岩手県立総合教育センター教育研究(2000)


理科におけるマルチメディアとネットワークを活用した教材の開発に関する研究(第2報)


《  目  次  》

はじめに
1 教材の開発に関する基本的な考え方
 (1) 物理領域におけるマルチメディアとネットワークを活用した教材の必要性
 (2) 生物領域におけるマルチメディアとネットワークを活用した教材の必要性
 (3) 天文領域におけるマルチメディアとネットワークを活用した教材の必要性
2 物理領域における開発教材
 (1) センサの働きと回路
 (2) データのコンピュータへの取り込み
 (3) シリアルポートを利用した計測
 (4) ネットワーク(インターネット)を利用した計測
3 生物領域における開発教材
 (1) マルチメディア機能を活用した教材(多目的にメダカを活用した教材)
 (2) インターネットを活用した調査(2000年岩手県内の生き物調査)
4 天文領域における開発教材
 (1) 天文領域におけるマルチメディアを活用した教材
 (2) デジタルカメラ等を活用した天体画像撮影の利点
 (3) 天体画像のデジタル処理
 (4) デジタル処理された画像を活用したマルチメディア教材
5 授業実践と実践結果の分析・考察
6 研究のまとめ
 (1) 研究のまとめ
 (2) 今後の課題
おわりに

【参考文献】

はじめに

 新学習指導要領では、「自ら学び、自ら考える力を育成すること」が重視され、理科の学習指導にあたっては、適宜コンピュータや情報通信ネットワーク等の活用を図りながら、体験的な学習や問題解決的な学習の充実が求められています。
 しかし、児童生徒一人一人に事象に対する問題意識をもたせたり、科学的な考え方を高めていくためには、観察、実験を欠くことはできませんが、自然事象の中には、非常にゆっくりと変化し観察に長時間を必要とするもの、空間的に離れた地点からのデータ収集を必要とするものなどがあり、授業では扱いにくい現状にあります。
 このような状況を改善していくためには、ミクロの世界や時間を縮めて撮影したものをコンピュータのマルチメディア機能を活用して教材化したり、遠隔地の測定データをコンピュータ画面上に表示しデータベース化したりすることができるネットワークを活用した教材が必要であると考えます。
 そこで、この研究は、理科において時間的、空間的に従来は観察、実験が困難と思われる事象について、マルチメディアとネットワークを活用した教材を開発、提供することにより、理科の学習指導の改善に役立てようとするものです。

1 教材の開発に関する基本的な考え方

(1) 物理領域におけるマルチメディアとネットワークを活用した教材の必要性
 小・中・高等学校理科(物理)の学習においては、身の回りに起こっている様々な物理現象について観察、実験をした後に、発達段階に応じた分析や一般化を図ることが重要です。また、観察、実験の過程での情報の収集・検索,計測・制御、結果の集計・処理などにおいては、適宜コンピュータや情報通信ネットワーク等を積極的に活用することが求められています。そこで本研究では、遠隔地間でのリアルタイム計測や、情報の収集にコンピュータとネットワーク(インターネット)を活用した教材を開発することにしました。ネットワーク(インターネット)を利用することによって、センサ及びパソコンを用いた計測の適用範囲は大きく広がります。その結果として、時間的、空間的に従来は観察、実験が困難と思われる事象を取り扱うことができるようになり、問題解決的な教材を提供することが可能になります。さらに、ネットワーク(インターネット)を利用することによって、メールの交換以外に測定データ、写真、図などあらゆるデジタルデータの交換、蓄積、公開が可能になり、理科(物理)の学習において、科学的なテーマに基づく探求活動及び課題研究を行う場合や、他校と共同研究を行う際の有力な思考の道具、あるいは情報を再編集するための道具になりうると考えます。
 本研究では、上述した利用法の基礎となる、いろいろなセンサから出力される電流や電圧などの計測と、それらの計測値をネットワークを介して送受信しグラフ化する方法並びにデータベース的取り扱いを、センサ、デジタルマルチメータ、A−Dコンバータ、コンピュータを用いて行いました。

