岩手県立総合教育センター研究集録(2000)


高等学校家庭科における保育への関心を高める指導展開の工夫に関する研究

岩手県立千厩東高等学校 教諭 石塚 千登勢


T 研究目的

 高等学校家庭科では、男女共同参画社会の推進や少子高齢社会への適切な対応を考慮し、家庭の在り方や家族の人間関係、子育ての意義などの内容を一層充実することが求められている。また、児童虐待や家庭の教育力低下などの社会問題からも、子どもが心身ともに健全に発達するためには、親や家庭・社会の果たす役割が重要であることへの認識を深め、保育への関心を高めるとともに、実践的な態度を育てることが必要である。
 しかし、生徒の実態を見ると、家族構成の変化とともに、子どもの心身の発達を体験的に知る機会が少なくなっている。また、保育は現在の生活に直結しないことから、他の領域に比べて意欲的でない面が見られる。そのため、高校生として考えるべき課題について真剣に向き合っていないと思われる。これは、保育の導入で性教育に偏り、子どもと向き合う場面が少なかったためと考えられる。
 このような状況を改善するためには、保育実習などをとおして直接子どもと触れ合う場面を設定する必要がある。そして、子どもとの触れ合いを効果的なものにするために、資料収集・分析、意見交換、観察などの体験的な活動をとおした指導展開の工夫によって、保育への関心を高めることが必要である。
 そこでこの研究は、指導展開の工夫によって、保育への関心を高める学習指導の在り方を明らかにし、高等学校家庭科の指導の充実に役立てようとするものである。

U 研究仮説

 高等学校家庭科の学習指導において、子どもとの触れ合いの場面で適切にかかわろうとする意識が育つように、次のような体験的な活動を取り入れた指導展開を行えば、保育への関心が高まるであろう。
 (1) 子どもに関する社会問題の資料収集・分析をする
 (2) 他者との意見交換や発表から子どもに対する考えを深める
 (3) 教材・教具や保育実習から子どもを観察し、交流を図る

V 研究の内容と方法

1 研究の内容
 (1) 保育への関心を高める指導展開の工夫についての基本構想の立案
 (2) 保育への関心を高める指導展開の工夫についての実態調査及び調査結果の分析と考察
 (3) 保育への関心を高める指導展開を工夫した指導試案の作成
 (4) 授業実践及び実践結果の分析と考察
 (5) 保育への関心を高める指導展開の工夫についてのまとめ

2 研究の方法
 (1) 文献法     (2) 質問紙法     (3) 授業実践

3 授業実践の対象
 岩手県立千厩東高等学校 第2学年 1学級(男子26名 女子12名 計38名)

W 研究結果の分析と考察

1 保育への関心を高める指導展開の工夫についての基本構想

(1) 保育への関心を高めることについての基本的な考え方

ア 保育への関心を高めることのとらえ方
 高等学校家庭科における保育の学習は、将来の子育てを教えるものではなく、子どもがどのように育つか(親や家族がどのようにかかわるのか)に主眼をおくことが重要であると考える。
 このことから、保育への関心とは、単に将来子どもを生み育てたいか否かの興味・関心ではなく、乳幼児期は人間形成の基礎となる重要な時期であることから、親のかかわり方の重要性とそれを支える社会支援の必要性に対して注意を向け、子どもと適切にかかわろうとする意識であるととらえた。
 そして、関心の高まりは自ら学ぶ意欲の育成につながるものであることを踏まえて「知的好奇心の高まり」と「学習課題の把握」の二つがあると考えた。「知的好奇心の高まり」とは、子どもへの関心をもって、間接的・直接的に触れ合う中で、さらに知ろうとする意識である。「学習課題の把握」とは、様々な情報や教材・教具などから自らの考えを深める中で、生徒が自分なりに見つけ出し、整理して表記したり他者に伝えることで明確化することである。

