岩手県立総合教育センター教育研究(2000)
文章表現力の育成を図る国語科の学習指導の在り方に関する研究
− 筆者の表現意図に着目した説明文指導をとおして −(第2報)
《 目 次 》
はじめに
1 文章表現力の育成を図る国語科の学習指導試案に基づく授業計画の立案と授業実践
(1) 文章表現力の育成を図る国語科の学習指導の在り方についての基本的な考え方
(2) 文章表現力の育成を図る国語科の学習指導の在り方についての基本構想
(3) 検証計画
2 文章表現力の育成を図る国語科の学習指導試案の妥当性の検討【小学校】
(1) 授業実践の概要
(2) 文章表現力の育成状況
(3) 単元で学習する内容の習得状況
(4) 国語科の学習に関する意識の状況
3 文章表現力の育成を図る国語科の学習指導の在り方についてのまとめ【小学校】
(1) 課題として考えられること
(2) 改善点として考えられること
4 文章表現力の育成を図る国語科の学習指導試案の妥当性の検討【中学校】
(1) 授業実践の概要
(2) 文章表現力の育成状況
(3) 単元で学習する内容の習得状況
(4) 国語科の学習に関する意識の状況
5 文章表現力の育成を図る国語科の学習指導の在り方についてのまとめ【中学校】
(1) 課題として考えられること
(2) 改善点として考えられること
6 研究のまとめと今後の課題
(1) 研究のまとめ
(2) 今後の課題
おわりに
【主な参考文献】
はじめに
国語科の学習指導においては、児童生徒が筆者の考えやものの見方をもとに自らの考えやものの見方を深めたり、表現したりする資質や能力、すなわち論理的な思考にかかわる表現力を育成することが求められています。そのためには、相互に情報や主張を分かりやすくかつ客観的に伝えたり、理解したりする表現と理解の関連を図った学習活動を意図的に行う必要があります。 しかし、小・中学校における表現と理解の関連を図る学習指導においては、要旨を読み取る指導が中心となり、読み取った内容や論理性を表現に生かす指導や相手に理解させるための論理の展開を生かす指導は十分に行われていません。その結果、要旨の読み取りはおおむねできるものの、相手や場に応じて適切かつ分かりやすく伝えるための表現力の育成は、十分ではない状況がみられます。このことは、論理的な展開を伴う文章の学習において、児童生徒に構成と筆者の記述のねらいとの関連を意識させる指導が十分でなかったことによるものと思われます。 このような状況を改善するためには、説明文における表現と理解の関連を図る読解学習において文単位での表現意図と文章全体の展開の関連に着目する場を位置づけ、児童生徒が説明の意図の明確さと展開の論理性から説明文を記述したり読んだりできるようにする必要があると考えます。 そこで、この研究は、説明文の学習指導過程の中に、文章の展開と表現の意図の関連に着目させた学習を位置づけることによって、文章表現力を育成する指導の在り方を明らかにし、国語科の学習指導の改善に役立てようとするものです。
1 文章表現力の育成を図る国語科の学習指導試案に基づく授業計画の立案と授業実践
(1) 文章表現力の育成を図る国語科の学習指導の在り方についての基本的な考え方
ア 国語科における文章表現力の意味
文章表現力とは、文字言語を用いて、自らの考えや事実、情報など伝えたい事柄を、相手や場面に応じて適切に伝える能力のことです。
本研究で育成しようとする文章表現力は、明確な意図と確かな伝達の目的をもち、その意図と目的に応じて適切に文章表現を工夫し、読み手に分かるように伝える能力と考えます。その要素を「意図の明確さ」と「伝達の確実さ」の二つとし、それぞれ次のようにとらえることとします。
表現における「意図の明確さ」とは、目的に応じて、書き手に伝えようとする意図を、言葉や文の展開により明確に表現することができた状態、また読み手にそのことがとらえられた状態であると考えます。すなわち「意図の明確さ」は、書き手の立場では、伝えようとする意図を読み手に明確にとらえられるよう適切に表現の工夫をすることであり、読み手に対して書き手の表現の意図を明確にとらえさせることができるものでなくてはならないと考えます。
また、表現における「伝達の確実さ」とは、目的に応じて、書き手が伝えようとする事柄や意志判断を、読み手に確実に伝えることができた状態、また伝わることができた状態であると考ます。すなわち「伝達の確実さ」は、書き手の立場では、記述にあたってその伝達の状況を推測し、そのための適切な表現の工夫をすることであり、読み手に対しても、その表現の内容や意図を確実にとらえさせることができなければならないと考えます。