(2) 生物領域におけるマルチメディアとネットワークを活用した教材の必要性
 小・中・高等学校の理科(生物)の学習においては、身の回りに起こっている様々な生命現象を直接観察、実験することが重要であり、その活動の中からより深く自然を追究しようとする意欲や科学的な考え方、並びに、生命を尊重する態度も育つと考えます。
 しかし、生物領域の学習において扱う生命現象は実に多様であり、その中には、観察に長時間を要するものや、学校の設備では実験が不可能に近いものも多くあります。また、様々な地域からより多くのデータを集め比較することが求められる場合もあります。
 そこで、それを実際の学習に位置づけ、児童生徒の直接体験を深化補充することができるマルチメディアとネットワークを活用した教材の開発が望まれます。
 このことによって、従来は、断片的な観察にとどまっていたものが連続的に観察可能になったり、より詳細かつ鮮明な教材を視聴したりすることができるようになり、児童生徒の理解を深めることができると考えます。さらに、ネットワーク(インターネット)を利用した教材を活用することにより、身の回りの生物に対する興味・関心が高まり、より広い目で自然の事象をとらえることができるようになると考えます。

(3) 天文領域におけるマルチメディアとネットワークを活用した教材の必要性
 小・中・高等学校の理科(天文)の学習においては,身の回りに起こっている様々な天文現象を直接観察、観測することが重要であり、その活動から天体の運動や特性についてその規則性を追究しようとする意欲や科学的な考え方などが育つと考えます。
 しかし、天文領域の学習は、観察や観測が夜間の場合が多く学校の授業の中で扱うことが難しく、対象となる天体についても時間的、空間的なスケールが長大なため、断片的な観察や観測だけではその規則性や特性をとらえることが困難です。
 そこで、長時間にわたる天文現象や特殊な装置を用いなければとらえることができないものについて、マルチメディア教材などを活用することによって、時間的、空間的スケールを縮め、継続的により鮮明かつ詳細な疑似観察並びに観測等が可能になり、児童生徒の理解を深め、興味・関心を高めることができると思われます。さらに、ネットワークを活用した教材等を活用することによって、一カ所の観測等では、わからない事象についても、遠く離れた複数の観測点を結ぶことで、より広い目で地球や宇宙などの空間を的確に認識できるようになると考えます。

 上述した、物理、生物、天文領域におけるマルチメディアとネットワークを活用した教材の必要性をもとに、教材開発に関する基本的な考え方をまとめたものが図1です。教材の中には、各学校で実施できるような各種実験方法の紹介及び解説等も入れておき、実体験が希薄にならないような配慮を施していきたいと考えています。

2 物理領域における開発教材

(1) センサの働きと回路
 理科教育だけでなく情報や環境教育での活用も視野に入れたWindows 上での計測という観点から、 温度センサ(LM35DZ)を中心に、湿度センサ(CHS-MSS)、紫外線センサ(G5842)等も対象に入れて研究を進めました。温度センサのLM35DZは、図2に示したように、出力電圧が摂氏[℃]温度にリニアに比例する高精度IC温度センサです。また、湿度センサであるTDKのCHS-MSSも、図3に示したようにリニアリティ特性に優れたセンサで、3つの端子をもち電源を接続すると簡単に出力が得られます。具体的には、電源電圧に1Vを加えると、湿度0〜100%RHの湿度変化が信号出力0〜1Vの電圧変化としてリニアに得られます。すなわち湿度30%RHでは0.3Vの信号出力となります。
 図4は、出力電圧がそのまま温度を表す回路であり、図5は、熱電対用プリアンプ回路です。

(2) データのコンピュータへの取り込み
 物理量をネットワークを介して送受信する前に、センサを用いて図6に示すように、デジタルデータとしてコンピュータに取り込む必要があります。アナログデータをデジタルデータに変換する装置は、自作したA-Dコンバータと、デジタルマルチメータを用いました。後者の特徴としては、RS232C制御用のソフトを作成し、センサが出力するアナログデータを直接コンピュータに送信すれば、画面上でのグラフ化などにより、物理量(実験値)の時間的変化を容易に計測(表示)できることです。

(3) シリアルポートを利用した計測
 Windowsで外部機器を操作したり、データ収集を行うには、シリアルポートの活用が最も簡単で確実な方法です。このシリアルポートにADコンバータ、デジタルマルチメータ、ワンチップマイコンを使用して組み立てた回路を接続すれば、センサからのデータをコンピュータに直接取り込むことができます。ここでは、RS232Cを介してコンピュータと通信できる機能をもつデジタルマルチメータをコンピュータに接続し、VisualBasicとExcel2000を用いたデータの収集、蓄積、表示などが比較的容易にできる例を次に示します。

