岩手県立総合教育センター研究集録(2001)


高等学校生物において科学的な自然観を育てる生物教材の開発に関する研究

−ダイズの生物現象を総合的にとらえさせる観察、実験を中心に−

岩手県立盛岡南高等学校 教諭 及 川 晃 貴


T 研究目的

 高等学校生物の学習では、生物や生物現象の観察、実験を行い、自然に対する関心や探究心を高め、科学的な自然観を育成することを目標としている。そのためには生徒自身が、身近な生物とかかわりをもち、生物の多様な生物現象を観察、実験をとおして探究し、総合的な理解を深めることが大切である。
 しかし、観察や実験は項目ごとに特定の生物教材を活用する傾向にあり、そこで扱った個々の生物現象を生徒はそれぞれ個別なものととらえてしまうことが多い。そのため、学んだ様々な生物現象が、多くの生物に共通して見られ、また、互いに関連性をもつ現象であることについて十分に理解されていない状況にある。
 このような状況を改善するためには、一つの生物が多様な生物現象に支えられながら生きていることへの理解を深め、その仕組みやはたらきを生物学的に探究できる教材の開発が必要である。中でもダイズは生徒にとって身近で栽培もしやすく、酵素、同化、共生をはじめとする各種の観察や実験を可能とする生物教材になり得ると考える。
 そこで本研究では、科学的な自然観を育てるため、ダイズを用いた教材の開発を行い、授業実践をとおして生物現象を総合的にとらえさせる教材としての有効性を明らかにすることによって、高等学校生物の学習指導の改善に役立てようとするものである。

U 研究仮説

 高等学校生物の学習において、酵素、同化、共生などの各種の観察や実験を可能とする生物の例として、ダイズを用いた教材を開発し系統的に活用すれば、一つの生物が多様な生物現象を行っていることに対する関心や探究心が高まり、生物現象を総合的に理解でき、科学的な自然観が育つであろう。

V 研究の内容と方法

1 研究の内容
 (1) 高等学校生物において科学的な自然観を育てる生物教材の開発に関する基本構想の立案
 (2) 基本構想に基づく指導試案の作成
 (3) 基本構想に基づく生物教材の開発
 (4) 授業実践及び実践結果の分析と考察
 (5) 高等学校生物において科学的な自然観を育てる生物教材の開発に関する研究のまとめ

2 研究の方法
 (1) 文献法   (2) 質問紙法   (3) テスト法   (4) 授業実践

3 授業実践の対象
 岩手県立盛岡南高等学校 第3学年 生物選択者(男子15名 女子26名 計41名)

W 研究結果の分析と考察

1 高等学校生物において科学的な自然観を育てる生物教材の開発に関する基本構想

(1) 科学的な自然観を育てることについての基本的な考え方

ア 科学的な自然観を育てることの意味
 高等学校学習指導要領解説・理科編では、科学的な自然観を育成することは「理科全般にわたっての究極の目標」であり、そのためには、自然に関わる基礎的・基本的な学習を行って原理・法則を理解し、「自然の仕組みやはたらきについて分析的かつ総合的に考察する態度を養う」こととしている。
 生物分野においては、生物や生物現象の探究を行うとき、個別の要素に着目して分析することが必要であると同時に、個々の生物や生物現象がそれぞれ単独ではなく相互に関連し合っている点を重視して総合的に物事を見て考察することが大切である。本研究では、生物現象を総合的にとらえる探究活動の過程において次の三つの力が高まり、その結果、科学的な自然観が育つと考えた。

 これら三つの力が高まると、「自然界の様々な事象を科学的に考察する能力と態度が育つ」ことになると考える。本研究では、このような生徒の状態を「科学的な自然観が育った姿」と考える。

イ 科学的な自然観を育てる探究活動の展開
 ある探究活動を成功させるためには、それまでにいくつかの探究活動を行い成功させていることを前提としているのが一般的である。このような系統性は理科の学習の根幹をなすものであり、中でも生物現象の探究活動は、前項の三つの段階において、次のように系統的に行う必要があると考える。

(ア)  第一段階・・・生物現象の多様性を探究する
 生物現象とは、生物が「生きている証拠となる現象」であり、呼吸、生殖、遺伝、被刺激性などがある。この多様性の認識は、様々な生物を肉眼で観察したり、さらに微小なものはルーペや顕微鏡を活用して観察したりするなど実践を積み重ね、自らの五感で認知することで深まると考える。
(イ)  第二段階・・・生物現象の共通性を探究する
 多様性の認識が深まると、生物現象が果たす役割についていくつかの項目に分類できることに気づく。さらに温度などの外部環境の設定を変えたり教材生物を複数設定するなどして探究し分析的に考察することで、生物現象が様々な生物に共通して存在する現象であることの認識が深まると考える。
(ウ)  第三段階・・・生物現象の普遍性を探究する
 複数の探究活動を積み重ねながら生物現象の多様性、共通性の認識を深めていき、さらに生物現象相互の関連性を総合的に考察することで、その現象がすべての生物の生命を支える普遍的な現象であることの認識が深まり、科学的な自然観の育成につながると考える。

