岩手県立総合教育センター教育研究(1999)


技術・家庭科における生活を工夫する意欲を育てる教材の開発に関する研究


目   次

T はじめに
U 生活を工夫する意欲を育てる教材の開発に関する基本構想
 1 生活を工夫する意欲に関する基本的な考え方
  (1) 生活場面を想起させる必要性
  (2) 生活を工夫する意義
  (3) 生活を工夫する意欲を育てる教材の開発に関する基本構想図
 2 生活を工夫する意欲を育てる学習の指導試案
V 授業実践した教材の概要と授業の様子
 1 木材加工領域
 2 栽培領域
 3 家庭生活領域
W 研究のまとめと今後の課題
 1 研究のまとめ
 2 今後の課題
X おわりに

【主な参考文献】

T はじめに

 中学校技術・家庭科における学習指導では、実践的・体験的な学習活動をとおして、生活や技術とのかかわりについて理解を深め、進んで生活を工夫し創造する能力と実践的な態度の育成が求められています。
 しかし、生徒の実態をみると、自ら考え工夫して取り組んだり習得したことを生活に生かしたりすることが十分できていない状況が見られます。これは、物質的に豊かな社会の中での生活や家庭環境等の変化にともない、生徒の生活経験が乏しくなり、学校での教科指導において、生活を見つめ考えさせる指導が困難になっているためと考えられます。
 このような状況を改善していくためには、生活場面を想起させる教材を実践的に活用することにより、個々の生徒に学習した内容を生活に生かしたいという意識をもたせ、生活を工夫する意欲を育てる必要があります。
 そこで、この研究は、技術・家庭科において生活を工夫する意欲を育てる教材を開発し、その活用の在り方を実践的に明らかにすることによって、技術・家庭科の指導の充実に役立てようとするものです。

U 生活を工夫する意欲を育てる教材の開発に関する基本構想

1 生活を工夫する意欲に関する基本的な考え方

(1) 生活場面を想起させる必要性

  本来技術・家庭科の学習は、生徒の生活と密接にかかわる教科です。授業をとおして生徒自身が生活場面で経験した様々な疑問を考えたり、経験に基づく知識や技術をさらに科学的に理解したりすることで、生活への興味・関心が高まり生活の自立が図られてきました。
 しかしながら生徒の状況は、「生活の知識や技術」の質的、量的変化により、日常生活の経験が乏しくなり、生活にかかわる疑問や悩みがほとんど生じてこないことが多くなっています。そのため教科指導においては、体験的な学習に対して意欲的に取り組むものの、基礎的な知識や技術の習得にとどまり、生活を見つめ考えさせる指導が困難になっています。
 生徒自身が主体的に考えながら学習し、学習したことを生活に生かそうという意欲をもつためには、生活場面での疑問や課題を実感しなければなりません。そこで、授業の中で生活経験の補充を図りながら生活にかかわる課題を把握し共通の基盤で学習できるように、意図的に生活場面を想起させる必要があると考えます。

(2) 生活を工夫する意義

 「工夫する」ということは、既習事項や経験をもとに自分なりに考えて課題を解決していくことととらえました。そのことから「生活を工夫する」とは、多様な生活場面に関心をもち、「なぜ」「どうして」という疑問や、さらによい生活(便利に、合理的に、安全に、環境保全のために、健康的に等)を送るためにどのようにしたらよいかという課題を、既習事項や経験をもとに主体的に考え解決することであると考えます。
 学習をとおして、作る楽しさや育てる喜びを体験し、自分なりに工夫して何らかの自信や成就感を味わうことができると、さらに次への意欲がわいてきます。つまり、生徒自らの工夫を成果として感じさせることで、自主的・主体的な態度形成への力になると考えます。
 しかしながら、「工夫」の内容や程度は、生徒個々の生活経験等により個人差があるのは当然であり、一人一人の生徒の発想を大切にしながら、発展させていかなければなりません。したがって、本研究では、工夫の内容ではなく、工夫しようとする前向きな意欲をもつことができる生徒の育成をめざしました。

