岩手県立総合教育センター教育研究(2000)
生きる力をはぐくむ「総合的な学習の時間」に関する研究
− 自己評価能力が高まる学習活動の展開を中心に −(第1報)
《 目 次 》
はじめに
1 生きる力をはぐくむ「総合的な学習の時間」の学習活動の展開に関する基本的な考え方
(1) 生きる力と「総合的な学習の時間」
(2) 自己評価能力を高めることの意義
(3) 自己評価能力の構成要素のとらえと高まった姿
(4) 県内の「総合的な学習の時間」における学習活動の推進状況
2 生きる力をはぐくむ「総合的な学習の時間」の学習活動の展開に関する基本構想
(1) 自己評価能力が高まる「総合的な学習の時間」の学習活動の展開の手だて
ア 学習活動と評価活動の一体化
イ 教師の指導・援助の改善
(2) 生きる力をはぐくむ「総合的な学習の時間」の学習活動の展開に関する基本構想図
3 自己評価能力が高まる「総合的な学習の時間」の学習活動の展開に関する指導試案
(1) 指導試案の作成の視点
(2) 指導試案の基本的な考えと流れ
ア 自己評価能力の高まり
イ 自己評価能力の指標
ウ 自己評価能力を高める評価の実際
(3) 自己評価能力が高まる「総合的な学習の時間」の学習活動の展開に関する指導試案
4 研究のまとめと今後の課題
(1) 研究のまとめ
(2) 今後の課題
5 おわりに
【引用文献・主な参考文献】
はじめに
「総合的な学習の時間」では、自ら課題を見付け、自らの方法をもって追究し、試行錯誤しながら解決していく活動をとおして、主体的・創造的に生きていく力を身に付けることが求められています。そこでは、児童生徒が自ら学習活動を振り返り、自らの学習活動の改善を図ったり、軌道修正したりしていくための自己評価能力が重要となります。それは、学校教育の範ちゅうにとどまるものではなく、生涯にわたって生きる力の基盤となるものと考えます。
近年、学習や評価に対する考え方も大きく変わり、自己評価や相互評価といった児童生徒を主体に考えた評価を位置付けた学習活動も積極的に展開されています。しかし、その多くは、評価の形態や方法にかかわる工夫にとどまり、評価をどのように生かし機能させていくかという視点からの取り組みは十分とは言えず、評価が学習活動と一体化し児童生徒の自己評価能力の高まりを生み出すという状況には至っていません。
このような状況を改善するためには、「総合的な学習の時間」において、児童生徒が学習活動の展開過程全体を通じて自己を見取り、見取りの結果で自ら課題の修正や方法の改善をしながら主体的に学習を進め、自己の向上や成長に役立てていくための自己評価能力が高まる学習活動の展開の在り方を究明していく必要があると考えます。
そこで、この研究は、自己評価能力が高まる「総合的な学習の時間」の学習活動の展開の在り方を明らかにし、生きる力をはぐくむ「総合的な学習の時間」の充実に役立てようとするものです。
1 生きる力をはぐくむ「総合的な学習の時間」の学習活動の展開に関する基本的な考え方
(1) 生きる力と「総合的な学習の時間」
教育課程の基準の改善の基本的な視座は、「各学校がゆとりある教育活動を展開するなかで、児童生徒に『生きる力』をはぐくむ」ことにあります。
生きる力は全人的な力であることを踏まえ、国際化や情報化をはじめ社会の変化に主体的に対応できる資質や能力を育成するために教科等の枠を超えた横断的・総合的な学習をより円滑に実施するためのまとまった時間の確保が必要とされました。
そこで、「生きる力をはぐくむ」という、今次改訂の趣旨を実現する極めて重要な役割を担うものとして創設されたのが「総合的な学習の時間」といえます。そのねらいは、「自ら課題を見付け、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、よりよく問題を解決する資質や能力を育てること」であり、「学び方やものの考え方を身に付け、問題の解決や探究活動に主体的、創造的に取り組む態度を育て、自己の生き方を考えることができるようにすること」です。換言すれば、ここに掲げられた資質や能力、態度こそが、21世紀に生きる児童生徒に求められる生きる力の中核をなすものと理解することができます。
また、生きる力をはぐくむ上で、重要となる概念は「自ら」ということです。生きる主体は一人一人の児童生徒「個」であり、「総合的な学習の時間」における問題解決活動の主体も「自ら」であり、そしてそれは「自己」の生き方に帰結するものでなければなりません。自分自身が自らの学習活動を「見取りつつ、改善修正を加えながら学習を展開していく」主体者になることが求められるのです。
