岩手県立総合教育センター教育研究(2000)


児童生徒の社会性をはぐくむ生徒指導の在り方に関する研究(第2報)


《  目  次  》

はじめに
1 児童生徒の社会性をはぐくむ生徒指導の在り方についての基本構想
 (1) 児童生徒の社会性をはぐくむ生徒指導の六つの視点
 (2) 集団のなかで自己を生かす活動の工夫
 (3) 集団のなかで自己を生かす活動における指導体制の工夫
2 指導体制の見直しと集団のなかで自己を生かす活動についての指導展開案
3 指導体制の見直しと集団のなかで自己を生かす活動についての指導実践及び実践結果の分析と考察
 (1) 指導実践計画
 (2) 指導実践の概要
 (3) 実践結果の分析と考察
4 児童生徒の社会性をはぐくむ生徒指導の在り方のまとめ
おわりに

【主な参考文献】

はじめに

 近年、子どもを取り巻く環境が大きく変化し、望ましい対人関係や集団活動ができにくくなって、他人と協調し行動することができなかったり、好ましい人間関係を築けなかったりするなどの社会性の不足が多く指摘されるようになってきました。
 このような状況を改善していくためには、児童生徒の問題行動や非行などの対応に追われがちなこれまでの指導体制を見直すとともに、集団のなかで生き生きとした生徒の活動をめざす児童生徒の社会性をはぐくむ生徒指導の充実を図ることが必要であると考えます。
 そこで、この研究は、児童生徒の社会性をはぐくむ生徒指導上の問題点や課題を把握するとともに、その分析や検討をもとにして社会性をはぐくむ生徒指導の在り方を明らかにし、学校における生徒指導の改善と充実に役立てようとすることをねらいとしました。
 本年度は、2年次研究の完結年度として、教師集団に指導係、援助係、評価係の三つの役割態勢を位置付け、児童生徒の集団のなかで自己を生かす協同体験活動の指導実践を行い、児童生徒の社会性をはぐくんでいくことを目標として研究を進めることとしました。

1 児童生徒の社会性をはぐくむ生徒指導の在り方についての基本構想

(1) 児童生徒の社会性をはぐくむ生徒指導の六つの視点
 本研究でめざす児童生徒に社会性のはぐくまれた姿を次のようにとらえました。

 この社会性がはぐくまれた姿に近づけるために、次のア〜カの六つの視点から指導を行うことが必要であると考えました。また、これら六つの視点は、相互に関連しあい、高まっていくものと考えます。

ア 共感性

 共感性とは、相手の抱く感情に気づき、相手の立場にたって考えようとする資質のこと。
 児童生徒の具体像としては、自分だけの考えから相手の気持ちを考え、それを受容し相互の気持ちを考えてかかわろうとしている等が考えられる。

イ 役割取得

 役割取得とは、相手がどんな行動をしようとしているのか、自分にどんなことをしてもらいたいのか、相手にとっての自分の役割を考えたり、その役割を果たそうとしたりする態度のこと。児童生徒の具体像としては、相手の立場に立って自分の役割を考えたり、果たそうとしたりする等が考えられる。

ウ 思いやりの態度

 思いやりの態度とは、相手が喜ぶようなことをしてあげようとする心構えがある状態のこと。児童生徒の具体像としては、集団で活動に取り組むとき相手の活動に目を向けて、進んでかかわろうとしている等が考えられる。

エ 向社会的行動

 向社会的行動とは、自分のためにもなり、相手のためにもなるだろうと考えた行動をとること。児童生徒の具体像としては、自分が集団のなかでできることを知り、自分の仕事や援助行動、協力的行動などを精一杯やり遂げようとする等が考えられる。

オ 自己調整力

 自己調整力とは、相手に対する自分の役割を考えた後、相手のためになると判断したときは、その行動を促進し、相手のためにならないと判断したときは抑制して自分の行動を調整する力のこと。児童生徒の具体像としては、自分が何かをしようとするとき、それがみんなのためになることかも考えて、やった方がいいかどうか決める等が考えられる。

