岩手県立総合教育センター教育研究(2000)


小学校図画工作科における感性をはぐくむ学習指導の在り方に関する研究

− 作品を見る楽しさを広げる鑑賞活動をとおして −(第1報)


《  目  次  》

はじめに
1 小学校図画工作科における感性をはぐくむ学習指導の在り方についての基本的な考え方
 (1) 小学校図画工作科における感性とは
 (2) 小学校図画工作科において感性をはぐくむ意義
2 小学校図画工作科における感性をはぐくむ学習指導の在り方についての基本構想
 (1) 作品を見るとは
 (2) 作品を見る楽しさを広げる鑑賞活動の基本的な考え
 (3) 作品を見る楽しさを広げる鑑賞活動の進め方
 (4) 小学校図画工作科における感性をはぐくむ学習指導の在り方についての基本構想図
3 小学校図画工作科における感性をはぐくむ学習指導試案
 (1) 学習指導試案作成のための調査計画の概要
 (2) 学習指導試案作成のための調査結果の分析と考察
  ア 図画工作科の学習に対する意識
  イ 表現の学習の状況
  ウ 鑑賞の学習の状況
  エ 図画工作科の学習に対する願い
  オ 感動経験
  カ 作品を見た時の感想の傾向
 (3) 小学校図画工作科における感性をはぐくむ学習指導試案
  ア 小学校図画工作科における感性をはぐくむ学習指導
  イ 小学校図画工作科における感性をはぐくむ学習指導過程試案
4 研究のまとめと今後の課題
おわりに

【引用文献・主な参考文献】

はじめに

 図画工作の表現と鑑賞の活動は、児童が対象と自由にかかわり、おもいをふくらませて自らものごとをつくりだす楽しさや喜びを味わうことができるものです。なかでも鑑賞活動は、作品とのかかわりをとおして自分らしい感じ方や見方を深め、感性をはぐくんでいく学びであると考えます。
 しかし、様々なメディアに囲まれ間接的な体験が増大している児童の生活において、対象について自らの感覚をもとにして考え判断し感性を磨く機会が失われがちです。また、図画工作科の授業においても、具体的なものごとにふれながら行う表現活動と比べて、作品と楽しく積極的にかかわる鑑賞活動が不足しがちです。
 このような状況を改善していくためには、鑑賞活動において、自分なりの感覚をはたらかせて作品のよさや美しさを探ったり、想像力をはたらかせて新たなイメージをつくりだしたりするなど、作品を見る楽しさを広げる体験を重ねていく必要があります。
 そこで、次のような仮説を設定し、小学校図画工作科における感性をはぐくむ学習指導の在り方を明らかにし、図画工作科の学習指導の改善に役立てようと考えました。

研究仮説
 図画工作科の学習において、作品を見る楽しさを広げる鑑賞活動を表現活動と関連させて次のように行うならば、児童の感性がはぐくまれるであろう。
(1)  発想の段階で参考作品を見て感想を述べ合う。
(2)  構想・表現の段階で表現途中の作品を見て気付いたよさや美しさを伝え合う。
(3)  鑑賞の段階で互いの作品を見て感想を交流するとともに、表現活動と関連ある作品を見て感想を述べ合う。

1 小学校図画工作科における感性をはぐくむ学習指導の在り方についての基本的な考え方

(1) 小学校図画工作科における感性とは
 感性は、知性と一体化して人間性の根幹をなす重要な資質であるといわれています。遠藤友麗は、「感性とは心に価値を感じ取る力である。美しさや命の尊さ、悲しみ、愛情、人情などの心的な価値を判断し感じられることである」「感性が内に向かうと、心の豊かさや愛など人間性の深まりとなり、外に向かうと創造のエネルギーとして創造的にはたらく」とし、感性は明確に分類できる異質なものでなく、一つの総合的なものであるとしたうえで「生命的感性」「美的感性」「心情的感性」「科学的感性」「社会的感性」「創造的感性」の六態様に分類しています。また、「感ずることによって知ることが深くなってくる。知ることによって初めて感じられる世界がある(感知相互作用)。感性と知性とは互いに作用し合っているのであるから、両方一体的に育てていく必要がある」と述べています。
 以上のことをふまえ、本研究では、感性の六態様のなかの一つである「美的感性」を中心にはぐくむこととし、感性がはぐくまれた児童の姿を「対象をよく見つめ、よさや美しさを感じ取り、自分の感じ方や見方を広げていこうとする児童」ととらえます。「よさや美しさ」とは、対象の内面から感じ取る感情や温かさ、人それぞれの持ち味や、対象のもつ形の面白さ、形や色の構成、対象やそれを とりまく環境全体がかもしだしている雰囲気などであると考えます。このような児童を育成するためには、対象をとらえる力、想像力、創造性を培う必要があり、それぞれ次のような意味をもつものと考えます。なお、これらは互いに作用し合って高められていくものであると考えます。