そこで、本研究で目指す生きる力を「自分自身を的確にとらえ、自己の在り方や生き方について深く考え、よりよい方向に自らを改善したり、軌道修正したりすることのできる資質や能力」ととらえることとします。
(2) 自己評価能力を高めることの意義
本研究で目指す生きる力をはぐくむためには、「自分で自分(の活動)をモニターし、価値付け、活動に反映させる」自己評価が重要であり、とりわけ【図1】に示すとおり、問題解決に際し、行為者である「自分」を、プロセス全体をとおして高次な(meta)次元から眺め、修正を迫ってくるような認知行為、つまり「メタ認知(meta
recognition)」を高めることが大きなねらいの一つになります。
メタ認知について、梶田・古川(1995)は「自己の認知過程を対象化して、制御する心理的な働き。自分の活動をチェックしたり、活動の結果を予測したり、活動を評価し、現実世界に照らし合わせて、問題解決の意図を調整したりする様々な活動を含む。つまり認知過程全体を対象化し、モニターし得る人間の統制機能」と定義します(1)
。
自己評価は、まさにこのようなメタ認知過程と同機能を有しているということができ、このような能力を十分に身に付けた児童生徒は、問題の所在を明確にし、解決の方略を見出すことができ、これまで身に付けてきた知識や技能をどう応用すれば新たな課題を解決できるかの判断が可能となります。
本研究では、技能としての能力であるメタ認知の認知的側面に意欲や動機付けという情意的側面を付加して「自己評価能力」をとらえ、研究を進めることとします。
(3) 自己評価能力の構成要素のとらえと高まった姿
自己評価をメタ認知過程でとらえ、メタ認知の理論から自己評価の機能及び役割を説明してきた例は多いです。そのなかで下山(1988)は、自己評価能力の要素として次の三つをあげています(2)
。
ア 目標の認知−達成すべき目標や課題を知ること
イ 自己能力の認知−メタ認知能力が発達していること
ウ 自己評価の態度・習慣−自己評価しようとする気持ちがあること
この下山の論をもとに、「総合的な学習の時間」における自己評価能力の構成について考えるならば、まず、自分自身が設定する学習活動の望ましい姿と、そこにたどり着くために越えなければならない課題、いわゆる「自己目標」が明らかでなければなりません。そして、その自己目標に照らした現在の目標の達成状況や達成方法の是非についての自己分析が行われることになります。当然、自分の目標や状況・結果にかかわる認知及び分析・評価の方法の理解が前提条件となります。このような認知行動の経験の積み重ねをとおした価値把握による達成感や有用感の体得が、新たな評価の意欲や態度の形成につながるものと考えます。
そこで、本研究では、自己評価能力の構成要素を次のようにおさえることとします。
また、自己評価とその関係要素を【図2】のようにとらえます。
自分で目標を設定(自己目標の認知)し、その達成の状況や結果を予測したり把握したりする(達成状況の認知)までの活動過程において、自分が達成すべき目標に照らし合わせて問題解決の活動における方法や手順についての「全体的見通しを立てる」行為を「プランニング」、自分の現在行っている活動の内容・方法等が最終的な問題解決のために適切であるかなど、「活動中の自分の状態をチェックして調整する」行為を「モニタリング」ととらえます。
活動過程において、こうした「プランニング」「モニタリング」についての「方法の理解」を図ることにより、自己評価能力の中核となる目標の認知力・達成状況の認知力が高まります。また、その行為の繰り返しの過程において、自己評価の方法の理解の構造を把握し、自己評価することに対する意義や有用性等の「価値の把握」が図られ、さらには、自分にあった「プランニング」「モニタリング」の方法を確立し、自己の成長に役立てようとする「評価の態度」が身に付くものと考えます。
次に、自己評価能力の高まりの構造については、【図3】のように考えます。
児童生徒は、自分の達成すべき目標や解決すべき課題を知り、常にその課題と照らし合わせながら、結果を予測したり、活動を評価したり、修正したりします。「目標の認知力」と「達成状況の認知力」は、距離に差が生ずることはあっても常に対応する関係を保ち続けます。この認知力の高まりは、その「方法の理解」の質と相乗的な関係にあり、相互にその高まりが期待できます。