(3) 生活を工夫する意欲を育てる教材の開発に関する基本構想図

 生活を意欲的に工夫する「動機づけ」として、生活場面を想起させる具体的な教材が必要と考えます。そのような教材の「開発の視点」と「具備する条件」とを含めた、教材開発に関する基本的な考え方を【図1】のようにまとめました。
【図1】生活を工夫する意欲を育てる教材の開発に関する基本構想図

2 生活を工夫する意欲を育てる学習の指導試案

 生活を工夫する意欲を育てるためには、生活場面を想起させる教材を活用して、学習することが自分の生活に密接にかかわっているという認識をもたせ、身近な生活場面での課題を把握させなければなりません。さらに、その課題を「調査・思考・試行」する場面を設定して課題解決をめざして課題追求を促していく必要があります。そして、生徒相互に評価や意見交換等をしながら、学習したことに自信をもたせることにより、生活への実践意欲を高めることができると考えました。
 以上のような考えで「課題設定・課題追求・課題解決」という一連の学習指導の流れをまとめたものが【図2】の指導試案です。この指導試案をもとに、3領域(木材加工・栽培・家庭生活)で授業実践を行いました。
【図2】生活を工夫する意欲を育てる学習の指導試案

V 授業実践した教材の概要と授業の様子

1 木材加工領域

(1) 教材名 「小割材による小物入れの製作」 配当時間 9時間(事前・事後調査を含む)

(2) 教材の概要 

 木材加工領域においては、「生活に役立つ物作り」を実践するため、いくつかの実習題材が市販教材として示されています。しかし、これらの市販教材には、見本となる製作例が示されているため、生徒個々の生活における必要感から生じた製作とは言い難い面があります。その点を解消するために、1枚板を使用した製作を実践している学校がみられますが、生徒の発想を生かす点では自由製作として取り組まれているものの、製作過程において、未経験からくる設計の不備や縦引き等による技術的な困難点が生じています。さらに、完成に至るまでに多くの課題が生じ、生徒個々が自力で解決できていないのが現状です。このような現状においては、生活をよりよいものに工夫しようとする意欲をもつまでには至らないと考えます。
 そこで、木材加工領域における教材を開発するうえでの留意点を次のように考えてみました。
 ・部品加工等、製作過程での失敗を可能な限り補完できる環境を用意する
 ・製作過程において、試行錯誤ができ、設計図にとらわれず製作が継続できるよう配慮する
 ・予想される作業上の困難点(縦引き等)をカバーできるようにする
 ・完成時において製作品に対する有用感・満足感をもてる内容とする
 開発した教材は、加工の容易さや経済性などから杉材を使用し、生徒の選択によって曲げ板による部品加工にも取り組めるようにしました(【図3−1】参照)。

 【図3−1】曲げ板の加工方法

 曲げ加工に使用する板材は、教材開発時の試行錯誤の結果、幅50mm、長さ300mm、厚さ5mm
の板材(次頁【図3−2】の@:柾目板)を使用しました。背板や側板となる部分は、各板材の幅を
それぞれ38、60、100、120mmのものを用意しました(【図3−2】のA〜D:長さは各450mm、
厚さ各15mm)。これらの基本となる5枚一組の板材から、生徒が必要とする板材を選択し、長さを小物入れの大きさに応じて調整することで、部品の縦引きをしなくても製作することができます。
【図3−2】材料一覧(板材)  (縮尺1/5)

(3) 授業実践の概況

 開発した教材について、木材加工領域において生活を工夫する意欲の育成を図るうえでの有効性を確かめるために、花巻市立南城中学校で授業実践を行いました。
 @学級 第1学年1クラス21名(男子12名、女子9名)
 A期間 平成11年11月〜12月
 B時間 事前・事後調査を含め、9時間で実践
【写真1−1】小物入れの材料取り  【写真1−2】金具の取り付け

(4) 開発した教材の活用と授業の展開

  課題設定の場面では、家庭生活や学校生活における自分の生活を振り返らせながら、身の回りの物を整理したり入れておいたりする入れ物の必要性を想起させました。具体的には、机上の整理が必要である場面をイメージさせ、ペン立てやプラスチックケースなどをあげて説明を行いました。そこで、目的に応じて必要な物を入れておく「小物入れ」を製作することとしました。さらに工夫する点として、場所をとらずに「小物入れ」を設置できるよう、取付具の見本も何点か示しました。
 課題追求の場面では、構想図を考えさせることから始め、実践の2回目以降から部品加工に入りました。組み立てが終了した時点で、設置する場所に適した取付具を選択させ、必要に応じて塗料も選択させました。
 まとめの場面では、ほぼ全員が完成した時点で、何人かの生徒の作品を発表させ、相互に感想を話し合わせながら、生活を自分なりに工夫することの有用性について確認し合いました。
 木材加工領域での「指導構想」を以下に示します。
 
