る」。改善の具体的事項として、中学校では「生徒の興味・関心に基づき問題解決能力を育成するため、野外観察を一層充実するとともに生徒自ら観察や実験の方法を工夫したりして課題解決のために探究する活動を行うこととする」。高等学校理科総合Bでは、「地球環境にかかわる自然の事象を探究する学習を行い、自然を総合的に見る見方や自然を探究する能力や態度を養う」。Tを付した科目では、「観察、実験、探究活動などを行い、基本的な概念や探究方法を学習する」。探究活動の扱いについては、「各項目の学習活動と関連させながら観察、実験を行い、創意ある報告書の作成や発表を行わせること。また、それらを通して、仮説の設定、実験の計画、情報の収集、野外観察、調査、データの解釈、推論などの探究の方法を習得させること。その際、適宜コンピュータなどの活用を図ること」。したがって、実施にあたってはこれまで以上に詳細に検討し準備するべき点が多くあると考えられます。

(3)野外学習・探究活動の実施状況
 高等学校理科学習指導要領の改訂に当たって、高等学校理科の現状が各種の調査から検討されています(三輪、1999)。平成8年度全国教科担当指導主事会議における調査結果によれば以下のようです。年間の授業で観察・実験を行っている授業の割合は14.6%、観察・実験のうち探究活動の割合は16.6%です。年間の授業で野外学習・校外学習の授業の割合は1.7%で、その内訳は、総合理科3.3%、物理TA0.8%、物理TB0.3%、物理U0.4%、化学TA0.8%、化学TB0.3%、化学U0.2%、生物TA2.9%、生物TB2.1%、生物U2.4%、地学TA3.2%、地学TB2.1%、地学U1.6%です。これによると、野外での探究活動の割合はさらに低いことになります。
 野外学習・校外学習の授業の敬遠される原因について述べたいくつかの報告があります。磯崎(1999)は、地学教育シンポジュームの講演の中で、Orion,N.(1993)を引用し、その原因として@学校システムに安全、移動、経済面などに関するロジステイックな限界があること、A適切な教授・学習材が不足していること、B教師が学習環境としての野外に精通していないことの3点をあげています。また、宮下(1990)も、@進め方が不明であること、A時間が不足であること、B安全性の問題があること、C地域の自然の把握がなされていないことをあげており、ほぼこれらのことに尽きると思われます。したがって、これらの点を解決する努力なくして探究活動の推進は望めないものと考えます。

2 野外活動を中心とした探究活動の進め方についての基本構想

 ここでは、野外における探究活動を「生徒の興味・関心に基づき、生徒自らが課題を見いだし、観察や実験を行って、課題解決のために探究する活動」ととらえることにします。
 自然を対象とした探究活動のテーマは、天文、気象、水圏、地球物理など範囲が広いので、ここでは、身近な地層や地形などの地質的自然をテーマとした場合について述べます。
 生徒は様々な関心をもちます。その中で科学的関心をもたせるためには、科学的手法によって解き明かされた成果に触れさせる機会が必要と考えます。また、生徒が自然に関心をもつのは、自分の生活の場や、住居、地域のシンボル的存在などで、日常目に触れるものが多いと思われます。しかし、そのような自然現象や事象であっても、科学的にとらえられていることは少なく、視覚的、感覚的で、それに関する知識も少ないようです。その原因の一つには、地域の情報や資料が極めて不足しており、教師にとっては教材化しにくいことがあるためと思われます。
 地質図は、詳細な野外観察により得られた情報を科学的に整理し、コンパクトにまとめられた自然科学の成果です。岩石の種類、地質構造、地層の傾斜、化石の産地などが形成された順に読みとれるように表現され、彩色されているため、感覚的に自然の多様さを捉えさせることができます。
 本県の地質図としては、県発行の昭和23年のもの、北上川流域地質図(長谷地質調査事務所、1981)、地質調査所作製の地質図、県立博物館編集の地質図などがあります。入手可能で、専門外でも活用し易いものは後者であろうと思われます。しかし、これらを使用するにしても、調査ルート、安全面、露頭分布などを確認し、地権者の許可を得ておくためには、教師の事前調査は欠かせません。
 ここでは、地質図がない地域での事前準備から、生徒の探究活動実施までの進め方について検討します。また、探究活動の具体的展開については、一人一テーマの理科自由研究の指導(照井、1986、1999など)の中で得られた成果と課題を分析して提案します。 野外での探究活動の推進にあたっては次のような点を考慮したいと考えます。

