岩手県立総合教育センター研究集録(2001)


道徳的価値の自覚を深める道徳の時間の指導の在り方に関する研究

−日常生活における行動とその時の意識を記録した道徳ノートの活用をとおして−

石鳥谷町立石鳥谷小学校 教諭 千 葉 美 紀


T 研究目的

 道徳教育は学校の教育活動全体を通じて道徳性を養うことを目標としている。その目標を受けて、道徳の時間では、計画的、発展的な指導によって学校の教育活動全体を通じて行う道徳教育を補充、深化、統合するとともに、道徳的価値の自覚を深め、道徳的実践力を育成することをねらいとしている。特に、自分とのかかわりで道徳的価値をとらえ、自分なりに発展させていく道徳的価値の自覚を深めることが重要であると考える。
 道徳の時間における児童の実態をみると、資料の主人公に共感したり批判したりしながら道徳的価値に迫ることはできているものの、資料から抜け切ることができなかったり自分のこととして考えることができなかったりして十分に道徳的価値を把握しているとは思われない。これは、これまでの指導において、児童が学んだ道徳的価値を自分自身の日常生活と結びつけながら自覚を深めていくための手だてが十分でなかったことによると考えられる。
 このような状況を改善していくためには、日常生活における行動とその時の意識を記録した道徳ノートを活用し、学んだ道徳的価値とそれまでの自他の生活経験とを対比して考えさせるような学習活動を工夫することにより、児童が道徳的価値を自分とのかかわりでとらえ、自分なりに発展させていくことができるようにする必要がある。
 そこで、本研究では、小学校道徳の時間において日常生活における行動とその時の意識を記録した道徳ノートの活用をとおして、児童が道徳的価値の自覚を深めることができる指導の在り方を明らかにし、道徳の時間の指導の充実に役立てようとするものである。

U 研究仮説

 道徳の時間の指導において、日常生活における行動とその時の意識を記録した道徳ノートを活用する学習活動を以下のように行えば、道徳的価値の自覚を深めることができるであろう。
  (1) 道徳ノートに記録した生活経験と道徳的価値を対比させ、考えたことを書かせる。
  (2) 自他の考えを聴き合い対比させ、気づいたことを道徳ノートにまとめさせる。

V 研究の内容と方法

1 研究の内容
 (1) 道徳的価値の自覚を深める道徳の時間の指導の在り方に関する基本構想の立案
 (2) 道徳的価値の自覚を深める道徳の時間の指導の在り方に関する実態調査及び調査結果の分析と考察
 (3) 道徳ノートを活用した指導試案の作成
 (4) 指導実践及び実践結果の分析と考察
 (5) 道徳的価値の自覚を深める道徳の時間の指導の在り方に関する研究のまとめ

2 研究の方法
 (1) 文献法   (2) 質問紙法   (3) 指導実践

3 授業実践の対象
 石鳥谷町立石鳥谷小学校 第6学年 1学級 (38名)

W 研究結果の分析と考察

1 道徳的価値の自覚を深める道徳の時間の指導の在り方に関する基本構想

(1) 道徳的価値の自覚を深めることについての基本的な考え方

ア 道徳的価値の自覚を深めることの意義
 道徳教育の目標は道徳性を養うことである。そのためには、道徳的価値にかかわって道徳的心情や判断力、実践意欲や態度などをはぐくみ、それらが一人一人の内面に自分の生き方の指針として統合されていくようなはたらきかけを必要とする。道徳の時間は、そのはたらきかけのかなめとして学校教育全体にわたって学習した道徳的価値を人間としての在り方や生き方という視点からとらえなおし、自分のものとして発展させていこうとする時間の役割を担っている。すなわち、道徳の時間においては、道徳的価値を受動的にとらえさせるのではなく、主体的に自覚を深めさせていくことが道徳性を養ううえで不可欠であり、重要である。

イ 道徳的価値の自覚を深めることについてのとらえ方
 道徳的価値の自覚を深めるとは、道徳的価値を正しく理解し、自分とのかかわりでとらえ、自分なりに発展させていくことである。本研究では特に「自分とのかかわりでとらえる」段階と「自分なりに発展させる」段階を取り上げて、各段階での児童の意識を【表−1】のように考えた。
 児童は、「自分の道徳的価値に対する考え方に気づこう」とすることで、道徳的価値を自分とのかかわりでとらえることができると考える。そして、「他者の道徳的価値に対する考え方を生かそう」とすることが加味されて、「自分の道徳的価値に対する考え方を高めよう」という意識が生まれ、道徳的価値を自分なりに発展させていくことができると考える。
 以上のことから、本研究で考える道徳的価値の自覚の深まった児童の姿を、「自分自身を見つめ直し、よりよい生き方をめざそうという思いをもつ児童」ととらえた。