イ 国語科における文章表現力の育成に関する学習指導のねらい
国語科においては、文章表現力を育成するため表現領域に関する学習指導過程を設定し文章表現学習を展開してきました。一方、理解の学習においても、表現と理解の関連を図る観点から、叙述に即して読み取ったことやそのことから考えたことを表現する学習を展開してきました。
これらの指導の結果、児童生徒においては、与えられた課題やテーマに応じて、事実や意志をおおむね適切に表現できるようになってきましたが、相手により分かりやすく適切に伝えようとする意識や書き手の微妙なニュアンスを込めたり、文章の展開を検討したりするなど表現の工夫については、指導が十分ではなかったと考えます。
そこで、本研究では、読解において、書き手がどのような意図をもって、読み手に伝えようとしているのかを、読み手の立場から理解しその表現を検討する活動を取り入れ、その表現の工夫から学んだことを自らの表現に生かすことにより、相手や場に応じて表現を工夫し進んで文章を書くことのできる能力の育成を図ろうとするものです。
ウ 国語科における文章表現力の育成の意義
今日、社会においては、豊かで目的に応じて相手に適切に意志を伝えられる表現力を有することが必須のものになってきています。学校教育においても、社会の要請に応じて、「生きて働く力」の一つとして表現力の育成が急務とされ、新学習指導要領に新たに「伝え合う力」が書き加えられるなど表現指導の充実が求められています。
分かりやすい文章を記述するためには、書き手が、読み手の立場に立ち、伝えたい意図が適切に伝わるよう意識して表現することが大切です。そのためには、文章の読解においても書き手がどのような目的で伝えようとしているのか、客観的な立場からその表現の意図をとらえる学習が有効であると考えます。
この学習を展開するためには、記述内容や伝達しようとする意図が論理的であり、誰にでも客観的かつ的確にとらえることが可能である説明的文章による読解指導が有効と考えます。
以上のことから、書き手の表現意図に着目した説明文の読解指導を取り入れた文章表現力の育成は、日常における文章読解の学習を生かすとともに、書き手や読み手を意識する表現活動を展開することができるなど、表現力の基礎を培ううえで意義があることと考えます。
エ 表現の意図に着目することの意義
表現の意図とは、その内容を誰に、どの程度、どのように、伝えようとするのかを目指したもの、すなわち全体もしくは部分から読み取る、書き手の意志や判断など表現行為の根本にあって表現活動のすべてを統率しているものととらえます。この書き手の意志や判断などの意図が、読み手により分かりやすく適切に伝わったとき、表現内容が適切に伝わったものと考えます。
このことから、書き手の意図にそった語句の使用に気づいたり、文章の展開をつかんだりする表現内容の構成や語句、そして判断の程度など表現の意図にそった工夫に着目し、自らの表現に生かすことは、文章表現力を育成することに十分効果があるものと考えます。
オ 話題や判断を書き手や読み手の立場から検討することの意義
本研究においては、説明文の読解に書き手や読み手の立場から話題や判断を検討することを取り入れようとするものです。このことは、次の二つの点から、意義があることと考えます。一つは、書き手がどのような意図で、その言葉を用いたり、文章を構成したりしたのかを検討しその意図に納得することで、表現が単なる事実や考えの一方的な伝達から、書き手と読み手の思いが通じ、本当の意味での読解となることと考えます。
二つ目は、読み手としてより分かりやすい表現はどうあればよいのかを検討することにより、具体的な表現の工夫を学ぶことができることと考えます。
このように、それぞれの立場から、表現の意図を読み取ったり、記述がどのように読まれたりするのか、主張や意見がどのように伝わるのかなどを検討することは、単に記述されたものの内容の理解から、文章を学習材として表現や表現のもつ意味を具体的に学ぶことができるものと考えます。以上のことから、読解において話題や判断を書き手や読み手の立場から検討することは自らの表現においても、読み手を意識することにつながり、文章表現力の育成に意義があるものと考えます。
カ 読み手の立場から記述することの意義
