岩手県立総合教育センター教育研究(2000)


考える力を育てる社会科の学習指導に関する研究

− 社会的事象の多面的・多角的な追究をとおして −(第2報)


《  目  次  》

はじめに
1 考える力を育てる社会科の学習指導試案に基づく授業計画の立案と授業実践
 (1) 社会科における考える力の意味
 (2) 社会科の学習において考える力を育てることの意義
2 考える力を育てる社会科の学習指導についての基本構想
 (1) 社会的事象を多面的・多角的に追究することの意義
 (2) 社会的事象を多面的・多角的に追究する学習の進め方
 (3) 考える力を育てる社会科の学習指導についての基本構想図
 (4) 考える力を育てる社会科の学習指導試案
3 授業実践と学習指導試案の妥当性の検討
 (1) 授業実践の概要(小学校)
  ア 授業実践の概要
  イ 授業の考察
 (2) 考える力を育てる社会科の学習指導試案の妥当性についての検討(小学校)
  ア 社会科の学習における考える力の育成状況
  イ 学習単元の習得状況
  ウ 学習に対する意識の変容状況
 (3) 授業実践の概要(中学校)
  ア 授業実践計画
  イ 授業の概要
 (4) 考える力を育てる社会科の学習指導試案の妥当性についての検討(中学校)
  ア 社会科の学習における考える力の育成状況
  イ 学習単元の習得状況
  ウ 学習に対する意識の変容状況
4 考える力を育てる社会科の学習指導の在り方についてのまとめ
 (1) 成果として考えられること
 (2) 課題として考えられること
おわりに

【主な参考・引用文献】

はじめに

 社会科の学習指導においては、児童生徒が問題場面に出会ったとき、自ら必要な見方や考え方を引き出し、その状況を正しく判断して、問題をより客観的、総合的にとらえたり、問題に対する解決方法を工夫したりして、より適切な対応を考えることができるようにすることが求められています。このように、児童生徒が問題を主体的に解決しようとするときに働く力が考える力であり、考える力を育てることは、これからの社会生活を営む力を獲得するうえで大切なことです。
 もちろん、これまでの社会科においても、児童生徒に調査活動や体験的な活動をとおして問題を解決させる指導は行われてきましたが、問題意識が曖昧であったり、調べたことが一面的な事実のとらえにとどまったりし、自分なりに考え判断して問題を解決しているとはいえない状況がみられました。これは、これまでの指導が事実認識に重点が置かれ、社会的事象のもつ多面性を認識することやそれを様々な角度から検討するような活動が十分に行われていなかったことによると考えられます。
 このような状況を改善するためには、問題解決の過程で社会的事象を様々な側面や異なった立場から見たり、多様な情報から様々な解釈を得たりするなど、児童生徒が社会的事象を多面的・多角的に追究できるようにする必要があります。
 そこで、この研究では、次のような仮説を設定し、考える力を育てる学習指導の在り方を明らかにし、社会科の学習指導の改善に役立てようと考えました。

研究仮説
 社会科の問題解決的な学習過程において、児童生徒が社会的事象を多面的・多角的に追究する 次のような活動を行えば、問題を主体的に解決することができ、考える力が育つであろう。
(1)  社会的事象を様々な視点から検討し、学習課題をとらえる
(2)  学習課題に対する追究の方法や結果を相互に交流する

 なお、本年度は2年次研究の第2年次として、考える力を育てる社会科の学習指導試案に基づく授業計画を立案し、授業実践を行い、その結果の分析と考察をとおして、学習指導試案の妥当性を検討し、考える力を育てる社会科の学習指導の在り方を明らかにします。