(2) 小学校図画工作科において感性をはぐくむ意義
 現代の児童は、多くのメディアや情報、豊かなものに囲まれて生活していますが、受動的な間接経験が多く、対象について自らの感覚をもとにして考え判断する機会が少ないため、自然の美しさに感動する心や相手を思いやる心などが欠如している傾向にあります。このような状況を改善するために、自ら自然やものや人とかかわる直接体験を重視し、自然の美しさや他者のよさに気付く心、相手を思いやる心などの心の教育が必要とされています。
 図画工作科は、児童一人一人が心と体を十分にはたらかせて、自分らしい表現をおもいのままに試みながら、夢やおもいを色や形に表していく学びです。また、自己決定を繰り返しながら対象に自らはたらきかけて自分のおもいを発信したり、他者の感じ方や見方、表現を受信したりしながら、自分らしい表現を求めていく主体的な学びでもあります。このような学びを重ねることで価値あるものに気付く感覚や深く感じる心をはぐくむことができると考えます。
 小学校図画工作科において感性をはぐくむことは、社会性や豊かな人間性を養うことへとつながっていくものと考えます。

2 小学校図画工作における感性をはぐくむ学習指導の在り方についての基本構想

(1) 作品を見るとは
 作品を見るとは、色や形の構成のよさなどを直感的に見たり、分析的に見たりすることだけではありません。作者の表現の意図やおもいを想像すること、感じたことを話すこと、作品にふれたり、遊んだりすることなど、心と体を使って作品とかかわることだと考えます。また、見る対象とは、美術作品や自分や学級の友達の完成された作品だけに限定されるものではありません。写真やポスター、建築物や身の回りにある様々な日用品、自然や自然のなかにあるもの、表現のために使用する材料、また、作者のおもいやおもいの実現に向かって試行錯誤しながら表現する過程などもその対象と考えます。

(2) 作品を見る楽しさを広げる鑑賞活動の基本的な考え
 かいたりつくったりすることは、自分のおもいや夢を色や形などに実現していく楽しさや喜びを味わうことのできる活動です。児童は、おもいと表現が一致するように、あるいは、自分とものや人などとの間で色や形、環境などにはたらきかけたり、はたらきかけられたりしながら想像をふくらませ、試行錯誤しながら表現していきます。つまり、かいたりつくったりすること(表現)と見ること(鑑賞)とは、切り離すことのできないものであり、互いに支え合っているものです。
 作品と出会ったときに、感じることや考えることは人それぞれ違います。他者の感じ方や見方、考え方などを知ることによって、自分とは違う感じ方や考え方に気付いたり、今まで見えなかったものが見えてきたりします。そのことが、新たな発想を生むことや今までの自分の感じ方や見方に他者から学んだ新しい感じ方や見方を加えた多面的な見方で作品を見ること、多様な表現方法のなかから自分のおもいに合った方法を選択し表現することにつながります。
 作品を見る楽しさを広げる鑑賞活動とは、ものや人などとかかわり、自分では感じたり、気付いたりしなかった感じ方や見方、表現を知ることの喜びを味わいながら、自分の感じ方や見方、表現を広げていく活動であると考えます。このような活動を繰り返すことで、身の回りにある様々なもの、時代や場所を隔てた作品などに目を向け、作者のおもいに心を馳せながら自分なりの見方で作品とかかわりをもち、よさや美しさを感じ取ることができるようになると考えます。