ア Visual Basicを使用したデータ収集
 
2秒ごとに抵抗に流れる電流値を計測した様子を図7に示します。

イ Excel2000を使用したデータ収集
 図8左は、2秒ごとに抵抗に流れる電流値を表計算ソフトのExcel2000 に取り込んでいる様子です。また図8右は、1秒ごとの湿度センサからの信号出力(0 〜 1V)をExcel2000 に取り込み、ソフト上で相対湿度に変換しリアルタイムにグラフ化している様子です。このソフトの特徴点としては、データを取り込む時間間隔を自由に設定できること、ワークシート上のセル内にデータを取り込めるので、グラフ表示、データ分析、データベースとしての取り扱いが容易にできることなどです。

 なお、デジタルマルチメータはいろいろなセンサからの出力(電圧、電流など)や、抵抗値、周波数、電気容量等を手軽に計測できるので、物理領域での適用範囲は広く、大変便利です。

(4) ネットワーク(インターネット)を利用した計測

ア ネットワークの構築とインターネットへの接続
 ネットワークを利用した気象データ定点観測装置は高価で手軽に購入し利用することはなかなか困難です。しかしネットワークを利用した計測には、気象データ定点観測装置のみならず様々な活用方法が考えられます。そこで本研究は、先生方がセンサと電子回路の基礎並びに基本的なネットワークの仕組みを理解した上で、先生方が自分で装置を製作しそれを授業で活用するという観点から教材を開発しました。研究のために図9のようなネットワーク(イントラネット)を物理実験室に構築しました。サーバー用コンピュータ(OSはLinux)を中心に、クライアントコンピュータ(OSはWindows95、98)が10台稼働しています。さらに、インターネット経由の計測では、図10に示したように携帯電話を利用した計測が可能です。なお、これらのパソコンは平成9年度の理振で導入したものです。

 A-D 変換をしてパソコンに取り込まれたデータをネットワーク上で送受信するため、A-D変換データを送り出したり(サーバー側)、読み込む (クライアント側)プログラムを、VisualBasic で作成し、あわせてA-D 変換した時系列データを表示するプログラムも作成することにしました。
 インターネット上でTCP/IPを使って、あるアプリケーションが他のアプリケーションと通信を行うときには、まず、それぞれのアプリケーションが1個ずつソケットを作成します。そして、この1組のソケットがネットワークを通じて接続された後で、一方のソケットからあるデータを送り込むと、相手のソケットからはそのデータが出てくるという仕組みになっています。逆もまた同様です。
 ソケットの種類には2種類あり、ソケットとソケットを接続して通信を行う方法をストリーム型とよびます。このソケットを作成した場合は、TCP というプロトコルが使用されます。TCP は、信頼性が高く、データが、送った順番に確実に相手に届くことが保証されており、図11のように水道管の中を順序よくデータが流れていくイメージに似ています。特徴としては、ファイルの読み書きと同じ感覚で使用することができることです(図12)。

イ サーバー側プログラムの概要
 インターネットにおけるコンピュータ間のデータ通信では、片方をサーバー、もう一方をクライアントという組み合わせにするのが一般的です。Winsockコントロールを用いたプログラムでもサーバー用プログラムとクライアント用プログラムを作成することになります。サーバー側のプログラムでの動作順序と使用するプロパティ及びメソッドを次に示します。

@ ポート番号の設定
 TCP/IP で通信を行うには、「ポート番号」を設定する必要があります。これはクライアント側からデータが送られてきた時に、ポート番号によって、そのデータがどういう種類のものかを判断するためのものです。プログラミングの際には、ポート番号を「LocalPort」というプロパティで設定します。例えば、Winsockコントロールの名前が「ScienceServer」の場合、「ScienceServer.LocalPort=2001」とすると、ポート番号が2001番になります。ただし、いくつかの番号は既存のインターネット用アプリケーションのために予約されているので、それらと重ならないように指定する必要があります。2000番以降を指定するのが無難だと思います。

A クライアントとの接続
 ポート番号を設定した後、「Listen」というメソッドを実行します。これでクライアントとの接続の準備ができました。この状態でクライアントが接続してくると、Winsockコントロールの「ConnectionRequest」 というイベントが発生し、このイベントプロシージャの中で「Accept」というメソッドを実行すると、接続が確立します。