(1) 科学的関心を高めるために
 地質図は地域の空間的広がりと、自然が様々な時代にできた岩石や地層からできていることを視覚的にとらえさせるうえで効果的です。ここでは、専門的な地質に対する理解は問題にせず、ローカルな地名が地層名としてあることに興味を示せばよいと考えています。地質図を作製し実験室に展示し、空中写真なども併せて展示しておけば地形の把握にも役立つものと思われます。但し、これらはまとめの段階でさらに空間概念を深めるために活用したいと思います。

(2) 自ら問題を見いださせるために
 地学的概念形成のためには、自然には教育的機能があり、野外観察を通して自ら形成するもので、事前に概念の枠組みを与えるべきでないとする指摘があります(恩藤、1991)。しかし、日頃から自然の魅力を授業で取り上げる環境作り、事前指導の項目、観察の観点の指導等の検討、事前に観察実験での訓練による観察力の育成も必要と思われます(照井・茂庭、1999)。恩藤(1991)は、野外観察学習の方策として次の点を提案しています。@観察地域の地形・地質に関する概説などは行わない、A観察対象はあらかじめ設定しておく、B現地での指示も観察の範囲や簡単な観察の視点を与える程度とする、C観察中の質問には事物、現象の名称にとどめる、D観察では事物、現象のパタン把握に重点化するよう指示する、E観察結果の整理では地図化させる、観察課題は細かく示さない、F探究的な観察行動を起こさせるため共通課題も発見的で意欲を起こさせるものがよいことなどです。これらの指摘は、本テーマである探究活動においてもあてはまるものと思われます。

(3) 自ら解決する力を育成するために
 生徒が見いだすテーマとして、空間概念に関するもの、時間概念に関するもの、事物現象に関するもの、供給源に関するものなど多数予想されます。それが解決の見通しのある課題であるか、実験器具が準備できるかなど、適切な教師のアドバイスが重要です。そのためには生徒が描いたスケッチをもとに具体的なねらい、方法について確認する必要があります。そのときの留意点として、@範囲は生徒の行動範囲に止めること、A地域の自然をある程度把握しておくこと、B実験器具などの準備状況の把握と実験室を開放すること、C具体的なものを対象としており観察実験で解決できる見込みのあること、D抽象的結論となるものはさけることなどが考えられます。
 文部省(昭和61年)は、既に、自ら学ぶ力を育成するための留意するべき項目として、以下の点をあげています。導入(探究活動の学習の意義と心構え、研究の進め方等)、テーマの決定とグループ編成、研究計画の検討と立案、研究資料・文献等の収集・調査、研究に必要な観察・実験器具の準備、探究活動の具体的な展開と学習活動の推進、研究の整理とまとめ(研究報告書の作成等)、研究成果の発表(研究発表会と討議)。

(4) 野外における探究活動の進め方
 野外学習を効果的に行うためには、教師の役割がこれまで以上に重要となってくるとともに、探究活動を進める視点から次の事項を検討する必要があります。@T.Tの活用、A事前準備、B目的意識をもった観察の指導の方法、Cきめ細かな計画の立案、Dワークシートの作製、E的確な事前指導の項目、F発表会のもちかた、G野外での指導の観点、Hまとめ方と事後指導の具体的手だてなどです。この研究では、教材としての資料や研究報告のない七時雨火山の火山灰を対象とした探究活動を例として実証的に検討してみたいと思います。

3 身近な自然に科学的関心を高める探究活動の在り方に関する基本構想図
 探究活動の在り方に関する基本構想を【図1】に示し、具体的な進め方の構想と留意点を以下に述べます。