(2) 日常生活における行動とその時の意識を記録した道徳ノートについての基本的な考え方

ア 日常生活における行動とその時の意識を記録した道徳ノートを活用することの意義
 日常生活における行動とその時の意識とは、ねらいとする道徳的価値にかかわっての日常的な出来事における行動とその時に感じたことや考えたことなどである。この道徳ノートは個人ノートであり、授業前一週間程度記録し、道徳の時間の指導に活用する。そのことにより、次のような利点から意義があると考える。

資料から道徳的価値について学んだ後で自分自身をふり返るとき、具体的な経験想起が容易になる。
行動と意識を分けて書かせることにより行動の原動力となっている意識に気づき、より深く自分自身を見つめることができる。
書くという活動を取り入れることで、今まで心にとめなかったことに気がつくことができたり、自分自身の心の変化を見つめたりすることができる。

イ 日常生活における行動とその時の意識を記録した道徳ノートの活用の仕方
 本研究では、道徳的価値の自覚を深めるために、日常生活における行動とその時の意識を記録した道徳ノートを活用し、「自分とのかかわりでとらえる」段階と「自分なりに発展させる」段階に次の三つの活動を取り入れることとする。

(ア) 自分をふり返る活動
 これは、資料を使って理解した道徳的価値に対比して道徳ノートに記録した生活経験を読み返させ、気づいたことを同じ道徳ノートに書く活動である。この活動により、今までの自分の行動と意識を学んだ道徳的価値とつなげて考えようとし、自分の道徳的価値に対する考え方に気づいていくことが可能になると考える。

(イ) 聴き合う活動
 これは、道徳ノートに書いたことをもとにして自分の考えを述べ、相手の考えを聴く場として設定する活動である。この活動により、他者の道徳的価値に対する考え方との相違に気づき、自分の考え方に生かしていこうという思いをもたせることができると考える。

(ウ) 自分の考えをまとめる活動
 これは、他者のいろいろな考えを知った後で授業をふり返り、自分の道徳的価値に対する考え方を見つめ直し、感じたことや考えたことを道徳ノートに書く活動である。(ア)、(イ)の活動をふまえて行うこの活動により、今の自分を確かめることができ、自分の道徳的価値を高めていこうという自己課題や意欲が見い出せると考える。

(3) 道徳的価値の自覚を深める道徳の時間の指導の在り方についての基本構想図
 これまで述べてきた基本構想についてまとめたものが、【図−1】の基本構想図である。

2 道徳的価値の自覚を深める道徳の時間の指導の在り方に関する実態調査及び調査結果の分析と考察
 実態調査の結果の分析から明らかになった課題は、次の三点である。

(1) 生活経験を記録させることにかかわっての課題
 児童の目的意識を喚起させ、苦手意識をもつ児童に対しては、特に支援していく必要がある。
(2) 対比しながら考えさせていくことにかかわっての課題
 聴き合う活動をさせる際にポイントを提示するなど工夫を取り入れて指導していく必要がある。また、周りの人の反応が学習意欲に強く結びついているので、認め合う雰囲気作りをすることがより有効な学習活動につながると考える。
(3) 自分の考えをまとめて書かせることにかかわっての課題  
 何を書くか、どのように書くかについての細かな提示が必要である。書く活動のよさを取り入れていくために児童が苦労せずに書くことができるような支援が必要であると考える。

3 道徳ノートを活用した指導試案

(1) 道徳ノートを活用した指導試案作成の観点
 基本構想及び実態調査の分析から明らかになった課題を解決するために、次の観点から道徳ノートの活用を取り入れた指導試案を作成することにする。
 ア 事前指導の場では、児童が日常生活のなかで道徳的価値について記録していける場の設定を工夫する。
 イ 「自分をふり返る」活動では、一人一人に自分の考えをもたせる工夫をする。
 ウ 「聴き合う」活動では、自他の考えを対比させ、認め合う場の工夫をする。
 エ 「自分の考えをまとめる」活動では、児童一人一人が道徳的価値に対する考え方を高められる工夫をする。