これまでの表現学習では、書き手の立場から自らの思いや考えなど、伝えたい事柄を書くことに主眼が置かれ、推敲においても自らの表現の意図が正しく伝わったかどうかということはあまり重視されませんでした。読み手の立場から記述することは、具体的に読み手を想起し、相手や場など目的に応じた表現を工夫することを促し、文章表現力が育成されるものと思われます。
(2) 文章表現力の育成を図る国語科の学習指導の在り方についての基本構想
ア 文章表現力の育成を図る国語科の学習指導の基本的な考え方
本研究における学習指導においては、表現と理解の関連を図る観点から、説明文の内容の読解を文章表現力の向上に生かそうとするものです。
文章読解において、書き手がどのような意図をもち、そのことからどのように記述の工夫をしているのか、という視点を新たに取り入れることにより、表現内容と文章の展開を読み取るとともに、自らの表現に生かすことができるように学習を展開します。
文章全体の内容やあらましを読み取ったうえで、書き手の思いや判断が明らかに読み取れる表現に着目し、その表現に込められた意図が具体的にどのように記述にかかわっているか、また他の表現と比較するなどの検討を加えます。これらのことから学んだことを具体的に表現に生かすこととします。
イ 文章表現力の育成を図る国語科の学習指導の方略
文章表現力の育成を図る学習指導の展開
本研究では、文章表現力の育成を図る学習指導を次の点に留意して展開するものとします。
文章表現への興味関心の喚起 |
文章表現行為の一般化・日常化を目指す観点から、児童生徒の文章表現への興味関心を高めるとともに、文章表現学習への抵抗感を取り除き、主体的な文章表現学習が展開できるようにします。そのためには、身近な題材や多様な教材文を用いたり平易な表現や多様な表現形式を取り入れたりすることが必要です。
表現と理解の関連を図る学習の展開 |
表現と理解の関連において文章表現力の育成を図ろうとする観点から、文章読解から表現に生かすことができる事柄を学習させるようにします。そのためには、説明文の読解学習においては語句や表現にこだわらせるとともに、筆者の意図に対して関心をもたせるようにします。
相手意識と書き手意識の涵養 |
目的や相手に応じた文章表現を目指す観点から、記述にあたっては相手意識や目的意識を常に意識させるとともに、読解学習においても、書き手の立場にたって学習に取り組ませるようにします。
総合的な文章表現学習の展開 |
言語の教育としての立場から、多様な表現活動の展開にのみ重点を置くのではなく、文章表現の基礎的基本的事項の定着を図るようにします。
ウ 文章表現力の育成を図る国語科の学習指導についての基本構想図
これまで述べてきたことを基にして、文章表現力の育成を図る国語科の学習指導ついて基本構想を図にまとめたものが、【図1】です。
エ 文章表現力の育成を図る国語科の学習指導過程試案
前年度研究において実態調査をふまえ作成した学習指導過程試案を【表1】に示します。
(3) 検証計画
文章表現力の育成を図る指導過程試案に基づく指導が、児童生徒の能力及び意識の育成にどのような影響をあたえたかをみるために次の項目について検証します。
ア 国語科における文章表現力の育成状況
本研究において、表現と理解の関連から文章表現力を育成するとともに、その構成要素を「意図の明確さ」「伝達の確実さ」の二つととらえ、以下の観点から未習教材を基に作題した主題テスト(事前・事後共通)を実施し、それぞれの育成状況及び相互に関連する項目について、仮説の有効性を検証します。
イ 単元で学習する内容の習得状況
指導単元についてのテストを実施し、単元で学習する内容の習得状況について考察します。
ウ 国語科学習に関する意識状況
文章表現に関する学習への児童生徒の意識状況を調査し、分析・考察します。
エ 検証計画の概要
オ 主題テストの観点
カ 主題テスト問題
文章表現力がどれだけ育成されたかをみるために、文章表現力テストを行いました。
2 文章表現力の育成を図る国語科の学習指導試案の妥当性の検討【小学校】
(1) 授業実践の概要
ア 授業実践の計画
(ア) | 研究協力校 大迫町立外川目小学校 5学年1学級(男子4人、女子2人、計6人) |
(イ) | 指導期間等 平成12年9月20日〜10月6日(8時間)事前事後調査(各2時間) |
(ウ) | 単元・教材 単元七「みんなで考えよう」教材「一秒が一年をこわす」 |
(エ) | 単元指導目標 |
@ 教材文の文章構成を手本とした作文を書くことができるようにさせる。 A 説明文の文章構成をとらえることができるようにさせる。 B 筆者が伝えたい中心の考えをとらえることができるようにさせる。 |