また、自己評価能力の高まりの中心をなすものは、自己の向上や成長に進んで役立てようとする「評価の態度」であり、それは自分自身を評価することの意義や有用性をとらえた「価値の把握」がエネルギーとなって、さらに高まりを増すものと考えます。
以上のことから、本研究では自己評価能力の高まった児童生徒の姿を次のようにとらえます。
ア 自己評価の方法を理解し、自己目標に基づき状況や結果について評価できる。 イ 学習活動に自己評価を生かし、その価値を理解している。 ウ 自己評価の結果を自分の向上や成長に役立てようとする。 |
(4) 県内の「総合的な学習の時間」における学習活動の推進状況
平成12年12月に岩手県教育委員会が発行した「『総合的な学習の時間』実践事例集<小学校><中学校>」を参考にし、県内の「総合的な学習の時間」を研究テーマとして取り組みを進めている小・中学校の活動の推進状況を取り上げて、本研究の手だての内容にかかわり、着目している評価活動の実施状況や今後の課題等についてまとめました。本稿では、紙面の関係で詳細を省略し、課題を項目的に示すにとどめたいと思います。県内の「総合的な学習の時間」にかかわる課題の解決という観点からも、生きる力をはぐくむ視点に立った自己評価能力を高める本研究は、県内の「総合的な学習の時間」における学習活動を推進する上で意味のある内容と考えます。また、これらの課題を基本構想に生かし、指導試案作成の視点に取り入れていくこととします。
<県内の「総合的な学習の時間」にかかわる課題> (1) 児童生徒のプレゼンテーション能力、発表の力・技能についての指導・援助 (2) 自分の考えに対する自信、他者の考えを取り入れ自己を改善する意識を促す指導・援助 (3) 学習過程及び学習全体をとおした評価活動の重視、振り返りや自己評価活動への援助 (4) 児童生徒自身が自分の変容をとらえ、学習活動に生かせる評価方法の明確化 (5) 評価の機能や目的をふまえた学習活動への位置付けと活用 |
2 生きる力をはぐくむ「総合的な学習の時間」の学習活動の展開に関する基本構想
児童生徒に生きる力をはぐくむためには自己評価能力の高まりが重要であることを述べてきました。本研究では、自己評価能力が高まる「総合的な学習の時間」の学習活動の展開の手だてとして、自立や自己改善を促す指導・援助を基盤にした「学習活動と評価活動の一体化」を考えます。
(1) 自己評価能力が高まる「総合的な学習の時間」の学習活動の展開の手だて
ア 学習活動と評価活動の一体化
これまで「評価」は、児童生徒の外にある指導目標や内容に照らし、その理解度や到達度を測ったり、一人の教師が一つの物差しによって多くの児童生徒を評価したりすることが多かったように思います。さらに、その評価データは、主に学習活動の結果の評定や指導の改善に使われ、「教師のための」という色彩が強かったように思われます。これは、表面上児童生徒の手に委ねられる形をとってきた「自己評価」についても同様です。評価は、児童生徒個々の学習活動と遊離していたといえます。
本来、評価とは、学習活動について反省と改善、確認と調整をしていくために必然的に求められる活動であり、繰り返される一連の学習過程の一部をなすべきものです。したがって、評価活動の主体と学習活動の主体は同一であることが望ましい。つまり、評価活動を学習活動の主体者である児童生徒の手に戻し、それを自らの学習活動に反映できるようにしていく必要があります。
とりわけ「総合的な学習の時間」では、課題発見から解決の方略の決定、実際の解決活動に至るまで、児童生徒の切実な要求や願いに基づく主体的な学習活動が展開されなければなりません。そして、自らが常にその学習活動を振り返り、活動の意味付けや価値付けを行いながら展開されるべきものです。
本研究は、児童生徒の主体的な学習活動の質を左右するような重要な役割を果たす評価あるいは自己評価活動を、学習過程及び学習活動に組み込み、児童生徒自身に活用させていくことを基本的な視座に据え、学習活動と評価活動の一体化を図ることによって、児童生徒の自己評価能力の高まる、いわゆる「学習活動」(以下、「学習・評価活動」の表記を併用する)の展開を構想しようとするものです。