(3) 作品を見る楽しさを広げる鑑賞活動の進め方
 作品を見る楽しさを広げる鑑賞活動をとおして感性をはぐくむ学習は、児童一人一人が「見てつくる、つくりながら見る」を繰り返し、自分のおもいを色や形に表現する楽しさを味わいながら、作品のよさや美しさを感じ取り、感じ方や見方を広げていく学びです。
 そこで、作品を見る楽しさを広げる鑑賞活動を表現活動と関連させた活動の段階を「発想(おもいをもつ)」「構想・表現(おもいをふくらませ表す)」「鑑賞(おもいを味わう)」とし、それぞれの段階を以下のように考えました。

(4) 小学校図画工作科における感性をはぐくむ学習指導の在り方についての基本構想図
 これまで述べてきた基本構想をもとにして、小学校図画工作科における感性をはぐくむ学習指導の在り方についての基本構想図を次頁【図1】のように作成しました。

3 小学校図画工作科における感性をはぐくむ学習指導試案

(1) 学習指導試案作成のための調査計画の概要
 小学校図画工作科における感性をはぐくむ学習指導試案作成にあたって、小学校図画工作科における感性をはぐくむ学習指導の在り方についての基本構想に基づき、次のような計画に従って調査を行いました。

 調査目的
 小学校図画工作科における感性をはぐくむ学習指導の在り方を探るにあたり、児童の図画工作科の学習に対する意識や学習の状況、作品を見たときの感想の傾向などについて実態を把握し、学習指導試案の作成に役立てます。
 調査協力校
 花巻市立矢沢小学校 第5学年1学級(35名)
 調査期日
 平成12年10月6日(金)
 調査方法
 研究担当者が作成した調査紙を用いて、研究担当者が調査を実施
 調査内容
 調査の観点と内容については、次の【表1】に示す

(2) 学習指導試案作成のための調査結果の分析と考察

ア 図画工作科の学習に対する意識
 【図2】は、図画工作科の学習に対する意識を調査した結果を示したものです。
 【図3】は、表現と鑑賞の学習に対する意識を調査した結果を示したものです。
 【図2】をみると 図画工作科の学習が「楽しい」「どちらかといえば楽しい」児童が33 人(94.3%)です。
 【図3】をみると表現の学習が「すき」「どちらかといえばすき」な児童が34人(97.1%)です。鑑賞の学習が「すき」「どちらかといえばすき」な児童が32人(91.4%)です。
 このことから、児童はかいたりつくったりすること(表現)や作品を見ること(鑑賞)を楽しさを伴う学習として好感をもって受け止めていると考えることができます。

イ 表現の学習の状況
 【図4】は、新しい題材における発想の状況を調査した結果です。新しく作品をかいたりつくったりするとき、アイデアが「うかぶ」児童と「どちらかといえばうかぶ」児童を合わせると20人( 57.1%)、「どちらかといえばうかばない」児童と「うかばない」児童を合わせると15人(42.9%)です。
 表現活動のきっかけに、実際の造形作品を提示 し「やってみたい」「面白そう」と表現の意欲を引き出すとともに、材料や表現の方法を見たり、ふれたりしながら、どんな表現ができそうかを考えさせることが必要だと考えます。また、感じたことを自由に出し合える共感的な雰囲気づくりをしてアイデアがうかぶ児童の考えを述べさせ、全体に広げていくことでアイデアがうかばない児童の発想を引き出すことができると考えます。
 【図5】は、試行錯誤の経験を調査した結果です。自分のイメージに近づくようにいろいろやってみたことが「ある」児童と「ときどきある」児童を合わせると32人(91.4%)、「あまりない」児童は3人(8.6%)で、「ない」と答えた児童はいません。90%以上の児童が試行錯誤の経験があることがわかります。
 このことから、児童は、自分のおもいに近づくよう試行錯誤を繰り返しがら表現していることがうかがわれます。
 表現の過程において、つまずいたり、迷ったりすることは誰でもあります。自分のおもいに一番合う方法を見つけさせ、表現させることが大切です。そのためには、一人一人の表現の工夫、つまずきや迷いを学習カードやつぶやき、対話などから把握し、おもいを確かめながら支援していくことが必要だと考えます。
 【図6】は、他者との違いに対する意識を調査した結果です。自分の作品やアイデアが友達と違っていても「気にならない」児童と「どちらかといえば気にならない」児童を合わせると23人(65.7%)、「どちらかといえば気になる」児童は12人(34.3%)、「気になる」児童はいません。
 図画工作科の学習は自分のおもいや願いを色や形に表していく学習です。約66%いる他者との違いが気にならない児童からおもいやアイデアを引 き出し一人一人のおもいやアイデアを共感的に受け止め、認めていくことで「どちらかといえば気になる」児童も安心して自分のおもいやアイデアを話したり、自分なりの表現をしたりしていくことができるような学習を展開していく必要があると考えます。