(1) 教師の事前準備

@ 地質的自然の把握
 地域の調査は、教師自身が行うのが望ましいが一般的には必ずしも可能ではないと思われます。そのうえ、特定の地域地質図や説明書は作製されていないことの方が多いのです。しかし、地質調査所や県、市町村で作ったものがあるか、積極的に探してみる必要があります。それが見つかった場合にはおおいに活用する価値があります。事前準備の時間を大幅に節約し、地域の自然の概要をとらえることができるからです。また、その過程で思わぬ情報や副産物が得られることも多いのです。
A 探究活動を行うルートの決定
 どの露頭を使って探究活動を行うかという場所の設定は、生徒の興味・関心を左右し非常に重要です。また、時間配分、移動、安全面の把握のために、地域の道路や露頭分布を確かめておく必要があります。さらに、観察露頭の選定においては、生徒の観察行動や認知内容の特徴をとらえたうえで決定する必要があります。そのため、事前に生徒の野外観察眼の調査を実施し分析しておくことも大切と思われます。
B 露頭分布および柱状図の作製
 活動範囲を広げる生徒のために事前の資料を集めておく必要があります。地形図に、露頭の位置を示すとともに、簡単な柱状図にまとめてあれば、野外活動が行われやすくなると思われます。それは研究のまとめにも役立つと思われます。

(2) 探究活動の実施

@ 事前指導
 事前指導では、露頭の保全、筆記用具、服装、日程に止め、予備知識を与えないようにします。下野(1987)の指摘によれば、事前に地学的空間の枠組みを与えると、観察の展開、認識の発展のためにならないこと、野外で視点の大きな変換を迫られることになるということです。
A テーマの決定
 現地では火山灰層の連続性と境界についてよく調べさせスケッチさせます。部分的に細かくでなく、全体的特徴のパターンすなわち、空間のイメージをとらえさせることに重点を置きます。全体的特徴のパタン把握のために、まず遠景をスケッチさせます。次に、「色・硬さ・粒の粗さなどの違いから崖を構成している物質が何処まで同じで、どこから変わっているか探ってみよう。物質や状態が急に変わる境界はどのようになっているかも調べよ。これらについてよく調べた後、この崖に見られる事象の特徴をスケッチせよ。」と指示します。この手法は恩藤(1991)によるものです。この活動の中でテーマを探させ、スケッチとともにそれをメモさせます。
B 調査・研究
 テーマの探究においては、パタンの認識を自ら行わせる。渡辺(1970)によると、「パタンを見ることは、何々を何々と見なすことに相当する。」また「パタンを認識することは、すべての思考の共通基盤にある、最も基本的な心の働きである。」とされています。すなわち、ここでは各自のテーマ解決に向けて丹念に観察を進めることになります。
C まとめ
 総合的に思考させ、図(認知地図)を用いて表現させます。地学教育は総合的思考力の訓練であるといわれています(渡辺、1970)。自然の事物・現象はそれ自体総合的であり、それをありのままとらえることには、総合的思考力が働いていることになります。図に表現することは正に総合する行為であるといえます。
D 発表
 まとめで作成した図を使ったポスターセッションが有効と考えられます。各自が描いた図を、方眼模造紙に貼り、研究題名、氏名、目的(ねらい)、方法、結論を追加し、着色することで見栄えのする研究作品に仕上がると思われます。これを基に発表を行なわせますが、ここでは次の検証調査に結びつく前向きの討論がなされる場作りが要求されます。お互いの討論が可能なように、全体テーマとして「学校の地下の構造を探ろう」を考えてみました。
E 検証調査・報告書作成
 発表会の討論やアドバイスを基に野外で検証活動を行わせます。まとめる段階では地質図や空中写真を展示することで、空間把握をさらに深めることも可能と思います。