|
(オ) | 指導計画 |
イ 授業実践の内容
授業実践を行った結果について、分析し考察したことを述べます。【資料1】は、説明文の読解学習指導過程に「書き手の意図に着目し、読み手の立場から検討する」学習活動を設けた授業実践の一部を示したものです。
本時のねらいは、「一秒が一年をこわす」という文章に何が書いてあるかをふまえて、筆者がそのような文章を書かずにはいられなかった意図(おもい)を理解することです。また、書かずにはいられなかった意図を読み手に確実に伝えるために工夫していること(文章構成、接続語の使い方など)を検討し意見と事実の関係を理解することです。
特に大事なことは、文章構成です。ある意図をもつためには、具体的な事実との出会いがあり、出会い方が深いほど伝えたいという意図も深くります。人にその意図を確実に伝えるためには、伝えたい事柄は何かを自分自身で確かめ、そのような意図をもたせた事実を具体的に記述することです。事実の記述が具体的であればあるほど、自分自身の意図がより説得力をもつことになる。そのことを理解させるのに「一秒が一年をこわす」の意味段落Tは、はじめ(意見)・なか(事実例)まとめ(意見)と分けることができると考えられ、論理的な文章構成となっています。
学習シートに筆者の表現意図と表現の工夫について記入し、それをもとにして検討を行いました。
なぜこの文章を書いたのかについては、6人中5人の児童が筆者の意図をとらえていると判断します。書き方の工夫については、文章構成に着目した児童が1人、接続語についてが2人、内容についてが1人でした。特に、「自分の意見を書いて、次に事実を書いて読み手にそうなんだなあと思わせる」書き方の工夫をしていると指摘した児童の意見を基に意見と事実の関係について指導しました。意味段落Tの文章が、はじめ(内容の予告)なか(事実例、まとめの根拠)まとめ(主張)の三つの部分から構成されていることを確認しました。
(2) 文章表現力の育成状況
文章表現力全体の育成状況を、事前と事後の比較で示したものが次の【表2】です。
主題テストを行った結果、文章表現力の育成
状況は6人中4人の児童について、事後におい
て達成項目が増えました。これは指導の手だて
が有効に働いたためと考えます。具体的には、
@説明文の判断部分と文章の論の展開から書き
手の意図に着目する、A書き手の伝えようとす
る話題や判断を読み手の立場から検討する、B
読み手の立場に立ち、伝えたい事柄を工夫して
文章を記述する活動(以下検討活動と呼ぶ)を
読解学習指導過程において行いました。 達成項目数は、A児ついては事前は4項目で 事後は11項目です。B児は事前は5項目で事 後は7項目です。E児は事前は4項目で事後は 10項目です。F児は事前は3項目事後は6項 目です。 二人の児童(C児、D児)が事前・事後とも に無記述でした。これは、主題テストの意図を 理解するまでに時間がかかったことと限られた 時間の中で文章を書くまでには、指導が十分に 至らなかったためと考えます。 「意図の明確さ」の育成状況については、 事前の達成項目数は全体で10項目(相手的 意識の明確さが6項目、説明の根拠の明確さが 4項目)でしたが、事後は22項目(相手目的 意識の明確さが11項目、説明の根拠の明確さ が11項目)になりました。 「伝達の確実さ」の育成状況については、事 前の達成項目数は全体で8項目でしたが、事後 は12項目になりました。 |
(3) 単元で学習する内容の習得状況
単元テストは、まだ学習したことのない内容について、指導後にどの程度習得したかをみるために行うものです。問題は理解についての基礎的・基本的な問題を中心に作成しました。
単元テストの結果、有効度指数80と高い数値を示しており、検討活動を取り入れた本指導試案は、単元の基礎的・基本的な学習内容を習得させるうえでも特に問題となることはないと考えます。なお、主題テストが事前・事後ともに無記述だったC児、D児ともに単元テストによる理解事項について、事後の方が高くなっています。
(4) 国語科の学習に関する児童の意識の状況
調査項目は、1〜8は説明文の学習の表現と理解に関する調査で、実践の事前・事後についての変容を表しています。9〜12は指導の手だてにかかわる調査です。