ウ 鑑賞の学習の状況
 【図7】は、表現途中の作品のよさを感じた経験を調査した結果です。友達がかいたりつくったりしているのを見て工夫しているなと思ったことが「ある」児童と「ときどきある」児童を合わせると33人(94.3%)、「あまりない」児童は2人(5.7%)です。工夫していると思ったことが「ない」と答えた児童はいません。約95%の児童が表現しながら他者の作品に関心をもち、表現の工夫に気付いていることがわかります。
 このことから、一人一人が気付いた他者の作品のよさや美しさを全体に広げ、互いのよさを認め合い、学び合うとともに、自分の表現に生かすような指導を展開することができると考えます。
 【図8】は、自分にあった発表の方法について調査した結果です。「思ったことをそのまま発表する」方法を選択した児童が6人(17.1%)「思ったことを紙に書き、それを見て発表する」方法を選択した児童が29人(82.9%)です。
 このことから、作品を見て思ったことを述べ合う活動に学習カードを用意し、書いたものをもとに発表することができるようにすることが必要だと考えます。また、感想を書くことへの抵抗があまりないと考えられることから、作品を見た感想を述べ合う活動にも書くことを取り入れ、作品を見て感じたことを言葉だけでなく文章で伝えることもできると考えます。
 【図9】は、自分の表現した作品に友達から感想を言われた経験を調査した結果です。感想を言われた経験が「ある」児童と「ときどきある」児童を合わせると16人(45.7%)「あまりない」 児童は19人(54.3%)、「ない」児童はいません。 話してもらった内容とそのときの気持ちの記述を まとめたものが次頁の【表2】です。これを見ると、表現の工夫や、技術面、表現に対する取り組みの姿勢などのよさを認められた喜びや他者との共感、表現活動に対する満足感などを読み取ることができます。
 前述の【図7】では、表現途中の作品のよさを感じた経験のある児童が33人(94.3%)であるのに 対し、【図9】では、作品に感想を言われた経験が「ある」児童と「ときどきある」を児童を合わせても16人(45.7%)にとどまり、「あまりない」児童が19人(54.3%)と半数をこえています。それぞれが工夫していると思ったことが作者に伝わっていない状況にあることがわかります。
 このことから、互いの感じ方や見方を知ることができる場を設定し、一人一人の気付きを出し合い、他者の感じ方や見方にふれることによって、感じ方や見方を広げていくことができると考えます。また、互いに気付いたよさを伝え合うことによって、表現の喜びや満足感、他者との共感を味わうことができると考えます。
 このことが作品を見ることの楽しさにつながっていくものと考えます。