《指導構想》
 

(5) 授業に対する生徒の反応(授業の様子)

 【図3−3】は、本実践において生徒が製作した作品を大きく4つに分類した形状の典型的な例です。同じく【表1−1】は、その形状と形状毎の作品数、及び分類基準を、【図3−4】は、形状毎の作品数の割合をグラフで示したものです。
 【図3−3】生徒作品の分類
           
 【表1−1】作品の分類基準と内訳  【図3−4】分類の割合 N=21

形  状

作品数

    分  類  基  準

A 基本型

 6

背板・底板に曲げ板を取り付けた作品

B 箱 型

 8

小割材を箱状に組み合わせた作品

C 棚 型

 3

小割材で棚部分を作った作品

D その他
 

 4
 

A、B、C以外の作品
 
 生徒21名の完成した作品をみると、ほぼ構想図通りに仕上げた生徒は21名中2名のみで、構想図は描いたけれども内容が異なった生徒が11名いました。構想の段階でうまく自分のイメージする小物入れを表せずに終わった残り8名は、小割材等の板材をいろいろ組み合わせてみたりして、試行錯誤しながら部品の切断・研磨・組み立てなどの作業に取り組んでいました。これら生徒の作品を【図3−4】【表1−1】のように4つに分類してみましたが、形状が似ているものであっても部分的な寸法が異なっており、全く同じ形状の「小物入れ」はありませんでした。
 作業中、板材の加工がうまくできない生徒の中には、板材の切断や釘による接合を何度かやり直している生徒が見られました。しかし、技能的にそれらの作業が苦手な生徒でも、それぞれの課題を自力で解決して、結果的に21名の生徒全員が実践時間内に完成させることができました。
 生徒の感想には、「作ってみてとても楽しくできたし、家などでも活用できそうなので良かったです」という内容が多く見られ、意識調査・自己評価などの結果からは、自分でつくった物、あるいは実習で学んだことを生かして、自分の生活を工夫してみたいと考える生徒が確実に増えていました。
 以上のことから、開発した教材は、生活場面を想起させることにより、生徒の発想を生かすことができ、試行錯誤によって課題を解決することで、生活を工夫する意欲を育てる可能性をもつ教材であったと考えています。