カ 自己有用感

 自己有用感とは、相手にとっての自分の役割がわかり、自分のやることが相手のためになるという意味を見いだしたときに感じる充実感のこと。児童生徒の具体像としては、自分のよさに気付きながら、それを集団の活動のなかに生かしたことが認められて満足感をもったり、次の活動への意欲をもったりしている等が考えられる。

(2) 集団のなかで自己を生かす活動の工夫
 本研究では、児童生徒の社会性をはぐくむためには、思いやりの態度や向社会的行動を促す指導をすることが大切であると考えています。その思いやりの態度の発達には、自己とは異なった他者との「協同」に伴う感情的共通体験(共感体験)が重要であると考えられています。
 そこで、学校においては、児童生徒に思いやりの態度を育成するために「協同」の要素が含まれる活動を「集団のなかで自己を生かす活動」と位置づけて実践していく必要があると考えました。本研究では、「協同」の要素が含まれる活動を「協同体験活動」とよぶこととし、実践していくものとします。「協同体験活動」は、係、班、学級、兄弟学級など集団でできる活動で、それぞれの成員が役割分担をしながら、共通の目標をめざして行う活動ととらえます。
 また、この活動では、次の活動の一つ、又は、複数が含まれているものと考えています。

 共感的理解を促す活動:
 他者の視点や動機、感情、欲求などを探り、他者理解、相互理解を深める機会が与えられ共感的理解が促される活動
 協力的活動:
 成員の協力が前提となる活動で、成員同士がかかわりあったり、ささえあったりしながら、明確な役割分担のもとに共通の目標を達成する活動
 援助的活動:
 下級生の世話をしたり、仕事で困っている級友を手助けしたりするなど援助する内容が見いだせる活動
 規範意識を促す活動:
 児童生徒に集団のなかの一員であることを自覚させ、活動や集団の維持のために学校生活の様々な側面で責任をもたせるよう自己決定や集団決定させる活動
 思いやりの態度や向社会的行動のモデリング:
 模範となる思いやりの態度や向社会的行動を児童生徒の身近な事例や、書物や映像など様々な資料をもとに紹介して、児童生徒がその事例を学習する活動

(3) 集団のなかで自己を生かす活動における指導体制の工夫
 児童生徒の社会性をはぐくむための集団のなかで自己を生かす活動における指導体制を見直す工夫として次の観点を示すこととします。

ア 職員の協同を意識した偏りのない取り組みをすること
 一部の担当教師に多くの役割が集中するのではなく、学年や全校体制というチームのなかでの教師の役割分担を明確に位置づけて、協同して児童生徒の活動を指導援助するという意識で取り組むことが必要です。

イ 三つの役割態勢に基づく偏りのない役割分担をすること
 集団のなかで自己を生かす活動を行わせる場合、下の【図1】に示す三つの役割態勢(指導係、援助係、評価係)のいずれかに教師が所属し、そのなかで適切な役割分担をすることを基本の型とします。また、役割態勢を固定することなく、できるだけ学校の実態に合わせ、活動の段階や場面ごとにローテーションして係を替えるなど、いずれの係も担当することが望ましいです。その際、児童生徒が混乱しないように三者の連絡調整の場を適宜もちます。ただし、学校の実態によって三人がつけないときは、一人が二役、三役を務めるなどして全体をとおして偏りがなければよいこととします。

2 指導体制の見直しと集団のなかで自己を生かす活動についての指導展開案
 推進試案に基づく手だてを実践場面で具現化するために、推進試案に基づき、指導内容や手順をさらに具現化し、児童生徒の社会性をはぐくむ生徒指導の指導展開案を次のように考えました。

3 指導体制の見直しと集団のなかで自己を生かす活動についての指導実践及び実践結果の分析と考察

(1) 指導実践計画
 指導実践は、学級活動・帰りの時間・放課後等の時間を使って行うこととします。
 今回の指導実践計画の概要を次の【表1】に示しました。

(2) 指導実践の概要
 指導展開案に基づいて授業実践を行いました。以下には協同体験活動1として、小学校は、「全校遠足の準備活動」と「全校遠足」、中学校では「迫中祭の準備活動」の一部を紹介します。