エ 図画工作科の学習に対する願い
 【図10】は、図画工作科の学習についてもっとこうしたいという児童の願いを調査した結果です。8〜9項目選択した児童は3人(8.6%)、5〜7項目選択した児童と2〜4項目選択した児童はともに16人(45.7%)です。全員が2項目以上選択しています。このことは、児童が図画工作科の授業に興味や関心をもっていることのあらわれと考えることができます。
 次頁【図11】は、それぞれの項目の選択の割合を表したものです。どの項目についても約40%から70%の児童が選択していることがわかります。
 ア、イは、絵画に関することで16人(45.7%)がたくさんの絵をかきたい、19人(54.3%)が 自分のイメージどおりに絵をかきたいと願って いることがわかります。このうちア、イのどち らも選択した児童は8人(22.9%)です。
 ウ、エはつくるに関することで、23人(65.7%)が、たくさんのものをつくりたい、20人(57.1%)が自分のイメージどおりに作品をつくりたいと願っていることがわかります。このうち ウ、エのどちらも選択した児童は13人(37.1%)です。 オ、カ、キは材料や道具の使用に関することで、24人(68.6%)がいろいろな種類の材料を使って表現したいという願いをもっています。道具に関しては、16人(45.7%)がいろいろな道具を使いたい。また、17人(48.6%)がじょうずに使えるようになりたいという願いをもっていることがわかります。カ、キのどちらも選択した児童は8人(22.9%)です。
 約半数の児童が表現に使用する材料や道具についての経験を今よりもさらに広げるとともに、自分のイメージどおりに表現したいという願いをもっていることがわかります。特に、使用する材料に関心が高いことがわかります。
 このことから、児童が使用したいと思うであろう材料を予想し用意する必要があると考えます。さらに、自分の表現に必要なものを用意させることにより、たくさんの材料のなかから自己決定し、表現させていくことができると考えます。この際、児童のおもいを学習カードやつぶやきなどで把握し、一人一人のおもいや願いに沿った支援をしていくことが必要だと考えます。
 クは、作品を見ることに関することで、17人(48.6%)がいろいろな人の作品を見たいを選択しています。学級の友達の作品だけでなく、他学年の児童の作品、他の学校の児童の作品、外国の児童の作品や現代や過去の芸術作品など様々な作品を見たいと願っていることがうかがわれます。
 このことから、自分たちの作品のよさに気付き、互いに認め合う活動をとおしてかいたりつくったりすることと同じように見ることの楽しさをさらに感じさせていくことが必要だと考えます。
 ケは、学び合いに関することで、24人(68.6%)が友達と相談したり、教え合ったりして、かいたりつくったりしたいを選択しています。これは、オのいろいろな種類の材料を使いたいとともに一番選択した児童が多い項目です。
 このことは、他者と学び合いながら自分のおもいをよりよく表現しよう、他者のよさに学ぼうとする児童の意欲のあらわれであると考えることができます。  このことから、自分のおもいに向かって表現する過程で互いの作品を見合い、表現のよさに気付いたり、学んだりしたことを自分の表現に生かしていくことができると考えます。

オ 感動経験
 【図12】は、対象を見て感動した経験を調査した結果です。自然を見て、「いいなあ」「きれいだなあ」と思ったことが「ある」児童と「ときどきある」児童を合わせると34人(97.1%)、「あまりない」児童はいません。「ない」児童は1人(2.9%)です。造形物を見て「いいなあ」「きれいだな」と思うことが「ある」児童と「ときどきある」児童を合わると29人(82.9%)、「あまりない」児童と「ない」児童を合わせると6人(17.1%)です。自然と造形物のどちちらも「あまりない」または「ない」と反応した児童は1人です。80%以上の児童が自然や造形物を見て感動した経験があります。特に、自然についてはほぼ全員が「いいなあ」「きれいだな」と思った経験があります。このことは、児童が自然や身の回りに目を向け、様々なことに気付いていることを示しているものです。
 実際の表現活動では、児童一人一人の気付きを学び合いに生かしたり、全体に広げたりしていくことが一人一人の感じ方や見方を広げていくことにつながると考えます。そのために、気付いたことを自由に話すことができるよう座席や学習の形態を工夫する必要があると考えます。