そこで、本研究では、次に示す「とらえる−見通す−探る−まとめる−ひろげる」の学習過程に沿って、「自己目標の認知−達成状況の認知の過程におけるプランニング→モニタリング→修正(強化)」を一つの活動(評価)サイクルとして、【図4】のような学習活動と評価活動が一体化したスパイラルな展開を構想するものです。
具体的な「学習活動」については、以下に示す「とらえる−見通す−探る−まとめる−ひろげる」の学習過程に沿って、展開していくこととします。
(ア)「とらえる」過程では
見付けた課題について、興味関心の持続性や解決の可能性などの妥当性について検討し、より明確なものにします。そのために、課題を系統的・構造的にとらえやすくするマップなどを活用し、具体的なイメージをふくらませ(プランニング)、「課題の妥当性の検討の視点」により自己評価カードを使ったり、課題を交流したりすることによってモニタリングしていきます。(イ)「見通す」過程では
自分が選んだ解決方法について、その有効性や効率性などの適切性について検討し、よりよい方略を確立します。そのために、様々な条件や困難点を予測できるようにする企画書などを作成し、解決への見通しをもち(プランニング)、「適切性の検討の視点」により自己評価カードを使ったり、企画のプレゼンテーションを行ったりすることによってモニタリングして いきます。また、具体的で実感を伴うガイダンスやスキルトレーニングなども構想したいと思います。(ウ)「探る」過程では
実際の追究活動を行いながら、生じてきた不都合を解決したり、より有効な方法を探ったりして、活動の内容や方法の精査を行い、学習活動の充実を図りよりよい結果を獲得します。そのために、追究活動における自己目標を決め(プランニング)、「活動内容の精査の視点」により評価規準を設定し、レーダーチャートを活用して自己評価したり、ポートフォリオを 積極的に活用したポスターセッションなどの中間検討で相互評価したりしてモニタリングしていきます。(エ)「まとめる」過程では
「学習活動」の成果をまとめ、その分析・考察を行うことによって活動を具体的に振り返り、他の学習場面や生活などにも応用できるように一般化を図ります。そのために、活動の内容と結果を整理し全体像を把握し(プランニング)、「成果の分析・考察の視点」により評価規準を設定し、自作の評価カードで自己評価したり、成果のプレゼンテーションの機会をとらえて相互評価したりしてモニタリングしていきます。(オ)「ひろげる」過程では
一般化された「学習活動」の成果、特に評価活動の振り返りを行い、個々の生き方や在り方(プランニング)とかかわらせながら「自分自身を自分で評価すること」の成果の内面化を図り、これからの方向性を明らかにします。そのために、「評価活動全体の評価の視点」により、総括的な評価カードを作成したり、作文によるまとめをしたりしてモニタリングしていきます。また、校外の評価を得るための発信活動を模索したりします。
なお、「課題の妥当性の検討」から「評価活動全体の評価」に至るモニタリングの視点等については、児童生徒の実態に応じ、教師の提示したものの活用から児童生徒自身の作成・設定まで幅広くとらえ、工夫していくこととします。
イ 教師の指導・援助の改善
本研究では、自己評価能力の高まった児童生徒の姿を、「自己目標に基づき状況や結果について評価し、その結果を自分の向上や成長に役立てようとする」とおさえました。これは、児童生徒に自らの「学習活動」を見取らせ、自らの力で改善・修正をさせていこうとするものです。そのため教師の役割は、児童生徒の「学習活動」に寄り添い、支えながらプランニング及びモニタリング活動が円滑に進むよう指導・援助することです。それは、最終的に児童生徒の自立と自己改善を促すものでなければなりません。また、児童生徒の「学習活動」は個によって量的にも質的にも様々であり、目指す方向もそれぞれに異なります。その一つ一つに対応していくならば、教師には自ずと柔軟で多様な指導・援助の構えが求められることになります。
そこで、本研究では、自己評価能力が高まる学習活動の展開を構想していくにあたって、「自立や自己改善を促す」「柔軟で多様な」指導・援助の在り方を基盤に据え、考えていくこととします。
(ア) 自立や自己改善を促す指導・援助
@ 学習・評価活動への興味関心の喚起