2 栽培領域

(1) 教材名 「加工用トマトの栽培・加工・調理」  配当時間 4時間

(2) 教材の概要

 「栽培」では、草花や野菜等の栽培をとおして、作物の種類とその生育過程、栽培に適する環境条件について知り、基礎的な栽培技術を身に付けさせるとともに、作物を栽培目的に応じて計画的、合理的に育てることができるようにすることを目標としています。また、実際に栽培することにより、人間が生きていくために必要な食糧や自然環境とのかかわり、生活への潤いなどについても考えさせることができるなど直接生活にかかわる大切な学習内容を含んでいます。
 しかしながら岩手県も、全国的な傾向と同じで栽培領域を履修している学校は2.6%と少ない状況にあります(平成11年度岩手県中学校教育研究会技術・家庭科部会調査による)。その背景には、栽培用地の確保が難しいことや、気候とのかかわりや様々な栽培管理の必要性など多くの課題が予想されることもあり、栽培領域を履修することを困難に感じていることが要因と思われます。
 したがって、栽培学習をとおして生活とのかかわりを考えさせていくためには、栽培実習等で予想される困難点をできるだけ少なくする必要があります。また、授業においては栽培をより身近に感じさせる手だてを組んで生活場面を想起させるとともに、生徒の興味を喚起し学習への意欲を継続させる指導内容にしていかなければならないと考えます。
 そこで、栽培領域における教材を開発するうえでの留意点を次のように考えました。
 ・種子からの普通栽培を前提にし、栽培に関する基礎的な学習内容が含まれている
 ・栽培方法や作物の管理などが比較的容易であり、病害虫や気象の変化に強い
 ・「栽培」から「加工」、そして「調理」「試食」までの実習ができる
 ・「加工」においては、時間的にも無理がなく身近な道具で実習ができる
 ・家庭においても学習したことを実践できる
 上記の留意点から、栽培領域での実習作物として「加工用トマト」を選択することとしました。「加工用トマト」は、トマトジュースなどの原料として栽培されていますが、最近家庭向けの需要もあり、普及が期待されています。今回は、農林水産省野菜・茶業試験場(盛岡)で育成された『なつのこま』『盛岡交28号』『さきこま』の種子を譲り受け栽培しました。   
 これらの加工用トマトは、無支柱栽培が可能であり病害虫にも耐性が強いなど栽培管理が比較的容易です。
 また、収穫後に食べられるようにする選別等の作業も「稲」「大豆」「そば」に比べて容易であり、短時間ですみます。
 また、生食用トマトより果皮が厚く強健で加工適性に優れています。「トマトピューレ」等にする加熱加工の際にも水気が出にくく赤みが鮮やかになります。
 さらに、調理室にある既存の器具を用いて2時間以内に加工実習ができ長期の保存も可能です。
 栽培学習の場合、長期休業中の作物の管理や一定期間学習を継続するために栽培する作物等を含めて栽培計画を検討する必要があります。そのことから本実践では、1学期に「果菜類」を中心に畑で栽培し、2学期には、秋植えの方が病虫害の発生が少なく容易に栽培できる「葉菜・根菜類」を栽培用地がない場合を想定して、【写真2−2】のように肥料袋等の容器を使って栽培することとしました。
 また、気象条件等により左右されやすい授業内容を調整する必要から、他領域の学習と関連させて学習できるように計画することが望ましいと考えます。一例として、木材加工学習と関連させて、ガーデニング用品として活用できる大型の「プランター」【写真2−3】や杉材の曲げ加工を取り入れた「鉢入れ」【写真2−4】等の製作実習を栽培学習計画に含めることも考えられます。
 
【写真2−1】加工用トマト 【写真2−2】袋での大根栽培 【写真2−3】プランター 【写真2−4】鉢入れ
      

(3) 授業実践の概況

 開発した教材について、栽培領域において生活を工夫する意欲の育成を図るうえでの有効性を確かめるために授業実践を行いました。基本構想及び指導試案の立案に先だって、作物を栽培する必要から5月17日と5月24日に「栽培用地の耕起」「数種類の野菜の定植・播種」を生徒とともに行い、基本構想に基づく授業実践は、9月から10月までの期間4回実施しました。
 @学級 第3学年選択教科「技術コース」を履修した男子11名
 A期間 平成11年9月〜10月
 B時間 基本構想に基づいた授業を9月から4時間実践
 
【写真2−5】調理実習 【写真2−6】花壇での栽培風景

(4) 開発した教材の活用と授業の展開

 課題設定の場面で、日本の食糧自給率を考えさせる資料から生活場面を想起させ、栽培することは、自分たちの生活に直接関連があることに気付かせるようにしました。そして、自分たちで栽培したいという動機づけをして、9月中旬から栽培できる作物には、どのようなものがあるかについて考えさせることとしました。さらに、管理・収穫作業をしながら5月から栽培している「加工用トマト」の有効活用についても課題として把握させました。
 課題追求の場面では、秋に栽培できる野菜を市販の本や数種類の種子の入った袋から調べさせ、その中から栽培可能なものとして「大根」「二十日大根」「チンゲンサイ」を選択しました。また、栽培用地が確保できない場合を条件として与え、話し合いの中から袋を利用した栽培を行うことにしました。「加工用トマト」については、トマトを素材とした食品を発表させ、具体的な加工方法について教師側で示してから、どのような活用をしたいかを話し合わせました。その結果、収穫した「加工用トマト」を「トマトピューレ」に加工してから、「スパゲティナポリタン」を調理することになりました。しかし、選択教科の授業変更があり、「トマトピューレ」の加工については、加工の様子をVTRを視聴しての概略説明にとどめ、事前に加工して冷凍保存してあった「トマトピューレ」を活用して「スパゲティナポリタン」の調理実習のみを行いました。
 実践のまとめの場面では、栽培の楽しさや困難点などについて交流するとともに、経験したことを生活場面でどのように活用したいかを含め、栽培学習についての感想を発表し合いました。
 栽培領域での「指導構想」を以下に示します。
《指導構想》