カ 作品を見たときの感想の傾向
 次頁【表3】は、作品を見たときの感想の傾向を調査した結果です。見せたのは、他の学校の5年生が「たまごから生まれたぼく(わたし)の夢」という題材で表現したという設定の作品「ぼらぼら島へ大ぼうけん」です。
 教室の前の机に作品を置き、作者が作品を紹介する文章(以下、作品紹介文と記述)を児童全員に配布し調査者が読みました。作品紹介文には、「表現しようと思った理由」「表現されているものの説明」「おもいを表現するために工夫したところや苦労したところ」を記述しました。一人一人が作品を見ることができるよう、学級を座席ごとに3つのグループに分け5分間ずつ鑑賞させました。また、見るだけでなくふれてもいいこと、友達と話しながら見ていいことを確認して鑑賞させました。12ページの【資料1】が実際に見せた作品、【資料2】が作品紹介文です。
 児童の記述の内容は、「おもいへの共感」「発想、想像の面白さ」「表現の工夫」「表現の技術」「表現への意欲」「その他」に分類することができます。
 自分もあんな不思議な動物がいたらいいと思うなど「おもいへの共感」を記述した児童は8人(22.9%)、いろいろなことを考えついてすごいなど「発想、想像の面白さ」を記述した児童は7人(20%)、材料をうまく使って表現しているなど「表現の工夫」を記述した児童は31人(88.6%)、上手だという「表現の技術」について記述した児童が7人(20%)、自分もつくってみたいという「表現への意欲」を記述した児童は5人(14.3%)でした。その他にも、表現方法への疑問、作品を見る楽しさ、使用されている材料の手触り、作者についての記述などがみられました。
 【表3】の作品を見た感想の内容を見ると、35人中31人が表現の工夫について記述しています。表現の工夫を記述しなかった4人については、2人がおもいへの共感、1人がおもいへの共感と表現への意欲、1人が疑問に思ったことを記述しています。
 記述から、児童は作品の出来映えだけでなく作者のおもいや発想の素晴らしさ、材料の使い方などに目を向けて作品を鑑賞していることがわかります。児童は、不思議な動物の特徴や、それを考えついたアイデアの素晴らしさなど作品を見ただけではわからないことも含めて感想を書いています。これは、作品だけを見たのではなく、作品をつくろうと思った理由、作品に込められたおもいとおもいを表現するために工夫したことや苦労したことなどを知ったことによると考えられます。
 また、作者のおもいとの共通点や好きなところを見つけながら作品を見ることを楽しんだり、作品を見ることで表現への意欲をもったりした児童もみられます。表現の技術について記述した児童7人についても、表現の技術だけではなく、表現の工夫にふれた記述がなされています。

実際に作品を見る場面では、不思議な生き物を手にとって飛ばすしぐさをしながら「水中に潜ります。」「宇宙にも飛んでいけることにしよう。」などと友達と話しながら見たり、「ぼくだったらここに火山島もつくりたいな。」と想像しながら見たりしていました。また、作品紹介文を聞きながら首を伸ばして作品を見る児童や、作品を見終わった後で作品紹介文を読み直す児童もいました。
 以上のことから、互いの作品を見合う活動でも、完成作品だけでなく、友達のおもいやおもいを表すための工夫、発想の素晴らしさ、表現への取り組み方を含めて作品を見合い、互いを認め合うことができるような作品紹介の仕方をする必要があると考えます。
 また、作品とそれを紹介する文章から感じたことを述べ合ったり、文章にして伝え合ったりしながら互い のよさを認め合うようにさせていくことができるよう時間と場の設定を工夫する必要があると考えます。

(3) 小学校図画工作科における感性をはぐくむ学習指導試案

ア 小学校図画工作科における感性をはぐくむ学習指導
 小学校図画工作科における感性をはぐくむ学習指導にあたっては、基本構想で述べたとおり、作品を見る楽しさを広げる鑑賞活動を表現活動と関連させて進めていきます。実態調査の結果をもとに次のことに留意して指導を行うこととします。なお、「発想( おもいをもつ)」段階と「構想・表現(おもいをふくらませ表す)」段階は、行きつ戻りつしながら進んでいくものと考えます。

(ア)発想(おもいをもつ)段階
 この段階では、一人一人にかきたいものやつくりたいもののおもいをもたせ、表現の意欲を引き出すことが大切です。そのためには題材との出会いを大切にする必要があります。題材との出会いに参考作品を見て題材に対するイメージを広げる活動を行います。学習する題材で表現した参考作品を作者の作品の説明とともに提示します。題材のねらいに沿って教師や児童が表現したもので、発想や表現方法の違うものなど2〜3点用意します。感想を自由に書くことができるように工夫した学習カードを用意し、作品を見た感想を学習カードに記述させ、それをもとにして感想を述べ合わせます。このとき、一人一人の感想を共感的に受け止め、他の児童のおもいを引き出すよう配慮します。