1 考える力を育てる社会科の学習指導試案に基づく授業計画の立案と授業実践

(1) 社会科における考える力の意味
 「考える」とは、わたしたちが、何らかの形で問題をもったとき、過去の経験によって取得している解決手段を用いたり、今までの解決手段を修正したり、あるいは新しい解決手段を模索したりしようとして頭を働かせることであるということができます。
 社会科における「考える力」は、社会的事象の意味を考え、判断する能力としての社会的思考力・判断力を指します。この力は、社会的事象のなかで「なぜ、どうして」といった知的な問題を見つけ、見通しをもち、解決に向けて追究していく過程で培われるものです。
 一方、「考える力」を広義にとらえた場合、学習や生活の場において、様々な問題場面に出会ったとき、その問題を自分なりに解決しながら、主体的に生きていこうとするときに働く思考力や判断力であるということができます。この力は、学習から発展した「どうしたらよいだろう」といった実践的な問題を、自らの生活とのかかわりのなかで解決しようとする過程で培われるものです。
 これからの社会科の学習で「考える力」を育てるというとき、単に授業レベルの学習能力としてだけではなく、自らの生き方とのかかわりのなかで児童生徒一人一人が獲得していくものとしてとらえることが重要であると考えます。
 そこで、本研究では、具体的な活動や体験、資料などから問題を見つけ、それを解決するための「論理的に考える力」と、そこから発展した問題を見つけ、それを解決するために自分なりに判断する「意思を決定する力」とを「考える力」を構成する要素とします。また、「論理的に考える力」と「意思を決定する力」を次のようにとらえることとします。

論理的に考える力・・・
 社会的事象を分析したり、比較したり、関連づけたり、総合したりして、追究した問題に対する自分なりの結論を生み出すことができる力
意思を決定する力・・・
 社会的事象を自分自身の立場や自分の生活とのかかわりで考え、問題に対する解決策を適切に選択・決定・実行する力

(2) 社会科の学習において考える力を育てることの意義
 社会科の学習指導では、最近、児童生徒による調べ活動や体験的な活動を取り入れた学習が多く行われるようになってきました。これは、これまでの知識を教え込むことが中心であった学習を改め、児童生徒主体の学習への転換がなされてきたことを意味します。
 しかし、このような学習をとおして、児童生徒は調べ方を身につけたり、楽しく学習したりすることはできるようになってきましたが、学習が調べることや体験することにとどまり、単に事実をとらえることで終わっていることが少なくありませんでした。
 現代のような急速に変化する社会のなかでは、児童生徒が、自ら学ぶことによって知識を獲得しても、ただそれを記憶するだけでは意味がありません。なぜなら、児童生徒が学ぶ知識は常に更新されるからです。重要なことは、獲得した知識を基礎にして、筋道を立てて物事を考えたり、新しい問題を解決したりする力が身についているかどうかなのです。
 つまり、社会科の学習で獲得した経験や知識を社会生活を営むうえでの生きて働く力として活用するために「考える力」を育てる必要があるのです。

2 考える力を育てる社会科の学習指導についての基本構想

(1) 社会的事象を多面的・多角的に追究することの意義
 考える力の育成は、物事を公正に判断する能力や態度を育てる土台となるものです。したがって、その育成のためには、多面的・多角的に追究することが不可欠であると考えます。
 多面的に追究するとは、社会的事象がもつ様々な側面を調べ、相互に比較したり、関連づけたりすることです。例えば、歴史的事象を政治や経済、文化の側面から見たり、当時の世界的な視野から見たりすることにより、その時代の社会のとらえがより正しくなっていくのです。つまり、この追究によって、児童生徒一人一人のなかに自分なりのものの見方や考え方の体系が確立すると考えることができます。
 また、多角的に追究するとは、多様な側面をもつ社会的事象を様々な角度から考察し理解することです。このとき大切なのは、多種多様な方法で問題を追究するとともに、問題を解決するために児童生徒が既有の知識や経験を出し合ったり、個々の解釈を集団のなかで生かし合ったりすることです。なぜなら、ある事象についての児童生徒の解釈は多様であり、他者との対話をとおして個々の解釈を吟味・検討することによって自分の考えを深めることができるからです。つまり、これによって、独りよがりな思い込みを防ぎ、問題をより客観的、総合的にとらえることにつながり、社会的事象の意味をより正確に理解し、判断することができるのです。
 したがって、社会的事象を多面的・多角的に追究することは、児童生徒が思考の方法を身につけたり、問題に対する解決方法を工夫したりして、より適切な対応を考えるうえで重要であると考えます。