ア 小学校の実践(「全校遠足の準備活動」、「全校遠足」)

イ 中学校の実践(迫中祭の準備活動)

 小中学校とも上記のア、イのような協同体験活動のなかで、教師が各々の役割態勢に基づいて児童生徒へ働きかけたり、児童生徒が思いやりの態度や向社会的行動を示したりする場面が多く見られました。

(3) 実践結果の分析と考察
 実践結果のうち、社会性をはぐくむ六つの視点で示された児童生徒に身に付けさせたい力(共感性、役割取得、思いやりの態度、向社会的行動、自己調整力、自己有用感)の育成状況について、「児童生徒のワークシートの記述」、「児童生徒の事後のアンケートの記述」、そして「児童生徒の意識調査の事前・事後の比較」から総合的に分析と考察をしました。

ア 児童生徒のワークシートや事後のアンケートの記述例からの分析

 それぞれの視点について記述との関連から分析したことを以下に示します。

@  共感性について:
 これらの記述から、児童生徒が協同体験活動のなかで自分が協力してもらったり助けてもらったりしたことに喜びを感じ、自分も次の活動の機会に協力したり助けたりしながら、相手にかかわろうと考えているなど、共感性を示していることがわかります。
A  役割取得について:
 これらの記述から、児童生徒が集団のなかで自分の担った役割を意識しそれを最後までやり遂げようとしたり、相手がどんなことを自分にしてもらいたいのか、相手にとっての自分の役割を考えて行動したりしていることなど、役割取得を示していることがわかります。
B  思いやりの態度について:
 これらの記述から、児童生徒が仲間の状況に目を向け相手が喜ぶにはどんなことがいいのかを考え、援助活動を行い、積極的にかかわっていることなど、思いやりの態度を示していることがわかります。
C  向社会的行動について:
 これらの記述から、児童生徒は自分が集団のなかでできることを知り、精一杯やり遂げようとしていることがわかります。また、特定の誰かに対してではなく、みんなというより広い他者を想定して、自分のためにもなり相手のためにもなるだろうというと考えた行動、すなわち、向社会的行動をとっていることがわかります。
D  自己調整力について:
 これらの記述から、児童生徒が自分のためになることと相手のためになることを考え、自分の感情を調整して適切な行動をとろうとするなど、自己調整力を働かせていることがわかります。
E  自己有用感について:
 これらの記述から、児童生徒が相手にとっての自分の役割がわかり、自分のやることが相手のためになるという意味を見いだして満足し充実しているという自己有用感を感じていることがわかります。

イ 児童生徒の意識調査の事前と事後の比較

 これらの結果から、社会性をはぐくむ六つの視点のどの項目においてもアとイを合わせた+の反応が増え、−の反応が減って、それぞれの視点に示された力の育成については好ましい方向に変化していることがわかります。  以上のアとイの結果から、共感性、役割取得、思いやりの態度、向社会的行動、自己調整力、自己有用感という社会性をはぐくむ視点において分析した結果、これらの児童生徒に身に付けさせたい力の育成について好ましい結果がみられたのは、小学校、中学校ともに以下のような手だてが有効に働いたためと思われます。

ウ 教師のアンケートから
 実践終了後の教師のアンケートに記述から、指導実践の効果について分析します。

@ 成果について

 これらの記述から、成果として次の三点があげられます。
・教師の共通理解を図る場をもつことは、児童生徒の社会性をはぐくむ視点や指導内容、指導方法を理解し、共通した考えで児童や生徒へかかわれること。
・教師の情報交換・協議の場をもちながら指導係・援助係・評価係の三つの役割態勢で指導をしていくことは、児童生徒のよさや変容を複数の教師の目からみることができ、多面的な生徒理解につながること。
・次の活動の個に即した具体的な支援をすることにつながること。