(2) 道徳ノートを活用した指導試案

ア 道徳ノートを活用した指導の具体的な手だて

(ア) 事前指導の場で

@  授業前一週間、帰りの会の中でねらいとする道徳的価値にかかわる出来事をふり返る時間をとる。
A  ねらいとする道徳的価値にかかわってどんな場面を書くのかを具体的に提示する。
B  日常観察のなかで教師が関心を促しながら、書けない児童に対して個別に支援を行う。

(イ) 「自分をふり返る」活動の具体的な指導の手だて

@  【図−2】のような「心のものさし」と表現する直線を用い、学んだ道徳的価値にてらして今までの心の在りようの位置に印を付けさせる。
A  その位置にした理由を自由記述で書かせ、今までの自分をふり返らせる。

(ウ) 「聴き合う」活動の具体的な指導の手だて

@  聴く時のポイントを提示して自他の考えを比べられるよう にする。
A  相手の考えを聴いた後で感じたことや考えたことなどを相手に話し、相手の考えに対する自分の考えをはっきりさせるとともに相手の考えを認めようとする雰囲気を作る。
B  ペア学習で行い、終わったところから相手を探して、またペアを作って聴き合いを広げる。

(エ) 「自分の考えをまとめる」活動の具体的な指導の手だて

@  これからの自分を考えて今日の学習をふり返るようにさせる。
A  書いたものには目をとおし、励ましの言葉や助言などを行い、道徳的実践力に結びつけていけるように支援する。

イ 道徳ノートを活用した指導試案の作成
 これまで述べてきたことをもとにして、道徳ノートを活用した指導試案を【表−2】のように作成した。

(3) 検証計画
 指導実践をとおして指導試案の妥当性をみるために、授業記録や道徳ノートの記述から各段階における道徳的価値の自覚の深まりについての意識の状況を分析、考察するとともに、道徳的価値の自覚の深まりの意識の変容状況について事前と事後に調査を実施して検証する。

4 指導実践及び実践結果の分析と考察

(1) 指導実践に基づく指導計画
 ア 指導計画(省略)   イ 授業展開案(省略)

(2) 指導試案に基づく指導実践(太枠の中は、指導の手だてにかかわる学習である。)

(3) 実践結果の分析と考察

ア 各段階における道徳的価値の自覚の深まりについての意識の状況

(ア) 自分の道徳的価値に対する考え方に気づこうとする意識の変容状況
 【表−3】は、児童が自分の道徳的価値に対する考え方に気づこうとしているかについて、自分をふり返る活動における道徳ノートの記述内容をもとにして、観点別に分類したものである。
 【表−3】から、二時間目以降は全員が記述できるようになったことがわかる。また、三時間をとおして、道徳的価値の問われる場面を具体的に思い出し、その行動をとった動機となる意識についてもふり返ることができたと思われる児童が増えている。
 これは、児童が事前に記録したことを読み返すことにより、道徳的価値を問われる場面が自分の身近なところにもあると気づくようになったことと、心のものさしの位置の根拠を考えることにより、道徳的価値に対してより望ましい思考をめぐらせるようになったことを示していると考えられる。
 以上のことから、生活経験と学んだ道徳的価値と対比させることは、道徳的価値の問われる場面を日常生活の具体的な場面と結びつけ、今までもっていた道徳的価値に対する考え方に気づこうとする意識を高めることにつながっていったと考えられる。

(イ) 「自分なりに発展させる」段階の道徳的価値の自覚の深まりについての意識の状況
 【資料−1】は、児童が、他者の道徳的価値に対する考え方を生かそうとしているかについて、第三時の聴き合う活動の授業記録を分析したものの一部である。
 C2は、C1の「本当はうれしい」という気持ちを聞くことにより「今度はがんばってみます」という意欲につながっている。C3は、「協力する機会が見つけられない」というふり返りだったが、聴き合い活動をとおして「ものを貸してあげたりでもいいんだ」など具体的場面を見つけてきている。
 これらのことから、自他の考え方を対比させる聴き合う活動は、児童が、自分の道徳的価値に対する考え方を問い直すことに効果があると考えられる。これは、他者と考えを交流し、認められたり励まされたりしたことの結果であると考える。しかし、他者の考え方を積極的に取り入れようとする姿はまだ十分でないと思われる。これは、聴き合う活動の目標である「ちえを出し合い、励まし合う」ということが十分理解されないまま活動が進んでしまったことと、価値把握の場面で道徳的価値を画一化してしまったために自分なりの考え方を出せなくなってしまった児童がいたことによるものと考える。