学習・評価活動への興味関心の喚起は、「総合的な学習の時間」に限らず教師の指導の根幹をなすものである。ただ、児童生徒の主体的な自己活動が中心となる「総合的な学習の時間」においては、特にも興味関心の持続と広がりに教師は留意すべきである。併せて、学習活動と評価活動の一体化をねらう本研究においては、自分自身を評価し、実際に活動の質的改善や向上が図れる経験によって、その意義や有用性などの価値をとらえさせることができる。その結果、学習・評価活動への意欲や態度に質的な向上が期待できると考える。
A 方法の理解についての情報提供
多様な自己評価の方法、効果的な進め方、さらには評価情報の活用の仕方などについて情報を提供する。その提供の仕方は、教師が主導的に実施する段階からはじめ、最終的には、児童生徒自らが方法の選択や観点・規準の設定、効果的な活用が可能になるまで高めることが必要である。その経験の積み重ねによって評価の方法の理解は進み、多様な評価方法を習得することができると考える。
B 自立場面の設定
自力解決部分の拡大、尊重はもちろん、課題の設定から成果の内面化に至る学習過程全体を通じて、可能な限り児童生徒自らの手に委ね、自立して取り組む場面を意図的、計画的に設定していくことが必要である。また、適時性への考慮も大切となる。そのことによって、活動への主体的なかかわりが生じ、評価しようとする意欲を高め態度の形成がなされるものと考える。
C 個のよさを生かす価値付け
一見意味のないものや無駄なものに見える児童生徒の動きや評価データの読み取りの不備など、見落とされている、あるいは欠落している事項を取り上げ、意味付けをしていくことは重要な教師の役割である。本人はもちろん、場合によっては活動集団全体に周知し、価値付けを行うことは、学習・評価活動の質的改善はもちろん、次への意欲の喚起ともなり得るものと考える。
(イ) 柔軟で多様な指導・援助
@ 個に応じた多様な評価活動の指導・援助
「総合的な学習の時間」における評価は、個人内評価が主となる。つまり、児童生徒一人一人の物差しが異なるとも言い換えられる。教師は、児童生徒の数だけ目盛りの異なる物差しを用意しなければならない、といっても過言ではない。児童生徒に自己評価をさせるに際しても、画一的・全体的な方法や観点ではなく一人一人が、自分の良さや可能性を自覚できるように、多様な評価の観点や規準をできるだけ類型化し、整理し、それぞれの自己評価活動の援助にあたることが肝要であると考える。
A ポートフォリオの柔軟な活用
児童生徒個々の「学習活動」の全プロセス及び結果に関する情報・資料が長期にわたって目的的・計画的に蓄積されたポートフォリオを有効に活用させる。ポートフォリオに収められた内容や情報を見れば、教師も児童生徒自身もそれぞれの「学習活動」の歩みや現在到達している活動の全体像、さらには次に取り組むべき課題等が、時系列的に把握できる。ポートフォリオを柔軟に活用することによって、児童生徒のみならず、教師もあわせてそれぞれの「学習活動」及び指導を振り返り、その修正・改善、そして新たな計画の立案に役立たせることができると考える。
(2) 生きる力をはぐくむ「総合的な学習の時間」の学習活動の展開に関する基本構想図
これまで述べてきた、生きる力をはぐくむ「総合的な学習の時間」の学習活動の展開に関する基本構想を、下の【図5】のとおりまとめました。
3 自己評価能力が高まる「総合的な学習の時間」の学習活動の展開に関する指導試案
(1) 指導試案の作成の視点
自己評価能力が高まる「総合的な学習の時間」の学習活動の展開に関する指導試案を作成するにあたって、生きる力をはぐくむ「総合的な学習の時間」の学習活動の展開に関する基本構想及び県内の「総合的な学習の時間」にかかわる課題をふまえ、作成の視点について次のように考えました。
(2) 指導試案の基本的な考えと流れ
ア 自己評価能力の高まり
自己評価能力は、児童生徒一人一人の自己実現の過程をとらえた「生きる力」としての学力を、「内側から総合的に評価」するという評価経験の積み重ねによって、その量的、質的、効率的高まりが期待される能力と考えられます。
本研究では、下の【表1】のように「量的側面」「質的側面」「効率性」を自己評価能力の構成要素の高まりを評価する視点とし、個人ごとの現時点での評価能力を原点としてその高まりを評価することとします。なお、本研究において重点化する視点を「◎」で示しました。
イ 自己評価能力の指標
自己評価能力の高まりを、「とらえる」から「ひろげる」過程までの「学習活動」の展開のプロセスに沿って設定したものが、次頁【図6】に示す自己評価能力の指標です。
ウ 自己評価能力を高める評価の実際