(イ)構想・表現(おもいをふくらませ表す)段階
 この段階では、どんなことを表現するか、どんな方法で表現するかなどを自己決定させ、自分のおもいやイメージに近づくよういろいろ試しながら表現させることが大切です。この段階で表現途中の互いの作品を見て気付いたよさや美しさを伝え合う活動を行います。試行錯誤しながら表現している途中の作品を互いに見合い、発想の面白さ、材料の使い方や表現方法のよさなどを伝え合わせます。はじめに、5〜6人のグループで作品を見合い気付いたよさを話し合わせ、その後、自由に見て気付いたよさや美しさを学習カードに書いて伝えさせます。学習カードは作品のそばに置き、感想を自由に書けるようにします。この活動終了後には、他者の表現から学んだことや、自分の作品への感想を読み作品を見直したことを生かして表現を続けさせます。

(ウ)鑑賞(おもいを味わう)段階
 この段階では、学習のまとめとして完成した互いの作品のよさを認め合わせるとともに鑑賞の対象を広げていくことが大切です。学習の終末に互いのよさを認め合うとともに、表現活動と関連ある作品を探したり、見たりして鑑賞の対象を広げ表現の多様性を知る活動を行います。一人一人のよさを認め合うことができるようにするため、作品と「作品に込めたおもい」「おもいを表現するために工夫したところや苦労したところ」などを記述した作品紹介文を一緒に展示し、2〜3人の作品をその視点で全員で鑑賞し感想を述べ合わせます。このとき提示する作品は、発想や表現方法が違うものを教師が選びます。その後、鑑賞の視点を中心に自由に鑑賞させます。他者が書いた感想も読みながら鑑賞させ、感想を紙に書いて作品紹介文の横に貼らせるようにします。作品を見た感想や自分の作品に寄せられた感想を読んで思ったことを発表して表現活動のまとめとします。その後、表現活動と関連ある作品を身の回りから探して持ち寄ったり、教師が提示したものを見たりして感じたことを学習カードに記述させそれをもとに全体で述べ合わせます。このとき提示する作品は児童が身近に感じられるものを選ぶようにします。
 これまで述べた小学校図画工作科における感性をはぐくむ学習指導についてまとめたものが次頁【図13】です。

4 研究のまとめと今後の課題
 本研究は、本年度及び次年度の2年間にわたって、作品を見る楽しさを広げる鑑賞活動をとおして小学校図画工作科における感性をはぐくむ学習指導の在り方を明らかにしようとするものです。そのため、作品を見る楽しさを広げる鑑賞活動を表現活動と関連させて行うならば、児童の感性がはぐくまれるであろうという仮説を設定しました。
 本年度は、小学校図画工作科における感性をはぐくむ学習指導の在り方についての基本的な考え方を検討し、基本構想を立案し、児童の図画工作科の学習に対する意識や学習の状況などについて実態調査を行い、学習指導試案を作成することができました。
 この研究から明らかになったことは、次のとおりです。

(1)  感性は、すべての人間が生まれながらにもっている資質であり、五感をとおした体験や他者の感じ方や考え方にふれることをとおしてはぐくまれていくものである。
(2)  鑑賞の対象を、自他の作品や美術作品はもちろん、素材や暮らしのなかの作品、表現の過程などを含め、児童の視点から幅広くとらえ、表現活動と関連させた指導を展開することが、感じ方や見方を広げていくことにつながるというという見通しをもつことができたこと
(3)  実態調査の結果から、図画工作科の学習に対する意識や作品を見たときの感想の傾向などを把握するとともに、手だてに生かす指導の見通しをもつことができたこと

 また、今後の課題として、児童に提案する題材(テーマ)の検討、児童一人一人の実態に応じた支援の方法の検討、感性をはぐくむ指導についての評価の仕方などを考えていく必要があります。

おわりに

 この研究を進めるにあたり、ご協力をいただきました研究協力校の校長先生をはじめ、諸先生方、児童のみなさんに対し、心から厚くお礼申し上げます。


【引用文献・主な参考文献】

高橋史朗編集、「現代のエスプリ」、至文堂、1997年、p.12、15−16、105
石川 毅編著、「総合教科 『芸術』の教育課程と教授法の研究」多賀出版、1996年
V・ローウェンフェルド、「美術による人間形成」黎明書房、1969年
花篤 實監修、「美術教育の課題と展望」、建帛社、2000年
片岡徳雄、「心を育て、感性を生かす」黎明書房、1998年
宮脇 理監修、「小学校図画工作科指導の研究」、建帛社、2000年



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