 【表−4】は、児童が道徳的価値に対する考え方を高めようとしているかについて、自分の考えをまとめる活動における道徳ノートの記述内容をもとにして、観点別に分類したものである。
 これを見ると、授業のなかで学んだことや感じたことを生かしていこうという意志や希望、そのための自己課題の把握が感じられる記述をしている児童が増えている。また、三時間目では自己課題を把握したうえで生活に生かしていこうという意志や希望の記述をしている児童が増えている。これらの児童の考え方は、道徳的価値を自分なりに発展させていこうという方向を示した内容であると考える。
 以上のことから、自他の考えを聴き合って対比させた後で気づいたことをノートに書かせることは、自己課題を見いださせることになり、自分の道徳的価値に対する考え方を高めようとする意識につながっていったと考えられる。

イ  道徳的価値の自覚を深める道徳の時間についての意識の変容状況
 【表−5】は、児童の道徳的価値の自覚の深まりについて、χ2 検定(変化の検定)を用いて指導実践の事前と事後の変容状況をまとめたものである。
 【表−5】から、設問1、2の「自分の道徳的価値に対する考え方に気づこうとする意識」にかかわる問いで、有意差が見られた。また、設問5、6の「自分の道徳的価値に対する考え方を高めようとする意識」にかかわる問いでも有意差が見られた。
 しかし、設問3、4の「他者の道徳的価値に対する考え方を生かそうとする意識」にかかわる問いでは有意差が見られなかった。聴き合い活動について児童は、「楽しい」「他の人の考えが分かって良かった」等の感想をあげている。これは、相手の考えをしっかりと聴き、何かを感じ取ることはできてきているが、聴き合う活動の目的を十分に理解せずに自分の考えとの共通点や相違点を理解するだけにとどまり、積極的に他者の考え方を生かしていこうとするには、至らなかったものと思われる。

5 道徳的価値の自覚を深める道徳の時間の指導の在り方に関するまとめ

(1) 成果として考えられること

 事前に行動とその時の意識を道徳ノートに記録して、道徳の時間の中で「生活経験と道徳的価値を対比する」ことにより、日常生活の中の道徳的価値の問われる場面を具体的に思い出すことが可能になり、自分の道徳的価値に対する考え方に気づくことができるようになること
 「聴き合う活動により自他の考えを対比する」ことにより、お互いの考え方について励まし合うことや教え合うことが可能になり、自分の道徳的価値に対する考え方を問い直すことができるようになること
 「自分をふり返った後で自他の考えを対比させ、気づいたことをまとめる」ことにより、今の自分を確かめて今後の課題や希望をもつことが可能になり、自分の道徳的価値に対する考え方を高めようとすることに役立つこと

(2) 課題として考えられること

 道徳ノートに記録させることが授業者のねらいとすることに絞られており、児童にとっての必要から生まれた活動となっていないこと
 聴き合う活動において多様な考え方を理解し合うための「聴く」という活動がお互いの共通点や相違点をさがすだけに終わってしまっていることが多いこと

 以上のことから、道徳の時間において、日常生活における行動とその時の意識を記録した道徳ノートを活用し、学んだ道徳的価値とそれまでの自他の生活経験とを対比して考えさせるような学習活動を行うことは、道徳的価値の自覚を深めることに効果があるものと考える。

X 研究のまとめと今後の課題

1 研究のまとめ
 この研究は、日常生活における行動とその時の意識を記録した道徳ノートを活用した道徳的価値の自覚を深める道徳の時間の指導の在り方を明らかにし、道徳の時間の指導の充実に役立てようとするものである。そのために、道徳的価値の自覚を深める道徳の時間の指導の在り方についての基本構想に基づき、指導試案を作成し指導実践を行った。その指導実践の結果に基づき、指導試案の妥当性を検討し、道徳的価値の自覚を深める道徳の時間の指導の在り方についてまとめることができた。

2 今後の課題
 本研究を今後、より生かすための改善点として以下の二点が考えられる。
(1) 道徳ノートの記録の題材と資料の在り方についての検討を行う必要がある。
(2) 多様な見方・考え方を理解し合い、共有し合う聴き合いの活動をどのように充実させていくかについて工夫する必要がある。

【主な参考文献】
押谷由夫著 「新しい道徳教育の理念と方法」 東洋館出版社 1999年


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