U 七時雨火山地質図の作製

1 七時雨火山について
 西根町一帯には、七時雨火山の噴火活動によってもたらされた膨大な火山噴出物が堆積しています。しかし、これらに関する詳しい研究は行われていないので、その実態はほとんど知られていません。
 七時雨火山は、七時雨山(1063m)を主峰とし、岩手県北西部に位置し、恐−青麻火山列に属する火山前線上の火山です。 早川ほか(1986)は、恐−青麻火山列の火山として恵山、恐山、七時雨山、青麻山を含め、次の項目を満足するとしています。 @第四紀火山であること、A脊梁山脈よりも海溝側に位置すること、B角閃石安山岩を産すること、CK2O量が背弧側の火山岩よりも低いこと。
 大上ほか(1980)は、本地域の火山灰を始めて区分しました。土井ほか(1983)は、渋民溶結凝灰岩の層位と年代について述べています。石川ほか(1985)は、本火山の岩石の化学分析を行っています。照井(1997 a、b、c、d)は、玉山火山灰のテフラの層序を確立し、火山形成史の解明と教材開発を目的に研究を進めています。
 七時雨火山の基盤は、新第三系鮮新統の子抱層(大上ほか、1980)と五日市層です。五日市層には4.6±1.2Ma(K−Ar;須藤、1982)の大滝溶結凝灰岩(橘、1970)が含まれます。大滝溶結凝灰岩は荒木田山安山岩(2.9±1.4Ma)(須藤、1982)を覆っています。本火山の噴火に伴う降下テフラは、玉山火山灰、岩手川口火山灰などの鍵層として介在しています。岩手川口火山灰の上限をなす渋民溶結凝灰岩(橘、1970;土井ほか、1983)のK−Ar年代として0.9±0.5Ma(須藤、1982)、フィッショントラック年代0.716±0.062Ma(町田ほか、1987)が得られています。本火山で最も新しい七時雨山の年代として0.96±0.09Maが得られています(伴ほか、1992)。

(上の地図をクリックすると画像が大きく表示されます。229KB)

2 調査結果
 これまで、七時雨火山の全容はほとんどつかめなかった理由は、本火山の形成時期が第四紀前半の古いもので、露頭の状況も悪いこともさることながら、本火山のテフラが確認されていなかったこと、この時期のテフラの研究が進んでいなかったこと、火砕流が類似していて区別が容易でなかったことなどもあげられると思います。そのために本研究では、テフラの層序と分布、火砕流の層序と区分、各火砕流の鉱物組成分析などを実施し、本火山の地質と形成史の概要を明らかにすることにしました。

(1) 地形概説
 七時雨火山は、七時雨山を最高峰とする複式火山です。西岳(1,018.1m)、田代山(945.4m)、毛無森(903.9m)などの外輪山を形成する火山と、それに囲まれた田代平高原のカルデラ内に中央火口丘として七時雨山が形成されています。この周囲東西20km、南北30kmの範囲に本火山の火砕流堆積物と溶岩流が分布しており、特に、流下した火砕流により南側と北東側に裾のが広がっています。

(2) 山体地質
 本火山の地質図を【図2】に、形成過程を【図3】に示しました。七時雨火山を形成する溶岩および火砕流堆積物は、次の11種類に区分されます。古い方から、奥中山軽石流堆積物、御月山溶岩、寺沢溶岩、沼宮内岩屑なだれ堆積物、鉢森溶岩、安代軽石、蛇ノ島溶岩、観光天文台溶岩、西岳溶岩、七時雨山東方817.9m高地中央火口丘溶岩、七時雨山中央火口丘溶岩です。その他、これらの噴火活動に伴い玉山火山灰、岩手川口火山灰、中山火山砕屑岩類などが堆積し、田代平高原のカルデラには染田川層が堆積しました。以下に上記11の各火砕岩類と火山灰について概要を述べます。図2の地質図と対比して野外観察に役立てて頂ければと思います。