(5) 授業に対する生徒の反応(授業の様子)

 次頁の【表2−1】は、5月17日に調査した栽培(農業)に対するイメージと授業実践終了後の感想を示したものです。このことから、栽培に対してほとんどの生徒は大切であると認識していますが、「最初は、楽しいけど、植えてからつまらない」「たまにはいいこと」「毎日やるのは大変」という記述がみられるなど、自分自身が栽培に取り組むことに関しては消極的なことがうかがえます。
 実践後は、作物が実ったことに対する喜びや実際に栽培したトマトを活用しての調理実習への関心がみられるとともに、「勉強になった」「役立てていきたい」「おもいっきりひまなときぜひやってみたい」という前向きな感想もあり、初期段階の消極的な姿勢が改善されたと思われます。
【表2−1】対象生徒の栽培(農業)のイメージと実践後の感想
 【図4−1】は、栽培学習での知識や技術の活用意欲を事前と事後で調査し、その変化を表したものです。事前の調査では、半数の生徒が授業時間以外の栽培の取り組みには、否定的な傾向にありました。しかしながら、事後の調査では全員が肯定的傾向を示しており、栽培から加工・調理という一連の流れに沿った栽培実習は、学習したことを生活に生かしたいという意欲を喚起するうえで効果があったと考えられます。
【図4−1】栽培学習の活用意欲
 以上のことから、「食糧自給率」の資料から生活場面を想起させ、「加工用トマト」を活用した本実践は、生活を身近に感じさせながら意欲的に学習させるために有効であったと考えます。また、「加工用トマト」は、調理実習の素材として生徒の嗜好に合っているとともに、栽培管理や収穫後の加工作業が穀物等に比較して容易であり、学校での栽培に適していることが確認できました。

3 家庭生活領域       

(1) 教材名 「チャレンジ調理実習」 配当時間 4時間(事前・事後調査を含まない)

(2) 教材の概要

「家庭生活」領域の指導内容である「簡単な食事を整えることができること」では、朝食や昼食などの簡単な食事を整える視点から、2〜3品の簡単な調理を組み合わせた食事を計画に従って整え、家庭で応用して実践できることをめざしています。その際、家庭の仕事として食事を整えることの重要性に気付かせ、家庭の生活時間についても配慮させることが望まれます。
 一般的に、簡単な食事を整えるための調理実習では提示された献立について、資料に従って調理実習を行う場合が多いのですが、実生活のなかでは、家にある材料をもとに簡単な食事を考えて調理する場面が少なくありません。そこで、自宅にあるあり合わせのものと仮定した指定材料をもとに、自ら考えたり工夫したりしながら簡単な食事作りができる調理実習を中心に教材化を図りました。
 基本構想図で示した「ア 教材開発の視点」と「イ 教材の具備する条件」に基づき、家庭生活領域における教材を開発するうえでの留意点を次のように考えました。 
 ・自宅にあるあり合わせのものと仮定する指定材料は、生活場面からすぐ思いつくような一般的なもの、調理が容易にできるもの、多様な調理が考えられるもの、家庭で応用して実践しやすいものとする
 ・実習内容は、小学校家庭科で学習した調理の内容や中学校技術・家庭科の既修の学習内容をもとに考えて調理できる程度の食事作りとする
 ・生徒の実態を考慮し、必要に応じて、献立作成練習を行うこととする
 ・実習後に自信をもたせられるよう、加熱の仕方や調味料の分量等、調理の基礎的・基本的事項を確認するようにする
 ・食事を整えることの重要性に気付かせることができるよう、資料や視聴覚教材、試食品等の活用を図る
 これらのことを考慮し、「チャレンジ調理実習」の内容を下記のとおりとしました。
・指定材料…卵(1個)、ハム(1枚)、キャベツ(50g)、ピーマン(1/2個)
          ( )内は1人分の分量である。4種類の材料は全て使用することとするが、分量については、多少残ってもよいこととする。
         献立作成練習の際の指定材料は、卵、じゃがいも、玉ねぎ、きゅうりとした。(分量は示さない)
・使用可能な調味料…しお、さとう、しょうゆ、油、バター、こしょう、酢、ウスターソース、マヨネーズソース、トマトケチャップ、パン粉、小麦粉、かたくり粉、カレー粉、だしの素
・献立作成時間…30分以内(ワークシートに手順等を記入する時間を含む)
・調理時間…30分以内
・班編成…3〜4名
・評価…調理作品1人分を提出し、自己評価、相互評価、教師による評価を行う。
・まとめ…調理作品や自己評価、相互評価した内容について発表を行い、ワークシートに感想等を記録する。
 