(2) 社会的事象を多面的・多角的に追究する学習の進め方
 本研究では、問題解決的な学習を取り入れ、学習過程を「つかむ」「調べる」「まとめる」「ひろげる」という四段階で指導します。その際、考える力を育成するために、それぞれの段階で次のような学習活動を工夫することが必要であると考えます。

ア つかむ段階
 この段階では、児童生徒が社会的事象について具体的な活動や体験、資料などから事実をとらえ、そこから生じた疑問や課題をもとに学習課題をつかむようにすることが大切です。その際、社会的事象を以下の視点から多面的にとらえることができるようにします。

 (ア) 空間的な視点(身近な地域、市町村、都道府県、国、世界) 
 (イ) 時間的な視点(過去、現在、未来)
 (ウ) 社会的な視点(政治、経済、文化、人物)

 また、とらえた学習課題について予想し、解決の計画を立てます。その際、既有の知識や経験をもとに解決の方法を児童生徒が相互に交流し、追究の幅を広げるようにします。

イ 調べる段階
 この段階では、児童生徒が解決の計画に従って、それぞれの学習課題を解決するための調べ活動を行い、各自が調べた結果を他にわかるように工夫してまとめることが大切です。特に、各自がまとめたものについては、次の段階で発表することになりますが、発表にあたっては、事前に各自の発表内容を項目的に知らせることによって、それぞれの問題追究に対する理解を深めるようにします。

ウ まとめる段階
 この段階では、自分が追究したことや他が追究したことをもとに社会的事象相互の因果関係を明らかにしたり、その意味を自分なりに考えたりすることが大切です。その際、児童生徒が追究した結果を発表し合い、問題の解決について話し合う活動を行うことにより、一人一人の考えをより確かなものにします。

エ ひろげる段階
 この段階では、これまで追究してきた問題を自分たちの問題ととらえ、その解決策を検討したり、提案したりして、よりよい解決策を見いだすようにすることが大切です。その際、児童生徒が自分たちの生活にかかわる問題を見つけ、解決策を相互に交流できるようにします。

(3) 考える力を育てる社会科の学習指導についての基本構想図
 これまで述べてきた基本構想をもとにして、考える力を育てる社会科の学習指導についての基本構想図を次頁の【図1】のように作成しました。

(4) 考える力を育てる社会科の学習指導試案
 多面的・多角的な追究考える力を育てる社会科の学習指導 考える力を育てる社会科の学習指導にあたっては、基本構想で述べたとおり、「つかむ」「調べる」「まとめる」「ひろげる」の四段階の問題解決的な学習指導過程に沿って進めるものとします。また、それぞれの段階で【表1】のような学習指導を行うことによって考える力を育てていくことができるものと考えました。

3 授業実践と学習指導試案の妥当性の検討

(1) 授業実践の概要(小学校)

ア 授業実践の概要
 学習指導試案の妥当性を検証するため、研究協力校において授業実践を行いました。次の【資料1】 は、学習指導試案に基づいて行った単元「新しい時代の幕開け」(第6学年)の授業実践において本研究の手だてを講じた部分の一部を抜粋して示したものです。