A 課題について

 これらの記述から、課題として次の三点があげられます。
・教師の数が少ない場合、活動ごとに役割態勢を作ることが困難であること。
・情報交換・協議する時間の設定が難しいこと。
・児童生徒の活動場面において、態度や行動を見ることに時間がかかり、次回の活動への改善点についてまで十分協議ができないこと。

4 児童生徒の社会性をはぐくむ生徒指導の在り方のまとめ
 児童生徒の社会性をはぐくむ生徒指導について、指導体制の見直しと集団のなかで自己を生かす活動を中心にした指導の面から、指導実践をとおして明らかになったのは次のことです。

(1) 成果として考えられること

ア 教師の指導体制の見直しについて

教師の共通理解を図る場をもつことは、児童生徒の社会性をはぐくむ視点や指導内容、指導方法を理解し、共通した考えで児童生徒へかかわることにつながること。
教師の情報交換・協議の場をもちながら指導係・援助係・評価係の三つの役割態勢で指導をしていくことは、児童生徒のよさや変容を多面的にとらえ、次の活動の個に即した具体的な支援をすることにつながること。

イ 集団のなかで自己を生かす活動について

話し合い活動のなかで自分の経験やそれに伴う感情を相互理解させ、他へのかかわりを考えた目標を決めさせたことは、児童生徒の共感性をはぐくむことにつながること。
協同体験活動を行うことは、児童生徒の役割意識や、協力的活動や援助行動の際に生じる喜びの感情を実感させたり、他とのかかわりのなかで自己の行動を決めようと葛藤させたりするので、児童生徒の役割取得、思いやりの態度、向社会的行動、自己調整力をはぐくむことにつながること。
ふり返り活動において、協同体験活動のなかで学級の仲間の果たした役割や感謝の気持ちを相互に交流させることは、児童生徒の自己有用感を高め、共感性、役割取得、思いやりの態度、向社会的行動、自己調整力などの社会性をはぐくむ資質・能力・態度をより促すことにつながること。

(2) 課題として考えられること

教師の数が少ない場合でも役割態勢の配置が柔軟にできるように、役割態勢の内容を工夫改善していくこと。
児童生徒の活動をより総合的にとらえられるように、活動を見ていく観点をさらに簡潔にしていくこと。
情報交換・協議の場がより短時間でできるように、話し合いの観点を精選していくこと。

おわりに

 この研究は、子どもたちが学校で日常的に行っている活動そのもののなかに、実は社会性をはぐくむ要素があるはずだ、という発想から始まりました。身に付けさせたい力をはぐくむには、ただ漫然と活動させるのではなく、教師集団が共通した視点をもちながら、子どもたちのよさを見取り、それを評価として伝えて子どもたちに自己有用感を実感させることが大切だということを学びました。また、子どもたちの活動のなかに「他との調和を図りながら、自己のよさを自己や他のために発揮しようとする」社会性がはぐくまれた姿を見いだすことができたことがとてもうれしいことでした。最後に、この研究を進めるにあたり、指導実践に協力していただきました研究協力校の校長先生をはじめ、諸先生方や児童生徒のみなさんに心から感謝申し上げ、結びとさせていただきます。


【主な参考文献】

門脇 淳司著 「子どもの社会力」 岩波書店 1999
山極 隆編 「豊かな人間性や社会性,国際社会に生きる日本人」 新しい教育課程と学校づくりA ぎょうせい 1999
東京都教育委員会 「子どもたちの豊かな人間関係を育てるために」 <平成3年度 児童・生徒健全育成推進資料> 1992
千葉市教育センター 「生きる力を育む学校と家庭の役割に関する研究 -子どもの社会性の育成をめぐって- 1998
菊地 章夫 「また/思いやりを科学する」 川島書店 1998
長田 雅喜 「対人関係の社会心理学」 福村出版 1996
繁田 進他 「たくましい社会性を育てる」 有斐閣 1995
坂本昇一他 「生徒指導の機能を生かす」 実践生徒指導D ぎょうせい 1994
R・ネルソン=ジョーンズ 「思いやりの人間関係スキル」 誠信書房 1993



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