表現と理解の関連を図る学習活動の中で、書き手と読み手の両方の立場に立って文章を検討する学習活動をとおして文章表現力を高めることに取り組んできましたが、この意識調査の結果から、児童は検討活動を取り入れた学習活動が自分の文章表現をよりよいものにするために有効な手だてであると感じており、肯定的にとらえていることが分かります。
3 文章表現力の育成を図る国語科の学習指導の在り方についてのまとめ【小学校】
これまで、指導試案に基づいて行った文章表現力の育成を図る国語科の学習指導の在り方について、仮説の有効性の検証を行ってきました。
その結果、文章表現力の育成を図る学習指導試案は、おおむね妥当なものと言えます。更に本指導試案を実践的に有効なものとする観点から、「課題として考えられること」及び「改善点として考えられること」をまとめると次のようになります。
(1) 課題として考えられること
ア | 学習に関する意識状況は、事前から事後にかけて好ましい変容がみられ、表現意識の高まりを示したが、文章表現力と表現意識の関係を十分にとらえること |
イ | 表現と理解の関連を図る学習活動を展開するにあたって、文章記述の基礎的・基本的事項の定着を図ること |
ウ | 個と集団による文章表現の検討活動を児童の意識状況に応じて段階的に行うこと |
(2) 改善点として考えられること
ア | 児童一人一人の意識状況を十分に把握し、一人一人の意識状況に応じた手だてを講じた文章表現力の育成を図る指導過程をさらに検討する必要があること |
イ | 文章記述力に個人差があることから、一人一人の表現意欲を高めるために互いの文章表現のよさを検討することを基にした相互評価の効果的な方法を更に工夫する必要があること |
ウ | 説明文における筆者の表現意図と表現方法を児童一人一人が検討し、それを基に集団で検討する場面と時間を更に工夫する必要があること |
4 文章表現力の育成を図る国語科の学習指導試案の妥当性の検討【中学校】
(1) 授業実践の概要
ア 授業実践の計画
(ア) | 実践の対象 花巻市立西南中学校 第2学年1学級(男子16名、女子13名、計29名) |
(イ) | 能力群の編成 学級全体の変容以外に特殊グループの変容も詳しくみるために、1学期末テスト(7月実施)及び実力テスト(8月実施)の結果をもとにして、次の【表5】のように能力群を編成しました。 |
(ウ) | 指導期間及び指導時数 平成12年9月7日〜9月22日 11日間(12時間) 事前・事後調査各 2時間 |
(エ) | 指導教材名 「縄文土器に学ぶ」(後藤和民・光村図書2年) |
(オ) | 指導計画(8時間配当) |
イ 授業実践の内容
授業実践にあたって具体的には、説明文の読解学習指導過程に@説明文の判断部分と文章の論の展開から書き手の意図に着目する、A書き手の伝えようとする話題や判断を読み手の立場から検討する、B読み手の立場に立ち、伝えたい事柄を工夫して文章を記述するといった一連の学習活動を行うこととします。これらの学習活動を以下、検討活動と呼ぶこととします。
@「 書き手の意図に着目する」とは、筆者がどのような思いや願いをもってその文章を書いたかということに気づくようにすることです。そのためには、文章の冒頭部分の書き出しや重要な語句に
注意をして読みとらせる学習が必要です。A「読み手の立場から検討する」とは、筆者の表現方法などについて、他の表現と比較しながら
よりよい表現はどちらかといった観点 からグループ学習などを取り入れて、
検討しようとすることです。B「工夫 して文章を記述する学習」とは、先の
@Aの学習によって学んだことを自分 の文章に取り入れてよりよい表現にす
るにはどうすれば良いかを工夫するこ とですこのようにして、文章を読み手
の立場に立ったり、書き手の立場に立 ったりして@ABの一連の学習をとお
して文章表現力の育成を図ろうとする ものです。
検討活動を行うにあたって、右に示 した「学習プリント」を使用しました。また以下に、指導の手だてにかかわる
授業記録の一部と使用した学習プリン トの一部を示すこととします。
学習プリント@は、筆者の表現意図 に着目させるためのものです。生徒は、
自分で表現意図に着目できることが望 ましいが、初めのうちは指導者が用意
したプリント学習に従って設問に答え る形で学習することとします。やがて、自ら着目できるようになることをねらいとしています。学習プリントAは、学習内容を整理するとともに、筆者が研究者として物事をどのような仮説や手順を踏んで問題の解明に取り組んでいるのかといったことを考えさせることをねらいとして使用したものです。学習に取り組む過程で、自分で分からないところについては、随時、グループ学習を取り入れて検討させました。