B データの送受信
 クライアントからデータが送られてくると、「DataArrived」というイベントが発生します。そして、このイベントが発生した時に、「GetData」 メソッドを利用してデータを受信するわけです。
 クライアントからの接続要求待ちのサーバーを図13に示します。ローカルポートを監視中であることが、ステータスバーに表示されます。また、接続を完了して、温度データをクライアントに送信している状態を図14に示します。

ウ クライアント側プログラムの概要
 前頁図13の待機中のサーバーに対して、クライアント側で、サーバーのホスト名または、IPアドレスを図15(ホスト名:Physics40) のように入力し、接続ボタンをクリックすると、サーバーとクライアントが接続されます。図14は、サーバーから送信されてきた温度データをクライアントが受信し、その値を表示しながらリアルタイムにグラフ化している状態です。作成には、VisualBasicを使用しました。また、Excel2000で作成したクライアントの表示画面を図16に示します。なお、温度センサの回路は、前述したように、出力電圧がそのまま温度を表示できるよう工夫しました。

エ SQLで行うデータ処理
 収集したデータにデータベース処理を行うには、データが記録されたファイルに対して、データの抽出や更新など、リレーショナルデータベースを管理する言語であるSQL(Structured Query Language)を用いて、柔軟なデータ処理が行えるようにしました。図17左は、Excelで収集したデータをグラフ表示したものであり、図17右は、抽出するフィールドを指定し、レコード単位で必要なデータを取り出したものです。また、表計算ソフトであるExcel2000を使うと、グラフ表示やオートフィルタ機能を用いたデータの抽出、さらには、データベース的な処理が比較的容易に行えます。図18は、エナメル線を液体窒素に入れたときの抵抗値とその変化を表すグラフです。

オ センサとデータの取り込み
 理科教育のみならず情報や環境教育での活用も考慮に入れながら、本研究では温度センサ(LM35DZ)、湿度センサ(CHS-MSS)、紫外線センサ(G5842)等を用いて空間的に離れた地点からのデータ収集教材を開発しました。また、光センサやコンデンサマイクからのデータをコンピュータ(サーバー)に蓄積しておけば、イントラネットにおける力と運動や、波動(音)分野での活用が可能になります。このように様々なセンサとネットワークを組み合わせることで計測の適用範囲は広がり、授業においてコンピュータを課題解決の道具として十分活用できると考えます。なお、物理量をネットワークを介して送受信する前に、デジタルデータとしてコンピュータに取り込む必要があります。アナログデータをデジタルデータに変換する装置は、自作したA-Dコンバータもしくはデジタルマルチメータを用いました。今後はワンチップマイコン等を用いた実験装置の開発を行う予定です。

3 生物領域における開発教材

(1) マルチメディア機能を活用した教材(多目的にメダカを活用した教材)
 メダカは、小学校から高等学校まで理科や生物の教材としてはば広く教科書に取り上げられています。これは、メダカの飼育や管理が容易であることや条件を制御しやすいこと、世代交代が早いこと、遺伝的系統がいくつかあり遺伝の教材に適していることなどの特性をもっており、実験材料として大変優れていることによります。当センターでも、多目的教材としての活用を図り研究を推進してきました(畑、阿部、1997)。
 しかし、メダカの生命現象を総合的に追究していこうとした場合、次のような困難点があります。

@ 発生現象のように比較的時間のかかる変化を動的な連続的変化としてとらえにくい。
A 学校の設備では実験が不可能に近い生命現象も多くある。

 したがって、このような困難点を克服できれば、総合的に生命現象を追究することが可能となります。そこで、上記@、Aの解決策を以下に示します。

@ 微速度撮影装置を使って時間を縮めて撮影し、連続的映像としてとらえる。
A 生物を遺伝子レベルで認識するDNA分析法や、電子顕微鏡レベルでの観察などセンターの設備を生かしながらマルチメディアを活用した教材として作成する。

 上記のようにして、マルチメディアを活用した教材を開発し、小、中、高等学校で比較的容易に行えるような実験例についても紹介し、すぐ授業で使えるようなかたちとしてまとめました。

 開発した教材の構成は、次の@からBのようになります。

@ 学習単元をメダカの生活環にあわせて図に表しメインページとした(図19)。
A その中で、県内の野生メダカの生息状況や飼育法についてもふれた。
B メインページのそれぞれの単元や生息分布などの項目をボタンとして設定し、そのボタンをクリックするとそれぞれの単元や項目のページを表示されるようにした。さらに、実験書や解説書にリンクさせた。