イ 保育への関心を高めることの意義
 近年、非婚化や晩婚化、子育ての経済的・精神的コストの高さ、子育てと仕事の両立の難しさなどからくる少子化が大きな社会問題となっている。一方、十代の妊娠や妊娠したために結婚をするケースが珍しくなく、心の準備がされないままに育児を強いられ、育児不安を抱える親が多く見受けられる。現代の若者は、家族構成の変化により家族の一員として乳幼児の成長に接する機会がないうえに、親になっても周囲に育児不安を取り除く環境が整っていないことが多い。そのことが、児童虐待の痛ましい事件多発の一端になっているといえるであろう。
 高校生にとって保育の学習は現在の生活に直結するものではないが、乳幼児期における親とのかかわりによる愛着の形成が将来の人間関係の基礎になることや、子どもを取り巻く環境の変化から起こる社会問題の多発を考えると、環境を整えるべき周囲の役割の重要性について、社会の一員として考える必要がある。そして、生活の現状を見つめ「なぜそうなるのか」「どうしたらよいか」という課題意識をもつとともに、実践的・体験的な学習をとおして関心を高めたり理解することによって、現在及び将来の生活において、意志決定したり問題解決に生かすことができるのである。

(2) 保育への関心を高める指導展開の在り方

ア 保育への関心を高めるために指導展開を工夫することの意義
 現在の高校生は、家族構成の変化から体験的に子どもの発達を知る機会がほとんどないため、保育の学習をしても実感がわかず、意欲に欠ける現状である。また、現行の学習指導要領にある「青年期の生き方と結婚」や自分の幼少の頃をイメージさせることから授業を展開しても、本音を引き出すことには逆効果であり、実感や意欲につなげることは難しかった。
 そこで本研究では、保育の学習を社会問題をとらえる社会の一員としての視点から展開することにした。また、これまで学習のまとめの段階として取り入れてきた保育実習を、学習の前半に位置づけ、直接子どもと触れ合うことで子どもへの理解を図ることにした。それによって、その後の授業で実感をもたせることができると考えた。
 しかし、保育実習を実施するに当たっては理解のない状態で取り入れても、単に「子どもと一緒に遊んだ」で終わらせてしまう危険性がある。また単位時間内に複数のクラスに実習させる難しさを考えると、1回の実習を充実させる必要があることから、保育実習までの学習に体験的な活動を多く取り入れ展開していくことが必要であると考えた。これらのことから、次の点で指導展開を工夫することにした。

・保育の導入はこれまでの「青年期の生き方・性教育(自身の生き方)」から「保育の社会的問題を考える(社会の一員としての視点)」とする
・保育実習の位置づけは「保育分野の学習の前半(10時間目まで)」とする
・数少ない保育実習を充実させるために「体験的な活動」を取り入れた学習内容とする

イ 保育への関心を高める指導展開の進め方
 本研究においては、学習指導過程の段階を「把握」「追求」「理解」の三段階とする。「把握」段階では、保育の重要性について生徒の興味を喚起するために、子どもを取り巻く身近な社会問題を客観的にとらえる場面を設定する。「追求」段階では、課題を明確化するために、保育の社会的な課題の背景や親や社会の一員としての役割について、意見交換する中で自らの考えを深め、その考えを整理して他者に伝える発表の場面を設定する。「理解」段階では、体験に基づいた理解を図るために、保育実習による観察・交流場面を取り入れることとし、事前に視聴覚教材や体感教具を用いた観察場面を設定する。

(3) 保育への関心を高める指導展開の工夫についての基本構想図
 保育への関心を高める指導展開の工夫について、【図−1】のように基本構想図を作成した。

2 保育への関心を高める指導展開を工夫した指導試案

(1) 実態調査の分析と考察
 実態調査の分析と考察から、指導試案に生かしたことは、次のとおりである。

 (ア) 子どもとの触れ合いをイメージさせるために、実習先を撮影した視聴覚教材を作成する。
 (イ) 子どもとの交流内容(遊び)を考えさせるとともに、疑似体験の場を設定する。
 (ウ) 自ら知ろうとする意識をもたせるために、子どもに関する記事を収集させる。
 (エ) 保育への考えを深めるために、同世代・異世代との意見交換の場を設定する。

(2) 保育への関心を高める指導展開を工夫した指導過程試案
 高等学校家庭科において保育への関心を高めるために、指導過程試案を【表−1】のように作成した。

(3) 検証計画の概要
 【表−2】の検証計画に基づいて、指導過程試案の妥当性について検証する。

3 保育への関心を高める指導展開を工夫した学習指導案(省略)