学習プリントB(ここでは省略)は、これまで学習して学んだことを自分の表現に生かすねらいで、実際に文章を書かせるために用いたものです。記述にあたって、生徒が関心をもつと思われる「流行語」を題材としました。記述する前に、流行語について自由に話し合わせ、その特徴や使用上の問題点などを整理させました。
本時は、単元の導入にあたるとともに、筆者がこの文章を書くうえで、縄文土器を取り上げようとしたことに着目させることをねらいとしました。題名に「縄文土器に学ぶ」とあることや、文章の冒頭に縄文土器という言葉が頻繁に使われていることなどからも、生徒は縄文土器について筆者が述べようとしていると受け止めています。
ここでの学習のねらいは、書き手の立場に立って文章を検討するとともに、読み手を意識して文章が書かれていることに気づかせることにあります。このような検討活動を通じて学んだことが、自分で文章を書くときに生かされるものと思われます。生徒は、発問されて自分で答えられない場合があっても、グループで検討する場を設けると比較的答えやすくなるようです。したがって、授業では随時、検討活動を取り入れることとしました。
(2) 文章表現力の育成状況
本研究で、生徒に育成する文章表現力は、大きく「意図の明確さ」と「伝達の確実さ」の二つの構成要素からなるものと考えます。文章表現力全体の育成状況を、t検定(平均の差の検定)を用いて事前と事後の比較で示したものが、次の【表6】です。
t検定(変化の差の検定)の結果、学級及び各能力群において有意差が認められました。
これは、文章表現の育成をねらいとした手だてにかかわる学習が有効に働いたことによるものと思われます。
(3) 単元で学習する内容の習得状況
問題の作成にあたっては、基礎的・基本的な問題を中心とし、それに発展・応用的なものを含んだ問題とし、想定する正答率を65%から70%としました。正答率の処理は、有効度指数を用いることとしました。単元テストの習得状況を、事前と事後の正答率を有効度指数で示し、それをまとめたも
のが次の【表7】です。
「総合」では、有効度指数は学級が46、上位 群が58、下位群が42です。「言語事項」は、「理解」に比べると学級及び各能力群とも高い数値を
示しています。単元テス トの結果、下位群の「理解」が35と低いものの、基礎的・基本的な問題はほ
とんど解答できていたこ となどからみて、本指導試案は特に問題はないと思われます。
(4) 国語科の学習に関する生徒の意識の状況
この調査は、国語科の学習に関する生徒の意識が、本指導試案に基づく授業によって、事前から事後にどのように変容したかをみるために行うものです。、「興味・関心」「意欲・態度」「方略・理解」「有用感」についての結果をχ2検定(変化の検定)を用いて表したのが【表8】です。
【表8 】から、χ2 検定(変化の検定)の結果、Fの「説明文を書く学習のしかたが分かる」(方略・理解)のみ有意差が認められました。これは、単元の学習において説明文についてプリントを用いて学習方法を示したことや、筆者の表現意図に着目させる指導を取り入れたことによるものと考えます。学習のしかたが分かることが今後の学習に対して前向きに取り組むうえで欠かせない要件であることから、学習の方略を身に付けていることは望ましいと考えます。全体的には、意識を高めることはできなかったが、事前に比べ事後では、マイナスからプラスに変化したものがわずかながら増えており、ある程度望ましい傾向を示しています。
5 文章表現力の育成を図る国語科の学習指導の在り方についてのまとめ【中学校】
これまで、指導試案に基づいて行った文章表現力の育成を図る国語科の学習指導の在り方について、仮説の有効性の検証を行ってきました。その結果、文章表現力を図る指導試案は、おおむね妥当なものと言えます。これまで述べてきたことを基にして、本指導試案が更に実践的に有効なものとする観点から、「課題として考えられること」及び「改善点として考えられること」は次のとおりです。
(1) 課題として考えられること
ア | 表現力全体の育成状況は、t検定により学級及び能力群とも有意差が認められたが、構成要素の「相手・目的意識の明確さ」については、下位群には有意差が認められないこと |
イ | 表現力全体の育成状況は、t検定により学級及び能力群とも有意差が認められたが、構成要素の「説明の根拠の明確さ」については、上位群及び下位群には有意差が認められないこと |