(3) 授業実践の概況

 開発した教材について、家庭生活領域において生活を工夫する意欲を図るうえでの有効性を確かめるために授業実践を行いました。
 @学級 第1学年1クラス22名 (男子12名、女子10名)
 A期間 平成11年11月9日〜11月24日
 B時間 4時間

(4) 開発した教材の活用と授業の展開

 課題設定の場面では、日常の生活のなかであり合わせの材料で簡単な食事作りを行う場面があることを想起させました。また、自作のVTRを活用して、食生活の自立を図ることの意義を考えることができるようにしました。
 課題追求の場面では、あり合わせのものと仮定した材料で簡単な食事作りを考える練習をし、班での話し合いや発表を行い、同じ材料を用いてもいくつかの料理ができることに気付かせるとともに、次時の実習方法の要領を把握させました。調理実習の後に満足感や達成感が得られるよう、青菜のゆで方、ゆでたまごの作り方、炒め物の火加減等の基礎的・基本的な調理の方法と調味の加減について確認をしました。本番の献立作成及び調理の際は、練習とは異なる指定材料をもとに簡単な食事を考えさせ、決定した献立名を板書した後、一斉に調理に入るようにし、班ごとに1人分の作品を提出させ、他の班の作品も評価できるようにしました。
 まとめの場面では、前時の自己評価や感想について発表させ、家庭でも実践できるという自信につなげるようにしました。また、簡単でおいしい手料理の例として既習のカスタードクリームを取り上げたり、手作りパンを試食させたりして、健康的でおいしい食事を自分で作ることができる意義を考えさせました。 
 家庭生活領域での「指導構想」を次頁に示します。
【写真3−1】献立作成の様子 【写真3−2】調理の様子
【写真3−3】3班の作品 【写真3−4】4班の作品
【写真3−5】5班の作品
 
《指導構想》
 

(5) 授業に対する生徒の反応(授業の様子)

【表3−1】「チャレンジ調理実習」の作品

 

練習 (献立作成のみ)

本番(献立作成・調理)

    
     備      考

 

材料

卵・玉ねぎ・じゃがいも・きゅうり

卵・ハム・キャベツ・ピーマン



 

スープ
(じゃがいも・玉ねぎ)
オムレツ(きゅうり添え)

油いため
オムレツ
 

★油いためはカレー味
・オムレツには塩とバターを使用
 



コロッケ(きゅうり添え)
 

ハムエッグ
野菜いため

★野菜いためはカレー味
・少々カレー粉が多かったが許容範囲



 

ポテトチップス
目玉焼き
(玉ねぎときゅうりが不明)

ハムエッグ
野菜いため
 

★卵の真上にハムをのせて、ハムサンド のように焼いてみる
★野菜いためはソース味



 

コロッケ
(じゃがいも・玉ねぎ)
サラダ(卵・きゅうり)

お好み焼き

 

★水と粉を混ぜ合わせる時に別の器で分 量を加減しながら行う
・削りかつおを用いずに作った



 

じゃがバター
卵と玉ねぎのまぜまぜ
いため(きゅうり添え)

マキマキマッキー
(キャベツのハム巻き)
(スペシャルソース添え)

★他の班とは異なる料理を作ることと料 理名にこだわる
★特製ソースを工夫する



 

卵焼き
サラダ(じゃがいも・玉ねぎ・きゅうり)