イ 授業の考察
 次に6、7頁の実践によって明らかになったことを、仮説に掲げた二つの手だてを中心に示します。

(ア)社会的事象を様々な視点から検討し、学習課題をとらえる
 つかむ段階において設定した学習課題が「明治になって、人々の暮らしは江戸時代よりもよくなったのだろうか」と追究の視点がやや曖昧ですが、これは追究の視点を児童に考えさせることにより課題を多面的にとらえさせようとしたためです。これにより、児童は、これまでの学習経験から江戸時代から存在する農民、町人、武士や大名といった身分の人々の立場や、課題把握の際に提示した資料から文化や交通の側面を追究する視点としてとらえることができました。
 さらに、これらの視点に基づいてどんなことを調べればよいかを【資料1-1】のように、児童が「課題リンクカード」に書くことによって、それぞれの側面での追究の方向性を見通すことができました。
 このように、事象を様々な視点から検討し、学習課題をとらえるようにしたことは、児童に事象がもつ多様な側面を意識させながら追究を進めさせるうえで効果があったと考えます。

(イ) 学習課題に対する追究の方法や結果を相互に交流する

@ 追究の方法の交流
 グループごとに調べる課題が決まった後は、それぞれで課題について予想し、調べる内容や方法について検討させました。このとき、グループごとに【資料1-2】のように学習計画を立てさせ、学級全体で交流する場を設けたことは、児童に自分とは違った見方や考え方があることに気付かせたり、個人やグループの考えだけでは及ばない考えに気付かせたりするうえで有効であったと考えます。しかし、学習計画表の記述内容を詳しくみると、解決の見通しに対する具体性に欠けており、今後は、課題リンクカードに書かれたことをもとに話し合わせたり、内容をさらに具体的に考えさせるなど、教師からの助言を行う必要があると考えます。

A 追究の結果の交流
 学習課題について調べたことをグループごとにまとめるために、まず、【資料1-3】のようにグループのなかで交流させました。例えば、「農村の生活の様子」について調べても、調べた内容によってその結論が違ってきます。そこで、各自が調べたことを述べ合って、総合的に判断して結論をまとめることが必要になります。次に、全体に発表するための資料としてまとめるほか、【資料1-4】のように予告編カードに、調べた結果の要点や伝えたいことを書かせ、掲示するとともに、それぞれの発表に対して事前に質問事項を考えさせました。これは、互いの発表に対する視点を明確にするとと もに、発表会への興味を喚起しようとするねらいをもつものです。
 この後、グループごとの発表をもとにして話し合いを行い、学習課題についてのまとめを行いました。【資料1-5】をみると、児童のまとめは一概によくなったとか、悪くなったとかを結論づけるのではなく、当時の人々の立場や政治の側面、文化の側面など様々な事象の分析に基づいてまとめています。また、どちらか一方を結論づけたまとめをみても、同様のことがいえます。つまり、発表が調べた者のみが理解しただけという一方的なものにならず、また、課題追究の結果が事実のみのまとめに終わることなく、複数の情報を比べたり、関連づけたりして学習課題に対する結論を導き出していることがわかります。
 このことから、追究した結果を相互に交流し、様々な解釈を得たことは、事象相互の因果関係を明らかにしたり、その意味を自分なりに考えたりすることに役に立ったと考えます。

(2) 考える力を育てる社会科の学習指導試案の妥当性についての検討(小学校)

ア 社会科の学習における考える力の育成状況
 社会的事象を多面的・多角的に追究する活動を取り入れた社会科の学習において、考える力が育成されたかどうかを調べるために、「論理的に考える力」と「意思を決定する力」の二つの観点からテスト問題を作成し、授業実践の事前と事後に調査を実施しました。 次の【表2】は「論理的に考える力」について、【表3】は「意思を決定する力」について、それぞれ事前・事後テスト結果を学級全体と上位群・下位群ごとにまとめたものです。

 【表2】と【表3】によると、t検定の結果、学級全体と上位群及び下位群に有意差が認められました。このことから、授業実践で講じた手だてが次のような効果を及ぼし、「論理的に考える力」と 「意思を決定する力」の育成につながったことが考えられます。