 開発した教材の一部を次に紹介します。

ア 岩手県内の野生メダカ(生息分布調査結果)
 環境庁が1999年2月に発表した絶滅のおそれのある汽水・淡水魚類のレッドデータブックに、メダカが記載されたことが話題になりました。メダカをはじめとする身近な生物の危機は、私たちのふるさとの自然環境、次世代をはぐくむ場の危機とも考えられます。
 当センター理科教育室では、平成5年(1993)から毎年春と秋に県内のメダカの生息調査を実施してきました。その結果、県内の生息地は急速に減少しており、メダカの生活環境が悪化してきていることがわかりました(次頁図20、21)。

イ 発生(微速度撮影装置を活用した教材)
 発生教材のページは、実験編と解説編からなっています(図22)。解説編では、観察器具の工夫や観察の際の観点についてわかりやすく記述しました(図23)。また、発生は比較的時間がかかる変化なので、微速度撮影装置を活用し、時間を短縮した連続的映像としてとらえました。さらに、発生過程のそれぞれの画面をクリックすることにより動画を呼び出せるよう工夫しました(図24)。なお、実験編については、手順などを具体的に記述し、すぐ授業で使える様式にまとめました。(次頁図25)

ウ 遺伝(系統メダカと野生メダカを活用した教材)
 メダカの体色の遺伝がメンデルの遺伝の法則に従うかどうかを、岩手県の野生メダカと系統ヒメダカ(d-rR)を用いて確かめる実験教材を作成しました。なお、様式については、発生教材と同様に解説編と実験編からできています(図26、図27、図28)。

エ 遺伝と変異(DNA分析装置を活用した教材)
 最近の科学技術の進歩はごく微量の組織でDNAの鑑定ができ、その生物の親子関係などを明らかにすることができるようになりました。そこでこの最新の科学技術についてメダカを例にDNA分析を行い、メダカの個体の由来を探りながら、わかりやすくその原理や方法について理解できるような教材を作成しています(次頁図29)。

オ 本能行動(デジタルビデオを活用した教材)
 メダカの産卵はふつう明け方3時から4時に行われるので、産卵の瞬間を見かけることは極めて稀です。そこで、産卵前に雌雄を分けておいた上で午前中に一緒の水槽に移すと、生殖行動を観察できます。この行動は主に、視覚、嗅覚及び触覚によって誘発されるといわれ、産卵につながる一連の行動を伴う本能行動です。このページでは、ビデオのボタンをクリックすることで動画として見ることができるようにしました(図30)。

カ 体色変化(自作水槽を活用した教材)
 メダカは周囲の明るさに反応して体の色を変化させることができ(背地反応)、それは、鱗上の表皮の色素胞の中に含まれる色素顆粒を凝集・拡散させることによっておこります。実験には黒と白の色調を兼ね備え、中央付近で仕切ができる小型の水槽を作製し、野生メダカをそれぞれ入れ、10分間背地反応させて鱗の黒色素胞を比較しました(図31)。

(2) インターネットを活用した調査(2000年岩手県内の生き物調査)
 インターネットを活用することによって、理科教育室のホームページ(次頁図32)上で、「2000年岩手県内の生き物調査」を実施しました。対象とした生物は、生息状況で自然度をはかることができる指標生物としてのツバメ(イワツバメ、ツバメ)と、学校の校庭で必ず見かけるサクラ(ソメイヨシノ、ヤマザクラ、シダレザクラ)、そしてタンポポとホタルです。環境教育的側面と同時に、観察をとおして身の回りの自然に対する関心を高めて欲しいことがねらいです。次頁図33はツバメについての調査のページです。写真はすべて研究担当者が手分けをして撮影したものです。

 図34はツバメ調査のアンケート画面です。また調査結果を市町村ごとに色分けしたものが図35で(回答数92校)、今後とも継続的にデータを積み重ねていきたいと考えています。

 また、タンポポ調査のページでは、次のような質問に答えていくことによって、タンポポの種類(セイヨウタポポ、ウスギタンポポ、クザカイタンポポ、エゾタンポポ)が分かるよう工夫しました。

 Q1 あなたが観察している総苞片は下にそりかえっていますか?
 Q2 タンポポの花びらの色はどうなっていますか?
 Q3 タンポポの花の中心の色はどうなっていますか?