野菜いため
ハムエッグ

★卵を溶いてしまい、ハムエッグを途中 からハム入り炒り卵に変更する
・ハムは、野菜いためと炒り卵の両方に 用いた
 
注)★は特に工夫したと思われる箇所
 
 【表3−1】は、献立作成時間を30分として班ごとに考えた料理の結果です。献立作成の練習時は、時間がかかり、うまくアイデアをまとめられない班も見られましたが、「チャレンジ調理実習」を行うための手順を理解し、話し合いや献立決定の仕方の練習をしたことで生徒に自信を与えることができました。
 本番の指定材料は、練習時より考えやすい材料であったためか、5つの班は、5分〜10分程度で献立を作成し記録用紙に記入することができました。第5班は、ユニークな料理にしたいというこだわりが強く、制限時間いっぱい考えていました。調理実習は、どの班も協力して円滑に進み30分以内の制限時間をオーバーすることなく、また、指定材料をほとんど残すことなく終了することができました。調味についても、どの班もおいしく試食することができました。実習中は、ほとんどの生徒が、積極的、主体的に調理を行っていました。また、表【3−1】の中の備考欄の★印に示したように、献立を作成する際の工夫や、調理の過程での思考や試行の箇所を確認することができました。 生徒の感想には、「家でも作りたい」「楽しかった」「あるもので何か作れることがわかった」「おいしいものを作れてよかった」「自分が食べたいと思うものを自分で作れるようになりたい」等の記述が多く、意識調査の結果からも、家庭にある材料でかんたんな料理をつくってみようと思う生徒が増えたことが明らかになりました。
 これらのことから、開発した教材は、生活場面を想起しながら、学習の過程で自ら考えたり、工夫したりしやすい教材であり、学習した内容を生活に生かしたいという意識をもたせるために有効であることを確認することができました。
 

W 研究のまとめと今後の課題

 この研究は、生活を工夫する意欲を育てる教材に関する基本構想と指導試案を立案し、それに基づいた教材を開発するとともに、その活用の在り方を授業実践をとおして明らかにすることを目的としました。その結果を「研究のまとめ」と「今後の課題」として以下に示します。

1 研究のまとめ

(1) 基本構想をもとに3領域(木材加工・栽培・家庭生活)において教材を開発し、指導試案に基づく授業実践を行うことができた。
(2) それぞれの領域における生活場面を想起させる「手だて」は、生活にかかわる身近な課題を発見、または選択させることができ、学習への動機づけとして効果的であった。
(3) 開発した教材により、生活への関心を高め、意欲的に学習に取り組ませることができた。
(4) 開発した教材による授業は、学習した知識や技術及び実習等での経験を生活場面でも活用したい、または活用できるという意識をもたせるために有効であった。
(5) 課題の設定・追求・解決という一連の学習の流れに沿った授業により、生活にかかわる課題意識をもたせながら、生活を工夫する意欲を喚起させることができた。
 

 2 今後の課題

(1) 開発した教材の活用の推進を図るとともに、学習したことをもとに生活を工夫する意欲を育てる教材について、さらに検討を加える。
(2) 学習の定着と応用を図るために、生徒自身が学習したことに成就感や達成感を味わうことができるよう、個に応じた観点からの教師の支援を検討する。
(3) 自分なりに考えることが苦手な生徒や製作実習への興味が低い生徒に対する学習の動機づけと学習意欲の継続を促す手だてを工夫する。
 

X おわりに

 この研究を推進するにあたり、研究協力校として調査や授業実践等、多大なるご協力をいただいた、花巻市立南城中学校長の佐々木東司先生はじめ、技術・家庭科担当の小原和雄先生、諸先生方、そして生徒の皆様に心から感謝申し上げます。また、家庭科の研究についてご協力頂いた研究協力員の岩手県立不来方高等学校の高橋純子先生、花巻市立南城中学校の橋恵美先生に対して心からお礼申し上げます。

【主な参考文献】
 文部省 中学校学習指導要領 大蔵省印刷局(1998)
 文部省 中学校学習指導要領 解説 −技術・家庭編− 東京書籍(1999)
 安東茂樹著 「生徒の自学能力を高める技術科教育」 明治図書(1993)
 日本農業教育学会編 「学校園の栽培便利帳」 農文教(1996)
 森俊人著 「まるごと楽しむトマト百科」 農文教(1999) 
 岩手県監修 岩手県農業改良普及会編集 「岩手の花と野菜」 同普及会発行(1999)



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