4 保育への関心を高める指導展開を工夫した授業実践

(1) 指導試案に基づく指導計画
 ア 授業実践期間  平成12年9月14日〜10月5日
 イ 保育実習先   千厩小羊幼稚園(子育て支援を含む)
 ウ 指導計画(本研究11時間/20時間)

(2) 指導試案に基づく授業実践の概要
 授業実践の概要を示したものが、【資料−2】である。

5 実践結果の分析と考察

(1) 保育への関心の高まりに関する意識の変容状況

ア 知的好奇心の高まりに関する意識の変容状況
 知的好奇心の高まりに関する意識の変容については、【表−3】から、χ2 検定の結果、3項目で有意差が認められた。設問1「保育分野の学習への関心」と、設問4「子どもへの触れ合いの意識」、設問5「子どもの心身の発達への関心」は、いずれも事前調査で半数がマイナスの反応であったのに対して、事後調査では8割以上がプラスの反応に変化し、マイナス反応への変化が全く見られなかった。これは子どもと接することのなかった生徒が、直接・間接的体験をとおして子どもを知る機会となり「もっと知りたい」「もっと交流したい」という気持ちが表れたためと考える。
 また、設問2の「高校生が保育を学ぶこと」と設問3の「男女が共に保育を学ぶこと」の必要性については、χ2 検定の結果に有意差が認められなかった。これは事前調査の時点から、その必要性を感じる生徒が多かったためである。しかし、その必要性の程度は「どちらかというと、はい」の消極的なプラス反応であったのに対して、事後調査では積極的なプラス反応に変化していた。さらに、必要がないと答えた者は一人もなく、マイナス反応への変化も極めて少なかった。
 このことから、今回の授業実践によって、生徒の子どもへの関心の意識は育てられ知的好奇心は高まったと考える。

イ 学習課題の把握に関する意識の変容状況
 学習課題の把握に関する意識の変容については、【表−4】【表−5】から、自由記述の結果、事後調査の記述数が増していることがわかる。記述内容も事前調査では漠然とした内容を一語で記述したものが多かったのに対して、事後調査では「親のかかわり方が子どもの発達に影響する」などの理由を含んだ具体的な記述が多くなっている。これは、子どもと直接・間接的に接したことの他に、子どもを取り巻く現状や課題をとらえさせたことが生徒の印象に残っていたためと考えられる。
 このことから、今回の授業実践によって保育への学習課題を明確に意識することができたと考える。


(2) 体験的な活動を取り入れた指導展開に対する意識の推移
 【表−6】は、授業後の生徒感想文から体験的な活動への取り組み状況を見たものである。

 保育の導入段階となる1・2回目は殆どの生徒がプラスの反応を示している。このことから、社会問題を客観的に分析させたことは、親の役割や保育の重要性をとらえるうえで効果があったと考える。これは資料に近隣町村の虐待事件を提示したことや、乳児の記憶に関する映像を見せた後に、親の愛情や接し方の必要性を扱ったことによるものと考えられる。また、記述しながら分析することによって、共通する原因が見えてきたことによる理解があったためではないかと考える。2回目の方がプラス反応が減少しているのは、個々に異なる資料を分析したことにより、より一層自分の考えが求められたことへの苦手意識の表れと考える。

 3回目の他者との意見交換から考えを深める授業では8割に近い生徒にプラス反応が見られた。これは、育児中の母親の講話を好意的に受け止めた結果であると考える。クラスメイトとの意見交換では、話し合いがスムーズに進まず、後半は教師主導となってしまった。これは、テーマが抽象的過ぎたことと、日常意見交換の場面が少なく、受け身の授業に慣れているためではないかと考える。

 5回目は遊びを介してどのように接するかについて話し合い、ロールプレイングでシミュレーションする授業であったが、マイナス反応が多くなっていることがわかる。これは子どもの様子や反応がイメージできず、班での話し合いが思いどおりには進まなかったことと、発表に対する羞恥心の表れではないかと考える。しかし、6・7回目の授業後に「班交流で役割があった方が積極的に活動できた」旨の感想が見られたことからも、シミュレーションやそのための準備や役割分担があったからこそ、保育実習当日は傍観する生徒が一人もいなかったものと推察する。