 図36はタンポポ調査のアンケート画面、図37はタンポポの種類を調べる最初のページです。

4 天文領域における開発教材

(1) 天文領域におけるマルチメディアを活用した教材
 天文領域の学習では、身近な天体の観測を通して様々な天体についての認識を深めるとともに、天体の運動の規則性やその特徴をとらえることが主なねらいとなります。
 そのためには、学習のねらいに合う天文現象を、児童生徒の発達段階に合った方法で観測させるとともに、それらの現象をまとめ、記録することが重要になってきます。
 しかし、これらの天文現象は観測時期が限定されていて、夜間、長時間の観測が必要な場合もあり、単元の学習の中で何度も行うことが大変難しい状況にあります。
 そこで、長時間の観測でしか得られない天文現象や、肉眼等ではその特徴を充分にとらえることができない対象について、デジタルカメラ等を活用し、児童生徒が主体的に探究できるような教材の開発が必要になってくると考えます。

(2) デジタルカメラ等を活用した天体画像撮影の利点
 天体を静止画なり動画で記録する場合、天体からの光が極めて弱いため、大口径の望遠鏡や高感度の撮像素子などの観測機材が必要になってきます。これらの観測機材は、高価で取り扱いも難しく、対象となる天体を撮影することは容易ではありません。
 一方、市販されているデジタルカメラ等は、取り扱いがやさしく、容易に天体を撮影することができます。また、撮影された画像はデジタル化されているため、ランニングコストが安価で、撮影後すぐに確認することができ、その後の画像処理により、鮮明な画像を得ることも可能になります。

(3) 天体画像のデジタル処理
 デジタルカメラで撮影された画像は、撮像素子 (CCD) がフィルムに比べ感度が高く、従来のフィルムで撮影されたものより画質が高く、さらにデジタル処理することにより詳細な画像が得られます。

〈惑星の画像を例にした画像処理〉

@ コンポジット処理
 同一対象の複数の画像を、それぞれの位置を補正しながら重ね合わせていく画像処理のことです。コンポジット処理によって、画像のノイズが低減され、ノイズに埋もれていた画像が鮮明になり、微細構造を認識できるようになります。
 コンポジット処理には、複数の画像を単に加えていく加算方式と、複数の画像を加えてから加算した分の画像の数で割り平均する加算平均方式などがあります(図38)。

A レベル調整
 コンポジット処理された画像は、通常デジタルカメラで撮影された画像より多くの画像情報をもっています。通常デジタルカメラで撮影された画像は各色8ビット(256 階調)で表現さ 【図39】レベル調整 れていますが、コンポジット処理された画像はさらに各色10ビットから16ビット以上の情報が含まれています。このような多くの画像情報が含まれているものを見やすく表示するためには各色10ビットから16ビットの情報を圧縮して8ビットで表示できるようにすることが必要で、このような処理をレベル調整といいます(前頁図39)。

B 画像復元処理
 天体望遠鏡等で見る天体は、空気のゆらぎや光学系の収差などにより本来の像と比べて細部が再現されない場合がほとんどです。しかしその原因が分かっている画像については、画像復元処理を施すことにより本来の像に近づけることができる場合があります。天体画像を効果的に復元する方法としては、最大エントロピー法とウィナーフィルタを用いた方法などが有名です(図40)。

(4) デジタル処理された画像を活用したマルチメディア教材
 
デジタル処理された画像は、多くの画像情報をもっているので画像復元だけでなくさまざまな形で利用することが考えられます。
 例えば、木星の画像では、静止画をつなぎ合わせて動画を作成し、木星の自転の様子やその周期の測定などが考えられます。
 木星の自転の動画の作成では、元となる画像を一定間隔の時間で撮影する必要がありますが、デジタルカメラは操作が簡便なため、短時間で数多くの画像を撮影することができ、その中から、質の良い画像を選び、画像処理をすることにより、動画の元となる画像を得ることができます。(図41、42)
 このような画像処理を用いて、他の惑星の自転や惑星の公転による視運動が確認できるようなマルチメディア教材を作成することが今後の課題となります。

5 授業実践と実践結果の分析・考察
 教材としての有効性を確かめるため、研究協力校の授業の進度に合わせ、下記@からBに示す授業展開で、高等学校2年生(男子16名、女子24名 計40名)を対象にメダカを題材とした発生についての授業実践を6月に行いました。
 事前調査によると、生徒の発生に対する理解は生命の誕生や子孫を残すこととかかわらせてはいるものの、その仕組みや意味については詳しくとらえられておらず浅いものでした。また、生徒にとって、時間がかかる発生現象を動的で連続的な変化としてとらえることは難しいという困難点があわせて存在しました。
 そこで、発生の様子を実験、観察させる授業の中に、微速度撮影装置を使い発生現象を連続的映像としてとらえたマルチメディア教材を取り入れるならば、発生現象に対する生徒の理解を深めるうえで大変効果があるのではないかと考えました。