自己評価能力を高めるための実際の評価活動においては、自己評価を中心に、相互評価、共同評価を位置付け、それぞれの特徴やよさを生かした活用を行っていくこととします。なお、活用の関係を【図7】のように考えます。
また、評価情報の集積と活用のためにはポートフォリオが有効であり、本研究の展開に積極的に取り入れることとします。
(ア) 自己評価の活用
自己評価とは、評価対象となる個人の内部に存在する規準によってその個人を解釈するような評価です。児童生徒にとって、自分自身の発達的、構造的な認識をすることができるという点によさがあります。このことで、自らを振り返り、次の学習や自己の成長に役立てる機会を得ることができます。反面、自己評価はもともと主観的なものであり、客観性に欠けるという指摘もあることから、適時相互評価のよさを取り入れながら行いたいと考えます。
(イ) 相互評価の活用
他者による評価のうち、評価の主体が同じ立場の他者であるときを相互評価といいます。自己評価活動における他者からの評価情報の収集や意見、知識等の学習情報の収集に効果を発揮します。また、主観的になりがちな自己評価に対し客観的な情報を加えるための手だてともなり得ます。
しかし、評価の主体はあくまでも自分自身であるから最終的には、自己評価の判断材料とします。
(ウ) 共同評価の活用
評価の主体が異なる立場ですが、目的やねらい、方法を共有して評価を行うことを共同評価といいます。児童生徒と教師は立場は異なりますが、共に学習目標に向かって「学習活動」を展開します。このとき主体性を児童生徒にもたせながらも、教師が児童生徒の学習のプロセスを見取り、見取りの結果をフィードバックしていくようにする場と方法とします。
また、児童生徒の自己評価と教師による評価を活用し、両者の評価をお互いに示し、説明し合い、理解し合いながら評価をより適切で質の高いものにしていきます。自分の現在の状況把握、何が課題か、今後の自分の行動等について考えさせることで、教師の評価のねらいとする児童生徒の自己評価能力(メタ認知の力)の育成を行おうとするものです。一方、児童生徒にとっては、自己評価の妥当性や学習方法を検討するポートフォリオの資料となります。
(エ) ポートフォリオの活用
ポートフォリオとは、一人一人の児童生徒の学習の過程及び結果に関する情報・資料が長期にわたり、目的的・計画的に蓄積された集積物と考えられています。
自己評価能力を育てるために、その子の「よさ」や「可能性」の発見、小さな変容等を大切にした個別の肯定的な評価を基本としていきます。そのためには、児童生徒の学習における様々な情報を記録していく必要があります。
ポートフォリオを活用した評価によって、児童生徒が学習過程で作成したもののなかで、進歩がみられる情報や価値を認めた資料を選択して、長期にわたり、計画的に保存しておきます。この評価方法によって、児童生徒が学習の過程や成果に関して、主体的に自分の学習を振り返り、自己評価や学習活動の修正、新たな計画の立案ができるようになります。
(オ) ポートフォリオの再構築
これまでのポートフォリオを「元ポートフォリオ」と呼び、その中から、意味を発見したことや自分の視点をピックアップして再構築したものが「凝縮ポートフォリオ」と呼ばれるものです。
学習過程の中で、中間のまとめや中間発表会のように、その時点での学習の状況をお互いに公開し合う場が位置付けられている時、この凝縮ポートフォリオの考え方が参考になります。
凝縮ポートフォリオでは、元ポートフォリオの場合のように、時系列に並べる必要はなく、大切なことは、「何を伝えたいのか」ということであり、聞く側に「もっと先を知りたい」、そして、最後に「なるほど」と思わせるようなものが求められます。そういう意味では、凝縮ポートフォリオは、プレゼンテーションの一つであるともいえます。
また、児童生徒の主体的な活動が進むにつれて、ポートフォリオに集積されてくる情報も多岐にわたり、その量も膨大なものとなってきます。そのような場合、児童生徒が、これまでの集積したポートフォリオの情報を整理し、その時点での学習に必要な情報を中心とする凝縮されたポーフォリオを用意すると、ポートフォリオの機能的かつ効果的な活用が期待できます。
教師からみると、児童生徒が、その時点での学習内容や状況に応じて、どのような情報を選択し凝縮ポートフォリオを準備しているかということで、その子の学習状況や情報を選択する力、展開を予想する力など、様々な角度からの形成的な評価が可能となります。このような活用は、単に学習の過程を保存する、あるいは蓄積するという考え方ではなく、次からの「学習活動」に活用する情報源という考え方に立っています。