ウ | 学習に関する意識調査の結果から、事前から事後にかけてわずかながら好ましい変容がみられたが、生徒の意識を大きく変容させるができなかったこと |
(2) 改善点として考えられること
ア | 文章表現力の構成要素の一つである「相手・目的意識の明確さ」の指導に際しては、特に下位群の生徒には読み手の立場からの視点を更に強くもたせるような学習を位置付ける必要があること |
イ | 文章表現力の構成要素の一つである「説明の根拠の明確さ」の指導に際しては、読み手を説得したり納得させたりする視点から文章表現や構成を更に工夫する学習を位置付ける必要があること |
ウ | 文章を書くことに対して苦手意識をもっていることから、ふだんから文章を書いたり、友だちの文章を批正するなど苦手意識を解消するような学習を工夫する必要があること |
6 研究のまとめと今後の課題
(1) 研究のまとめ
この研究は、文章表現力の育成を図る国語科の学習指導の在り方を、授業実践をとおして明らかにしようとするものです。
そのために、研究仮説を具体化した指導の手だてを盛り込んだ指導試案に基づいて授業実践を行い、学んだことを自分の文章に生かそうとする表現意識が高まるとともに、相手や場に応じて適切かつ分かりやすく伝えるための文章表現力が育ったかという点から検証を行ってきました。
これまでの検証をもとに、文章表現力の育成を図る学習指導試案に基づく授業実践の結果から、次のことが明らかになりました。
ア 文章表現力の育成を図る指導試案に基づく指導の有効性は次のとおりである。
(ア) | 授業実践の事前及び事後の調査結果から、本指導試案は文章表現力を育成するうえで妥当ものであり、指導の有効性が認められた。 |
(イ) | 文章表現力の構成要素別に、設定した12の観点別の達成状況は「表記・表現の確実さ」、次いで「相手・目的意識の明確さ」及び「説明の根拠の明確さ」の順である。 |
(ウ) | 授業実践の事前及び事後の調査結果から、単元の学習内容を習得するうえでも特に問題となることは認められなかった。 |
(エ) | 学習に関する意識調査結果から、本指導試案による指導は特に、小学校においては好ましい意識の変容が認められたが、中学校においては大きく変容するまでには至らなかった。 |
なお、本研究で目指す文章表現力の育成を図るための指導試案に基づく指導は、高等学校の研究協力員の協力により高等学校においても有効に働くという見通しを得ることができました。
イ 本指導試案に基づく指導を、さらに効果的なものとするためには、次のような点に留意する必要があると考えます。
(ア) | 児童生徒が文章を記述するうえで、さらに観点を明確に示していく必要がある。 |
(イ) | 理解領域に比べて特にも表現領域の学習は児童生徒の個人差が大きいため、一人一人の学習に向かう意識面を把握しながら支援していく必要がある。 |
(ウ) | 児童生徒がよりよい文章表現をめざすといった観点から、さらに相互評価を行う学習活動を設定する工夫が必要である。 |
(エ) | 児童生徒が日常生活において題材や話材等について、問題意識をもつ学習の工夫が必要である。 |
(2) 今後の課題
本研究では、文章表現力の育成を図る国語科の学習指導の在り方について、授業実践をとおして明らかにしてきました。
今後さらに解明すべき課題は、次に示すとおりである。
ア 文章を記述するにあたって、児童生徒の意識と技能(情意面と認知面)とのかかわりをいっ
そう明らかにする。
イ 表現と理解の関連を図るとともに、小学校と中学校といった発達段階に応じた表現技能とそれに伴う年間指導計画をさらに詳しく設定し作成する。
おわりに
この研究を進めるにあたり、いろいろとお世話をいただいた研究協力校の校長先生をはじめとする諸先生方、児童生徒の皆さんに心からお礼申し上げます。
また、研究の推進にかかわって、関係資料を提供してくださったり的確なご助言等をくださったりするなどのご協力をいただいた研究協力員の先生方に対し、心から感謝申し上げます。
【主な参考文献】
市毛 勝雄 著 「作文の授業改革論」 明治図書 1997年
大西 道雄 著 「短作文の授業」 国土社 1991年
渋谷 孝 著 「説明文教材の新しい考え方」 明治図書 1999年
渋谷 孝 著 「説明的文章の教材研究論」 明治図書 1980年
森田 信義 著 「筆者の工夫を評価する説明的文章の指導」 明治図書 1989年
山本 稔 著 「文章表現に生きる文法指導」 明治図書 1981年