 授業実践の様子を図43に示します。この実践をとおして、図44に示したスケッチ、考察及び感想を記したレポート等から、実験とマルチメディア教材を組み合わせた授業によって、自分の観察しているものと映像を瞬時に重ね合わせることが可能になり、予想した以上に生徒は発生について実感を伴った理解を深めたことが読みとれます。
 また、「花巻にはメダカがまだ生息していてそこに住んでいることを誇りに思う。」という郷土愛の育成につながるような感想もみられました。

6 研究のまとめ

(1) 研究のまとめ
 この研究は、小学校、中学校、高等学校理科において、従来時間的、空間的に観察、実験が困難と思われる事象について、マルチメディアとネットワークを活用した教材を開発、提供することにより、理科の学習指導の改善に役立てようとするものです。
 そのために、基本構想に基づき、物理領域では、センサーを用いて、遠隔地の測定データをコンピュータ画面上にリアルタイムに表示することができるネットワークを活用した教材を開発しました。また、生物領域では、インターネットを活用した生き物調査並びにミクロの世界や時間を縮めて撮影した画像、動画及び最新の実験装置を活用したマルチメディア教材、天文領域では、天体写真を活用したマルチメディア教材を開発し、授業実践をとおしてその有効性を検討しました。
 その結果、開発した教材を取り入れた授業実践によって、児童生徒は、時間的、空間的に観察、実験が困難な事象について、実感を伴った理解を深めることができ、教材の有効性が確かめられました。

(2) 今後の課題
 今後は、本研究で開発した教材に改良を加え、教材としての質及び量を充実させていきたい思います。また、インターネットを活用した計測、岩手県内の生き物調査及び天文領域においては、今後とも継続的なデータの収集と分析が必要であると考えます。

おわりに

 本研究を進めるにあたり、多大なご協力をいただきました研究協力校の校長先生をはじめ諸先生方、並びに研究協力員の先生方に心から感謝申し上げます。そして、授業実践にご協力いただいた生徒のみなさんに心から厚く御礼申し上げます。
 また、貴重な資料の提供やご指導をいただきました県内外の先生方に、深く感謝いたします。


【参考文献】

1)江上信雄・山下健次郎・嶋 昭紘、「メダカの生物学」、東大出版会、1990
2)岩松鷹司、「メダカ学」、サイエンティスト社、1993
3)岩松鷹司・森 隆、「生物教材としての野生メダカとヒメダカの体色遺伝の研究」、愛知教育大学教科教育センター研究報告18、1994
4)岩松鷹司・森 隆、「野生メダカの鱗上の黒色素細胞反応の教材化の試み」、愛知教育大学教科教育センター研究報告20、1996
5)畑 正好、「多目的利用をかねた生活環教材としてのメダカ」、東洋館出版社、理科の教育 6月号(通巻539号)、1997
6)畑 正好・阿部祐基、「小・中・高等学校における多目的教材としてのメダカの活用に関する研究」、岩手県立総合教育センター平成8年度教育研究152、1997
7)酒泉 満、「野生メダカの遺伝子レベルでの地域差」、遺伝39(8)、1985
8)篠田宜道、「岩手県内の野生メダカの生息状況(中間報告)」、岩手県生物教育研究会会誌、1986
9)篠田宜道、「県内の野生メダカの生息地点のその後の状況」、岩手県生物教育研究会発表資料、1994
10)竹内邦輔、「誰にでもできるメダカの実験」、1981
11)志水英二、「マイコンセンサシステム入門」、海文堂出版、1986
12) 渡辺嘉二郎・小林弘・小林一行、「パソコンによるセンサ信号処理」、海文堂出版、1991
13) トッド・クルトワ、「JAVAネットワーキング&コミュニケーション」、プレンティスホール出版、1998



はじめに戻る



岩手県立総合教育センター
〒025-0301 岩手県花巻市北湯口第2地割82番1
TEL:0198-27-2711(代)
FAX:0198-27-3562(代)
Copyright(C) The Comprehensive Educational Center of Iwate