(カ) ポートフォリオ検討会
教師には、児童生徒の活動や意識の変化等を見取る力が要求されます。どのように変容したのか、それはなぜか。その時、児童生徒は何を考え、何を感じていたのか。このようなことが、「学習活動」の足跡から感じ取る力がなければ、児童生徒が作成しているポートフォリオも、教師にとっては、単なるファイルに過ぎなくなってしまう可能性があります。
そこで、「ポートフォリオ検討会」を行い、児童生徒の学びをとらえ、支援していく教師としての力量を高めていきたいと考えます。
※ ポートフォリオ検討会の主な内容例等は紙面の関係で省略します。
(3) 自己評価能力が高まる「総合的な学習の時間」の学習活動の展開に関する指導試案
以上述べてきた基本的な考え方に基づき、自己評価能力が高まる「総合的な学習の時間」の学習活動の展開に関する指導試案を、15頁から17頁のとおり作成しました。
4 研究のまとめと今後の課題
(1) 研究のまとめ
本研究における本年度の研究目標は、2年次研究の第1年次として、自己評価能力が高まる学習活動の展開を中心に、生きる力をはぐくむ「総合的な学習の時間」の学習活動の展開に関する基本的な考え方についての検討を行い、基本構想を立案するとともに、それに基づく指導試案を作成することでした。ここでは、それらの研究内容について概括的にまとめます。
ア 生きる力をはぐくむ「総合的な学習の時間」の学習活動の展開に関する基本的な考え方の検討を行い、生きる力と「総合的な学習の時間」のかかわり、自己評価能力の意義や「問題解決プロセスとメタ認知」の構造及び構成する要素等について明らかにすることができました。
イ 「プランニング→モニタリング→修正(強化)」の自己評価の構造や評価サイクルを中核とした、自己評価能力が高まる学習活動の展開を中心に、生きる力をはぐくむ「総合的な学習の時間」の学習活動の展開に関する基本構想を立案することができました。
ウ 自立や自己改善を促す指導・援助を基盤として、学習活動と評価活動が一体化された「総合的な学習の時間」の学習活動の展開を中心に、自己評価能力が高まる学習活動の展開に関する指導試案を作成することができました。
(2) 今後の課題
本年度研究をふまえ、指導試案に基づく実践をとおして、生きる力をはぐくむ「総合的な学習の時間」の学習活動の展開の在り方について、実践的、事例的に究明していくことが課題です。
なお、実践にあたっては、自己評価能力の指標や具体的な評価方法の吟味及びモニタリングの視点についてさらに検討を加え、児童生徒一人一人の自己評価にかかわる能力に応じた展開を構想していくことが必要だと考えます。
おわりに
「総合的な学習の時間」の試行の開始とともに、実践を経ての課題が多く浮き彫りになってきています。「総合的な学習の時間」を実りの多い学びの場としてしっかりと根づかせるためにも、本研究が課題解決の一助となれば、と願わずにはいられません。
本研究を進めるにあたって、多大なるお力添えをいただきました研究協力校の校長先生をはじめ諸先生方、並びに研究協力員の両先生に心より感謝申し上げ、第1年次の結びといたします。
【引用文献】
(1) 梶田叡一・古川治著 「新しい学力観に立つ評価のあり方」
東京書籍 1995
(2) 下山剛著 「学習意欲の育成と『自己評価』−学びにおける自己評価力の効用−」教育調査研究所
『教育展望』4 1988
【主な参考文献】
岩手県教育委員会「『総合的な学習の時間』実践事例集〈小学校〉〈中学校〉」 2000
鈴木敏恵著 「ポートフォリオで評価革命」 学事出版 2000
有園格・小島宏著 「『総合的な学習』の理論と実際」 ぎょうせい 1999
加藤幸次・安藤輝次著 「総合学習のためのポートフォリオ評価」 黎明書房 1999
高浦勝義著 「総合学習の理論・実践・評価」 黎明書房 1998
井上正明著 「『生きる力』の育成と自己評価の方法」 明治図書 1997
カリキュラム開発研究会編著 「『自ら学び考える力』をどう評価するか」 日本教育新聞社 2000
丸野俊一著 「メタ認知研究からの提言『自己教育力の育成・再考』」 『教育心理学年報』bQ 1990
奈須正裕著 「『評価観の転換』を進める基本的構えと手だて」
小学館 『教育技術』8 1999