奥中山軽石流堆積物(Ok)
 JR奥中山駅東方地域には、玉山火山灰Tir 4に被覆される最も古い軽石流堆積物が分布しており、奥中山軽石流堆積物と呼ばれています。模式地は、二戸郡一戸町中山字大塚の奥中山駅東方約1000m付近で、層厚は22m以上と見積もられます。分布は、奥中山駅東方〜宇別地域にかけての東西3km、南北2kmの範囲に点在するほか、西岳東斜面中腹にも見られます。
 本堆積物は、岩相により下部、中部、上部の3層に区分されます。下部は安山岩やシルト岩など大型の岩塊を含む軽石流堆積物、中部は安山岩質溶岩を含む軽石流堆積物、上部は溶岩や火山弾を含む軽石流堆積物です。これらの軽石はずれも複輝石安山岩質です。
御月山溶岩(Ot)
 御月山とその東方斜面に分布する角礫状溶岩および火砕岩類です。御月山東方の林道でこれらの層序関係が観察できます。下部と上部に溶岩、中部に火砕岩類を挟み、層厚は約40m以上です。これの上にはTir 1のデイサイト質テフラが、さらに上位に安代軽石(As)が重なります。本溶岩の基盤岩は新第三系の火山砕屑岩類と角閃石安山岩となっています。岩質は単斜輝石石英含有斜方輝石安山岩です。
寺沢溶岩(Te)
 岩手郡西根町寺沢集落地域を模式地として、寺沢の沢沿い、高森開拓、暮坪川、斗内川に分布する溶岩です。上斗内集落南方の斗内川川底で本溶岩がTir 1に被覆される好露頭があります。暮坪川では大滝溶結凝灰岩の基底部のデイサイト質軽石に被覆されます。本溶岩は暮坪川と寺沢では柱状節理を示します。御月山溶岩との直接の関係は確認できませんが、ほぼ同時期あるいはそれよりやや新しいかもしれません。岩質は単斜輝石斜方輝石安山岩です。
沼宮内岩屑なだれ堆積物(Nu)
 沼宮内岩屑なだれ堆積物は、岩手郡岩手町周辺に分布する更新世の火山砕屑岩です。大上ほか(1980)は、当初この堆積物を沼宮内火山泥流堆積物と命名しました。この堆積物は、介在するテフラ層によって、下位よりNuV、NuU、NuTの3つの堆積物に区分されました。この堆積物の形成時期は、今まで岩手川口火山灰降灰時とされてきました(大上ほか、1980)。のちに、土井(1990)は、沼宮内岩屑なだれ堆積物(Nu)、寺田火砕流(Td)、安代火砕流(As)の三つに再区分しました。岩相、鉱物組成、降下テフラとの関係を検討した結果、玉山火山灰、岩手川口火山灰の鍵層との関係は図3のようになりました。
鉢森溶岩(Ha)
 染田川とその右側支流大葉立沢の合流点付近の鉢森を模式とする溶岩です。模式地のほかに石倉山、大葉立沢、寺田から新田に至る染田川左岸、大滝周辺、染田川とドロノ木沢の合流点よりやや上流の川底、暮坪川上流のナメトコ沢およびイタヤ沢流域に点在します。この溶岩は大滝溶結凝灰岩の直上に重なり、角礫状の産状を示すことが多く見られます。また、この溶岩は沼沢地で噴火活動を行ったものとみられ、火砕物は層理をもった水中堆積物に移化したり、炭質泥岩と指向関係を示すことがあります。さらに、この溶岩は、染田川に沿って分布する寺田火砕流(土井、1990)に移化します。寺田火砕流は、層序関係から大上ほか(1980)のNuUに相当するものと考えられます。これらの上限は安代軽石の下部に位置する火山豆石を含む上斗内火山灰(土井、1990)に覆われます。岩質は石英含有斜方輝石単斜輝石安山岩です。
安代軽石流堆積物(As)