児童が歴史的事象を当時の政治や文化の側面からみたり、様々な身分の立場からみたりすることにより、問題を解決するためには、複数の資料を比較したり、関連づけたりするなどして事象の相互の関係を明らかにし、その意味を考えることが必要であることを理解したこと
学習課題を解決するために児童が既有の知識や経験を述べ合ったり、個々の解釈を集団のなかで検討したりすることにより、問題をより客観的、総合的にとらえることができるようになったこと
社会的事象を一面的にとらえず、様々な側面や角度からとらえることの大切さを理解したことにより、問題場面でも多様な情報を取り入れながら自分なりに考え、判断するようになったこと
様々な側面や角度から追究したことにより、問題の解釈のなかに、自分の学習経験や生活経験も取り入れて考えることができるようになったこと
これまでどちらかというと一面的な解釈の傾向が強かった下位群の児童が、授業のなかで学習課題について様々な解釈があることを知り、多様な情報をもとに考え、判断するようになったこと

 しかし、児童の解答を詳しく分析すると次のような問題点もみられました。

問題を深く読み取らず、事実を直感的にとらえたり、一つの資料のみから判断しようとする児童がまだみられること
上位群のなかには、事後において自分の学習経験をもとに抽象的に考えるにとどまり、多様な情報を取り入れて解釈したり考えたりしない児童がみられたため、下位群ほどの伸びが認められなかったこと

 これらのことから、今後の指導にあたっては、社会的事象がもつ様々な側面に気付くことができるようにするための話し合いを十分に深めるとともに、課題リンクカードを追究の過程の随所で振り返りに活用できるように指示し、追究する視点を明確にする必要があります。また、上位群については、自分の経験や既有の知識をもとに考えられることについても、他に多様な情報がある場合には、それらも踏まえて総合的に判断することが大切であることを助言し理解させる必要があります。

イ 学習単元の習得状況
 学習指導試案に基づく授業実践によって、学習した内容が習得されたかどうかを検証するために、「社会的な思考・判断」「観察・資料活用の技能・表現」「社会的事象についての知識・理解」の三観点でテスト問題を作成し、授業実践の事前と事後に調査を実施しました。
 その結果、単元で必要とされる基礎的な事柄は概ね習得することができたことが認められました。
 これは、授業において、学習課題を解決するために個々に資料を集めて解釈したり、個々の解釈をグループや学級全体で交流したりする活動を取り入れたことが、基礎的な事柄を理解するうえでも役立ったためと考えられます。

ウ 学習に対する意識の変容状況
 学習指導試案に基づいた授業実践によって、児童の学習に対する意識がどのように変わったかを調べるためにアンケートを作成し、授業実践の事前と事後に調査を実施しました。
 その結果、「授業についての意識」や「考えることについての意識」では、事前と事後で児童の意識に大きな変容はみられませんでした。これは、手だてが必ずしも児童の興味や関心を駆り立てるものではなく、児童の意識を変容させるまでには至らなかったためと考えられます。しかし、「社会的事象を多面的・多角的に追究すること」については、【図2】のように、児童に概ね有用感をもって受けとめられたと考えられます。
 このことから、社会的事 象を多面的・多角的に追究する活動を取り入れた指導を今後も継続して行うこと により、社会科の授業についての意識や考えることについての意識を高めていく必要があると考えます。

(3) 授業実践の概要(中学校)