 4・6・7回目の授業ではいずれもプラス反応が9割を超えており、全体に関心や意識が高かったことがわかる。これは4回目の授業で「育児体感人形マイベビー」や実習先の映像を活用したことで、子どもの発達や遊びをより具体的にイメージすることができたからと考える。そして、6回目の保育実習で子どもの純粋な心に触れ、素直に楽しめたことや、その様子を7回目の授業でビデオ映像から客観的に振りかえった際に、全員が生き生きとした優しい表情で子どもに接していた姿が、印象強く写っていたためと考えられる。

 また「自己評価から見た学習内容への関心度」(詳細省略)においても、6・7回目の学習への関心が特に高い状況にあったことから、保育実習を学習のまとめの段階ではなく、学習の前半で取り入れることがその後の学習意欲につながり、効果的であると考える。

(3) 抽出生徒の意識の変容状況
 【図−3】【図−4】は、実践前から最も保育への関心が高いA子と、対称的に最も関心の低いB男の意識の変容を、事前・事後のイメージマップ調査から比較したものである。

 A子は日常家族として子どもと接していることから、事前調査の段階から「子どもの発達段階」や「家族としての愛情」を示す記述内容が見らた。事後調査では同じ言葉が何度か使われているが、記述数が24個から59個と増加しており、記述内容も「親の愛情や平和」「子どもの行動や表情」など学習から得られた内容が増し、保育へのイメージが広がっていることがわかる。
 B男も記述数が4個から16個と増加している。記述内容も事前調査では「がきの面倒、泣く、うるさい」と否定的であったのに対して、事後調査では「かわいい、成長が楽しみ、親の愛情、親の接し方で子どもが変わる」などの肯定的な言葉に変化している。また「よく寝る、友達と一緒に遊ぶ」など学習から得られた内容が加わっており、保育へのイメージが広がっていることがわかる。
 このことから、事前から最も意識の高かったA子と、事前の意識が最も低かったB男の両者にプラスの意識変化が見られたといえる。この変化は抽出した2名に特異な表れではなく、クラス全員に記述数の増加が見られ、記述内容も38名中34名に保育へのプラスイメージや関心の高まりを示す内容が見られた。

6 保育への関心を高める指導展開の工夫に関するまとめ

(1) 成果として考えられること

ア 子どもに関する社会問題の資料収集・分析によって、親のかかわり方や社会支援の必要性など環境を整えるべき周囲の役割の重要性を強く印象付けることができた。
イ 異世代との意見交換として、育児中の母親の話を聞かせたことは、子どもに対する親の思いや子育ての大変さを伝えることができ、保育への考えを深めるうえで効果があった。
ウ 保育実習先の映像を編集して教材とし、自分たちで遊びを考えさせることにより、保育実習での子どもとの触れ合いの場面で適切にかかわろうとする意識につなげることができた。
エ 保育実習を学習のまとめの段階ではなく、学習の前半で取り入れたことは、子どもへの関心やその後の学習への知的好奇心を高めるうえで効果があった。
オ 保育実習での積極的な取り組みの映像を編集し、客観的に振りかえる活動に活用したことは、これからの子どもとの触れ合いの場面で適切にかかわろうとする意識を高めるのに効果があった。

(2) 課題として考えられること

他者との意見交換を活発にするためには、テーマの絞り込みと意見を整理する学習プリントの更なる工夫が必要である。

X 研究のまとめと今後の課題

1 研究のまとめ
 この研究は、保育への関心を高める指導展開の在り方を明らかにし、高等学校家庭科の指導の充実に役立てようとするものであった。その結果、今回の授業実践は産業技術科(工業系)のクラスを対象としたが、体験的な活動を取り入れた指導展開の工夫は、保育への関心を高めるのに効果があったと考える。また、直接的な体験学習の機会を早い段階で取り入れ、子どもに対する関心を高めることが、次の学習への知的好奇心や意欲につながることを確認できた。

2 今後の課題
 保育への関心の高まりが、実生活の中で長く持続するように、自己教育力を高めていくとともに、地域の保育施設に高校生の子どもとの触れ合いの必要性を働きかけ、保育実習の場を確保していく必要がある。


【主な参考文献】
文部省 「高等学校学習指導要領」 大蔵省印刷局 1999年
文部省 「高等学校学習指導要領解説 家庭編」 開隆堂出版 2000年



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