 安代軽石流堆積物(As)は、安代町地域に分布する沼宮内火山泥流に対して、石川ほか(1985)が名付けたものです。Asは、安代地域で新町石英安山岩および水中に堆積したデイサイト質テフラを不整合に覆います。一方井地域の露頭の観察結果、一方井ダム周辺でAsはNuを被覆しています。また、Asは火砕流と降下軽石の両者を含む場合があります。Asはしばしば安山岩岩塊を含みますが異質岩塊を含むことはまれです。沼宮内西方地域では、軽石の直径は30cmに達しよく発泡しています。また、炭化した材を多数含み、高温であったことを示しています。
蛇ノ島溶岩(Ja)
 安代軽石流堆積物(As)の直上に重なる安山岩の角礫状溶岩です。模式地は、一戸町小繋地域の蛇ノ島一帯で、染田川左岸、ブナ沢、小ブナ沢、大又沢、西岳東方〜北東の中山、小繋一帯に広く分布します。最大の層厚は約20mと見積もられます。安代軽石(As)との境界は漸移的で、時間間隙を示す堆積物もほとんど無いことから、軽石流噴出直後の一連の火山活動の産物と考えられます。本岩石の斑晶として、斜長石と輝石が見られ、輝石はしばしば1cmの大きさになることがあります。岩質は単斜輝石斜方輝石安山岩です。
観光天文台溶岩(Ka)
 一戸町立観光天文台周辺に分布する角礫状の溶岩で、基質も同質の溶岩片からなります。本溶岩は西岳溶岩とその火砕岩類に覆われます。層厚は15m以上です。本溶岩の降下テフラは、角閃石を含むこと、蛇ノ島溶岩(Ja)と境田軽石(SkP)との間にあることからNK1(=岩手川口火山灰Ak1P)と推定されます。また、本溶岩噴出時には岩屑なだれを起こしたらしく、沼の沢ではNK2の下位にその堆積物が見られます。岩質は石英含有角閃石単斜輝石斜方輝石安山岩です。
西岳溶岩(Ni)
 西岳および田代山を構成する溶岩です。蛇ノ島溶岩を直接被覆されています。この溶岩は降下軽石の他に火砕流を伴い、主に西岳の東方一帯に分布しています。この火砕流は、層序および鉱物組成からNK2に対比されます。SiO2の値として58%が得られており(石川ほか、1985)、岩質は単斜輝石含有斜方輝石安山岩です。
七時雨山817.9m山中央火口丘溶岩(Na)
 七時雨山の東方に位置する、817.9mおよび779m山を構成する溶岩です。七時雨山中央火口丘溶岩とは断層で接します。この溶岩の下位は、カルデラ堆積物である染田川層下部の泥岩で、直接侵食面や不規則に変形した面をもって重なっています。また、この溶岩は角礫状を示し、さらに水平方向へ礫岩となって移化しています。この部分は染田川層中部でその上限は、七時雨山中央火口丘溶岩の水中堆積のテフラ(染田川層上部)に覆われています。岩質は石英含有斜方輝石角閃石安山岩です。
七時雨山中央火口丘溶岩(Nn)
 七時雨山(1063m)のほか、それと隣接する1060m、 865mなどの山体を形成する溶岩です。本溶岩はカルデラの南端に溶岩円頂丘として最後に噴出したものです。NS方向に延びた断層の西側に、グリンタフを直接被覆して重なっています。本岩のKーAr年代として0.96±0.09Maが得られています(伴ほか、1992)。SiO2の値は 60.15%で(石川ほか、1985)、岩質は石英含有斜方輝石角閃石安山岩です。
玉山火山灰
 本地域に分布するテフラ層は、大上ほか(1980)により区分され、古いもの3層は、下位から寺林火山灰、玉山火山灰および岩手川口火山灰と命名されました。その後、これらのテフラ研究に進展がありませんでした。