ア 授業実践計画
 地理の単元「世界の結びつき」(第2学年)の指導計画を学習指導試案に基づいて、次の【表4】のように作成しました。

イ 授業の概要

(ア) つかむ段階
 この段階では、世界と日本の結びつきの多面性を理解させるために、外国人の入国者数、日本人出国者数の推移や情報通信網の発達の推移のグラフ、正距方位図法の航空図による日本と世界各国との時間距離などの統計や図版を提示しました。特に、物資の交流の面について、生徒の身の回りにある外国製品を調べさせ、貿易を生活のなかからとらえさせようとしました。さらに、我が国の貿易総額の推移や貿易相手国を統計地図で示し世界貿易における日本の地位の高さを確認しました。そして、意識の掘り起こしのため意外な事実や心情に訴える事実として日本製品打ちこわしの写真を示し、学習課題に結びつけました。
 学習課題を設定した後、学習課題を解決するためにはどのようなことを調べればよいかを考えるために、【資料2】のように「課題発見シート」にウェビング形式で記入させました。
 生徒が個々に記入した「課題発見シート」をもとにグループごとに課題を解決するための調べ方やまとめ方を話し合い、学習計画を立てさせました。なお、調べる視点を世界の地域ごとの貿易とし、課題を決めました。そして、グループごとの学習計画を発表し合い、予想や調べることについて、他からの意見も参考にしようとしました。
 「貿易摩擦は解決できるだろうか」という学習課題は、生徒にとって決して身近なテーマとはいえませんでしたが、どのようなことを調べればよいかを【資料2】に示した課題発見シートのように、生徒各自の発想を自由に広げ記入したことで、興味・関心が喚起され、意欲的な取り組みがみられました。これをもとに、グループごとに話し合い、学習計画が立てられました。他のグループの計画を参考に取り入れる交流の機会を設けたことは、多面的・多角的な追究に効果があったと考えます。

(イ) 調べる段階
 この段階では、生徒はグループごとに役割を分担して、資料集、図書館の本、貿易統計を活用したり既習事項を整理したりしながら調査活動を行いました。課題発見シートを生かし検討した学習計画に沿って、各グループで役割を分担し協力的に調べ活動を進めました。学習課題についての多面性について調べようとしましたが、一部のグループは、調べ活動が計画のとおり進まず戸惑う場面もみられました。さらに、インターネットの活用など生徒の発想を生かすことも必要と考えます。
 「調査カード」を取捨選択、整理し、調べたことを各グループの工夫やアイディアを生かして、発表資料にまとめました。そして、 発表資料の作成と並行して、自分たちのグループの発表の要点を「発表予告編」としてまとめ掲示しました。発表前に掲示したことは、発表するグループにとって 内容をわかりやすく組み立てることに効果的であり、他のグループにとっては、事前に要点が知らされることにより概略を予想または把握でき、発表が一方的なものにならず有効であったと考えます。

(ウ) まとめる段階
 この段階では、生徒はグループでまとめたことを発表し、それをもとに学習課題について理解したことをまとめました。その際、【資料4】の「学習シート@」に複数の結果を総合して、自分の考えを整理できるように発表の要点を記入させ、それをもとにして質問や意見の交流ができるようにしました。そして、発表内容を整理し、学習課題に対する自分の考えについて根拠を示しながら【資料5】の「学習シートA」にまとめさせました。

 【資料4】のように、学習シート@にまとめさせたことは、学習課題について各グループの発表を比較したり関連づけたりすることに有効であり、特に、グループ内での意見交流や【資料5】の学習シートAのように学習課題に対する自分の考えについて根拠を示しながらまとめることに効果があったと考えます。

(4) 考える力を育てる社会科の学習指導試案の妥当性についての検討(中学校)

ア 社会科の学習における考える力の育成状況
 本研究において育成しようとする考える力は、「論理的に考える力」「意思を決定する力」の二つの構成要素からなるものと考え、その変容状況をみるため授業実践の事前と事後にテストを実施しました。 次の【表5】は、「論理的に考える力」について、【表6】は、「意思を決定する力」について学級全体と上位群・下位群ごとにまとめたものです。