 この度、岩手郡西根町堀切地域において、玉山火山灰の基底から上限まで連続する露頭が見いだされ、6枚の鍵層になるテフラ層が確認されました。また、そのいくつかは火砕流を伴っていたことも判明しました。模式地は、岩手郡西根町堀切西根第一中学校校庭で、層厚は約14mです。それらを下位から平舘第6テフラ(Tir 6)〜平舘第1テフラ(Tir 1)と呼ぶことにします。
岩手川口火山灰
 岩手川口火山灰は、岩手町川口駅東方を模式地とする厚さ約5mのテフラ群です(大上ほか、1980)。下位より秋浦第3、第2、第1軽石(Ak3P、Ak2P、Ak1P)と境田軽石(SkP)の4枚のテフラ層を挟んでいます。模式地において、本火山灰層の層序と鉱物組成を検討した結果、(1)Ak3PとAk2Pはそれぞれ2枚のテフラ層に分けられること、(2)SkPは鉱物組成の同じ数枚の降下テフラで構成されていること、(3)SkPの上位に鍵層として有効な2枚のテフラ層の存在することが明らかになりました。ここでは、Ak3Pの上部を3a、下部を3bとし、Ak2Pの上部を2a、下部を2bとしています。
中山火山砕屑岩類
 西岳東麓には、七時雨火山を起源とする角閃石を含む火砕岩類が分布し、中山火山砕屑岩類と呼ばれています。奥中山駅北方のJR跨線橋付近では、蛇ノ島溶岩を被覆して、成層する6層の火砕岩類が観察できます。これらはJa噴出後の本火山形成史を解く上で極めて重要です。模式地は、二戸郡一戸町小繋の袖ケ沢で、層厚は約 7mです。本火砕岩類は、下位よりNK1からNK6の6枚の鍵層に分けられます。
 岩相、分布、層序、鉱物組成などから推定される噴出源は次ぎのように推定されます。NK1は観光天文台溶岩に対比され、一戸町立観光天文台付近。NK2は西岳溶岩に対比され、西岳を中心とした外輪山。NK3・4は七時雨817.9m山中央火口丘溶岩に対比され、七時雨山と接する東側の817.9m山および779m山。 NK5は不明。NK6は七時雨山中央火口丘溶岩に対比され、七時雨山およびその周辺の隣接する山のようです。
染田川層(カルデラ堆積物)
 田代平高原の凹地形は、クラカトア型カルデラとされていますが(石川ほか、1985)、これの成因やカルデラ内に堆積物を堆積していたかどうかについては知られていません。しかし、この度の調査で、染田川沿いにカルデラ堆積物の分布が明らかとなり、染田川層と呼びました。この堆積物は、岩相により下部、中部、上部に分けられます。下限は不明ですが、全層厚は 50m以上と見積もられます。
 下部は黒色泥岩を主とし、炭質層(厚さ約 1.2m)2枚と、厚さ1mの白色軽石層を挟むほか、厚さ5cm以下の黒色スコリヤ層(単斜輝石斜方輝石安山岩質)が7枚以上みられます。軽石は、複輝石安山岩質です。泥岩は、黒色で硫黄臭が著しいこと、狭い範囲に厚いことから、過去の火口跡に泥火山を形成していたことが推察されます。炭質層は、草本類の茎を多数含み、ミツガシワ種子や昆虫の羽化石なども保存しています。
 中部は溶岩(斜方輝石角閃石安山岩)、礫岩、岩屑なだれ堆積物及び泥岩からなり、下部層に対して数mの深さの侵食面をもって重なっています。これらは七時雨山817.9m中央火口丘溶岩に移化し、南縁部では軽石流堆積物Asを不整合に被覆しています。
 上部は安山岩質火山砂と白色軽石の互層からなり、平行葉理を示します。最上部には厚さ30cmの角閃石複輝石安山岩質白色細粒火山灰が重なっています。これらの堆積物は、七時雨山中央火口丘溶岩のものと類似しています。