 【表5】によると、「論理的に考える力」の育成状況について、t検定の結果、学級全体及び上・下位群に有意差が認められました。これは、つかむ段階で、学習課題を設定するために、社会的事象を空間、時間、社会などの視点で検討できるように課題発見シートを活用したこと。さらに、学習計画を発表し合い、予想や調べることについて、全体で交流する場を設け、他からの意見も参考にし、追究の幅を広げるようにしたことにより、社会的事象を分析したり、比較したり、関連づけたり、総合したりして、追究した課題に対する自分なりの結論を生み出そうとしたためと考えます。
 しかし、学習計画についての意見交流は、計画の立案途中であったためグループでは比較的活発に意見が交わされたものの、全体の交流においては各グループからの提示のみで意見の交流はあまりみられませんでした。このことから計画をわかりやすく伝えるための個別の指導や内容を検討する時間の確保が必要であると考えます。
 【表6】によると、「意思を決定する力」の育成状況について、t検定の結果、学級全体及び上位群に有意差が認められました。これは、調べる段階で、調べた結果の交流を行う前に、結果の要点を箇条書きにした発表予告編を事前に配布し、それぞれのまとめについての自分の質問事項や意見を整理しておくようにしたこと。まとめる段階で、調べた結果を発表し合い、質問や意見などの交流を行うために発表内容を確認することができるように学習シートを用いたことにより、社会的事象を自分自身の立場や自分の生活とのかかわりで考え、問題に対する解決策を適切に選択・決定し、実行しようとしたためと考えます。
 しかし、下位群に有意差が認められませんでした。これは、発表予告から発表までのそれぞれの内容を学習シートにまとめる過程で、発表された内容を構成し全体像をつかむまでに至らなかったと考えます。そのため、疑問点を質問に整理したり、自分の意見をまとめたりすることができず、全体的に十分な意見交流がみられませんでした。このことから、まとめやすくわかりやすい学習シートを工夫することや各グループの発表内容を検討する時間の十分な確保が必要であると考えます。

イ 学習単元の習得状況
 学習指導試案に基づく授業実践によって、単元「世界の結びつき」で学習した内容が習得されたかどうかを検証するために、「社会的な思考・判断」「資料活用の技能・表現」「社会的事象についての知識・理解」について、テスト問題を作成し、事前と事後に実施しました。
 その結果、単元で必要とされる基礎的・基本的な学習事項は概ね習得できたと思われます。これは、社会的事象を多面的・多角的に追究する活動をとおした学習が、生徒の具体的な理解を助け、学習内容の習得にも役立ったものと考えます。

ウ 学習に対する意識の変容状況
 指導試案に基づく授業実践によって生徒の学習に対する意識がどのように変わったかを調べるために、「社会科の授業に対する意識」、「社会科の学習における考えることについての意識」、「多面的・多角的に追究する活動についての意識」の三点について、事前と事後に調査を実施しました。
 その結果、「社会科の授業に対する意識」について、「疑問に思ったことを進んで調べようと思う」、「疑問に思ったことを調べるとき、様々な方法で調べようと思う」、「友達が調べたことの発表を聞いて、質問や意見を言おうと思う」の項目に有意差が認められました。これは、学習過程のつかむ段階で、「課題発見シート」により、生徒が自分の興味や関心、発想を生かし、社会的事象を様々な側面からとらえ、学習課題を設定し、学習課題を解決するためにはどのようなことを調べればよいかを考えていったためと考えます。
 しかし、事前・事後ともにマイナス反応が多く、課題解決の計画を立て追究する活動が教室での図書資料による調べ活動や既習事項の整理に限られ、各自の発想が十分に生かし切れなかったためと考えます。このことから、さらに、図書館や情報機器の活用を図るなど生徒の発想を生かした調べ活動ができるようにすることが必要です。また、指導過程の各段階における交流場面では、全体での質問や意見の交流は十分とはいえませんでした。これは、課題追究にあたって疑問を解決するための意見交流の必要性を意識しつつも、意見や質問することへの抵抗がまだあることによると考えます。
 「社会科の学習において考えることについての意識」については有意差が認められませんでした。問題解決的な学習過程のなかで考える力を育成しようとしたものですが、授業において、生徒が学習の進め方について戸惑いをみせる場面もありました。その一方で、興味をもって取り組む生徒も多く、この学習を継続的に積み重ねていくことにより、考えることについての意識が醸成されるものと考えます。そのためには、問題解決的な学習の進め方についてのガイダンスはもとより、学習過程において適宜指導していくことが必要です。
 「多面的・多角的に追究することについての意識」について、肯定的な反応が多いことがわかりました。社会的事象を多面的・多角的に追究する活動を取り入れた指導試案に基づく授業実践は、全体的に生徒に有用感をもって受けとめられたものと考えます。
 しかし、否定的な反応を示している生徒もあることから、さらに、生徒の思いを生かした調べ活動の工夫や交流のための検討の時間を十分に確保する必要があると考えます。