V 身近な自然に科学的関心を高める教材開発

1  教材開発の考え方
 教材開発には以下の点を考慮しました。
 @ 地域の地質の概要が一目で分かるように、図化したこと。(図2、4、5)
 A 火山防災としても役立つように、火山活動ごとに古地理図や火砕流分布図を作成したこと。
 B 地域の大地の形成史の全体像が時空変化でとらえることができるようにまとめたこと。(図3)
 C 教師の教材化の手助けになるように詳細な地質説明書を作成したこと。(別冊)
 D 身近な自然に科学的関心を高めるワークシートについて検討したこと。

2 開発教材の概要
(1) 形成史の時空変化図
 七時雨火山の形成史は、七時雨山周辺に分布するテフラや火砕流堆積物の調査により明らかになりつつあります。図3に示したように、テフラは下位より、奥中山火砕流堆積物、玉山火山灰、岩手川口火山灰、中山火砕岩類より構成されています。

(2) 火山形成史模式図
 七時雨山を侵食する沢では新第三系が露出しています。断層により上昇した高まりがあり、その上に噴火したものと考えられます。七時雨火山の形成史は、古七時雨火山の形成→御月山溶岩形成期→大滝溶結凝灰岩形成期(沼宮内火山泥流を含む)→安代火砕流及び蛇ノ島溶岩形成期→カルデラ形成期→中央火口丘の形成とまとめられます。カルデラからは、唯一染田川が流れていますが、断層活動によってカルデラ南壁が破壊し形成されたものと考えられます(図5)。
 なお、古七時雨火山は、デイサイトの噴出により山体崩壊を起こし沼宮内火山泥流として流れ下り、TirTテフラを降灰しました。その後に石森山安山岩が噴火、引き続き上斗内凝灰岩が降灰し、安代火砕流が覆いました。蛇ノ島溶岩は、鉱物組成や累重関係からみると安代火砕流と一連の活動であり、軽石流噴出直後に流出したものです。

(3) カルデラ形成概念図
 七時雨火山は、約200万年から100万年前に噴火を起こした火山であり、中央部に田代平のクラカトア型カルデラをもち、その中に、七時雨山の中央火口丘が生じています(図4)。カルデラは、長径4km、短径3kmの楕円形の浅い凹地で、田代平の標高は550〜700m、急襲なカルデラ壁に囲まれています。カルデラ底は平坦で、南方に傾斜しています。カルデラ壁は、安代火砕流(軽石)と輝石安山岩からなり、カルデラ内には約50mの厚さの泥と礫及び火山砕屑物と溶岩が堆積しています。泥岩は、泥火山が形成した堆積物と考えられます。

3 地質説明書の作成
 詳細については別冊(七時雨火山の地質説明書)を参照して下さい。

W 研究のまとめと課題

1 研究のまとめ
 この研究は、身近な自然に科学的関心を高める野外における探究活動の進め方について、その手法を提案し、実践的に確かめることによって、理科教育の改善に役立てようとするものです。
 そのためには、地域の自然について形成史を明らかにする調査を行い、それを地質図としてまとめ、教材化することが重要です。さらに、野外活動を中心とした学習を通して、科学的関心を高め、探究心が育つ効果的な探究活動の展開について研究を行う必要があります。
 研究の結果、本年度の成果として、@探究活動についての先行研究に関する文献研究を行い、探究活動の進め方の手法についての基本構想を立案したこと、A七時雨火山地域の地質調査を実施し、噴火史と火山砕屑物の分布を調べ地質図としてまとめたこと、さらに、Bそれを基に教材と教師用の地質説明書を作成できたことがあげられます。

2 今後の課題
 実践校周辺地域の教材を開発し、授業実践による探究活動の進め方の有効性について検討すること。特に、ルートを決定し、生徒用のガイドブックとして露頭分布図及び柱状図を作製するとともに、探究活動の進め方の改善を行うことことがあげられます。
 おわりに、本研究にあたり研究協力校の西根町立西根第一中学校及び県立盛岡南高等学校からご協力頂きました。感謝申し上げます。


文 献

伴 雅雄・大場与志男・石川賢一・高岡宣雄,1992,青麻−恐火山列,陸奥遂岳,恐山,七時雨および青麻火山のK−Ar年代−東北日本弧第四紀火山の帯状配列の成立時期−.岩鉱,87,39-49.
土井宣夫,1990,岩手火山の火山灰層位学的研究.東北大学理学部博士論文,223p.
土井宣夫・大上和良・町田瑞男・畑村政行,1983,北部北上低地帯に分布する渋民溶結凝灰岩の層位と年代について.日本地質学会第90年学術大会講演要旨,339.
早川光弘・霜鳥 洋・吉田武義,1986,青麻−恐火山列:東北日本弧火山フロント.岩鉱, 81,471-478.
石川賢一・吉田武義・北川嘉彦・青木謙一郎・大上和良,1985,東北本州弧,岩手県七時雨火山の地球化学的研究.東北大学理学部核理研研究報告,18,336-378.



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