4 考える力を育てる社会科の学習指導の在り方についてのまとめ
 これまで、授業実践の結果の分析をとおして、考える力を育てる社会科の学習指導試案の妥当性を検証してきました。その結果、以下のことが明らかになりました。

(1) 成果として考えられること

 社会的事象を様々な側面からみたり、個々の解釈を集団の中で吟味・検討したことにより、児童生徒は複数の資料を比較したり、関連づけたりするなどして、問題をより客観的、総合的にとらえることができるようになったこと
 社会的事象を多面的・多角的に追究したことにより、児童生徒は多様な情報を取り入れながら自分なりに考え、判断したり、問題の解釈のなかに、自分の学習経験や生活経験も取り入れて考えることができるようになったこと
 社会的事象を多面的・多角的に追究する活動を取り入れた学習は、学習単元で必要とされる基礎的な事柄を習得することに効果があること
 「課題リンクカード」(中学校では「課題発見カード」)を用いたり、予告編で調べた結果を事前に知らせてから発表し交流する活動を取り入れた学習は、学習課題を追究したり、調べたことをまとめたりするうえで役立つという有用感を児童生徒にもたせることができたこと
 これまでどちらかというと一面的な解釈の傾向が強かった小学校の下位群の児童が、多様な情報をもとに問題を考え、判断するようになり、意思を決定する力の伸びが著しく現れたこと
 中学校においては、「課題発見カード」により、課題を様々な視点から検討したり、学習方法を相互に交流したことにより、意欲的に追究しようとする意識を高めることができたこと

(2) 課題として考えられること

 社会的事象がもつ様々な側面に気付くことができるようにするための話し合いを十分に深めるとともに、課題リンクカード(課題発見カード)を追究の過程の随所で振り返りに活用できるように指示する必要があること
 多面的・多角的に追究する活動を継続的に行いながら、児童生徒に社会科の学習における調べ方や考え方を身に付けさせるようにすること
 小学校において、問題の解決にあたっては、自分の経験や既有の知識だけで判断せず、他に多様な情報がある場合には、それらも踏まえて総合的に判断することが大切であることを指導の際に助言し理解させること
 グループごとに調べたことを発表前に教え合う際に、予告編の発表の場を設けるなど、児童が他のグループの発表に対してより興味をもてるようにすること
 中学校においては、学習課題をまとめる際に、まとめやすく分かりやすい学習シートを工夫することや各グループの発表内容を検討する時間を十分に確保すること

おわりに

 わたしたちは、考える力を育てる社会科の学習指導の在り方を明らかにし、これからの社会科の学習指導の改善に役立てようと2年間研究してきました。
 その結果、「社会的事象を様々な視点から検討し、学習課題をとらえる」「学習課題に対する追究の方法や結果を相互に交流する」という社会的事象を多面的・多角的に追究する活動を取り入れた学習は、社会科において考える力を育成するうえで効果があるとともに、問題を解決するうえで役立つという有用感を児童生徒にもたせることや、学習単元の習得にも効果があることがわかりました。
 しかし、改善すべきいくつかの課題も認められました。そこで、今後はこれらについての改善策を講じながら、さらによりよい学習指導の在り方を明らかにしたいと考えます。


【引用文献・主な参考文献】

山口 康助 「社会科における思考の因子とその形成」 明治図書 1967
北尾 倫彦 編 「自ら学び自ら考える力を育てる授業の実際」 図書文化 1999
北 俊夫 「社会科の責任」 東洋館出版社 2000



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