(2) 科学的な自然観を育てる生物教材を開発する意義

ア 生物分野における観察、実験教材の現状と教材開発の必要性
 生物分野における観察、実験教材は、生物現象の多様性と共通性の二点を同時に理解させるという視点に立って開発する必要があると考える。現状では、一つの生物が行う複数の生物現象の観察などをとおして、生物現象相互の関連性を探究し、その共通性を理解させる教材は不足していると考える。したがって、生物現象を総合的に探究し得る身近な生物を用いて、生物教材を開発する必要がある。

イ 観察、実験における生徒の状況
 生徒は、観察や実験に対し高い興味、関心を示す。しかし生徒は、データを分類したり集計してグラフ化したりするといった様々な視点から考察するという態度が不足がちである。したがって、教材の設定と活用にあたっては、個々の現象を総合的に考察させることができるよう工夫する必要がある。

(3) ダイズの生物現象を総合的にとらえさせる観察、実験の意義

ア 生物現象を総合的にとらえさせる生物教材の条件
 多様性と共通性の両面から生物現象の仕組みとはたらきを探究でき、生物現象を総合的にとらえさせる教材になり得る生物の条件を次のように設定した。

イ 生物現象を総合的にとらえさせる生物教材としてのダイズ
 この研究では、前項の条件を満たす生物としてマメ科植物の「ダイズ」を選定し、その生育過程に対応した観察、実験項目を数多く設定し、系統的に探究活動を実践することとして教材化を行った。

(4) 科学的な自然観を育てる生物教材の開発に関する基本構想図
 科学的な自然観を育てる生物教材の開発に関する基本構想図を【図−1】のように作成した。

2 基本構想に基づく指導試案の作成

(1) 指導試案の概要

ア 指導目標
 ダイズを用いた教材を開発し活用することにより、一つの生物が多様な生物現象に支えられながら生きていることへの理解を深め、その仕組みやはたらきを生物学的に探究することで、生物現象を総合的にとらえさせる。

イ 指導計画への位置付け
 生物T、生物Uの全単元の中から、ダイズを生物教材として活用することが可能な単元・学習項目を設定し、指導計画に位置付けた。その内容を【表−1】に示す。

(2) 指導の展開

ア 指導試案
 基本構想に基づく指導試案を、【表−2】に示す。この指導試案は複数の単元にわたる内容であり、学習活動の項目ごとにそれぞれ該当する単元の中で学習指導を展開するところであるが、今回は連続した6時間の授業として指導内容をまとめた。

イ 観察・実験資料の作成
 基本構想に基づく指導試案から、各時に生徒が使用する「観察・実験資料」及び「レポート用紙」を作成した。

(3) 検証計画
 【表−3】に検証計画の概要を示す。

3 基本構想に基づく生物教材の開発

(1) 生物教材としてのダイズ

ア ダイズの特徴
 マメ科植物の「ダイズ」は播種から収穫に至るまで、生育の様々な過程で観察、実験に活用することが可能である。ダイズを生物教材とした探究活動のイメージ図を、【図−2】に示す。病害虫に強く肥料分の少ない土壌でも育つので、学校管理下の環境でも栽培がしやすいと考える。さらに、私たちの生活に身近な食用植物(普通作物)であり、生徒になじみやすい生物の一つである。

イ 小学校、中学校の学習内容との関連
 小学校の理科や生活科、中学校理科、総合的な学習の時間で、ダイズを素材や教材として活用している例が多く見られ、小学校、中学校での学習指導を基礎にして授業を進めることが可能な場合も考えられる。

ウ 高等学校他教科との関連
 農業や貿易とのかかわりを視野に入れ、地理歴史科の科目と関連をもちながら研究を進める場合も考えられる。また、ダイズはほとんどが加工して食用に供されるため、家庭科の食物分野との連携も大いに考えられる。ダイズの用途、加工について【図−3】に示す。

(2) 教材に適したダイズの品種選定

ア ダイズの品種選定
 岩手県央から宮城県北にかけて栽培されているダイズの中から、作付面積が大きくこの地域の主力品種となっているもので、さらに生育の速度(早晩性)も考慮に入れ、次の三種類を選定した。

イ 選定したダイズの栽培の様子
 教材を確保するため、選定した三種類のダイズを県立総合教育センターのガラス温室を使って実際に栽培した。その内容を【表−4】に示す。

ウ 教材として選定したダイズ品種の留意事項

(ア) サッポロミドリ
 極早生で7月にはエダマメとして、また、9月上旬にはダイズとして収穫でき、実験計画が立てやすい。短桿で狭いスペースを有効に活用でき、プランタでの栽培も可能である。

(イ) スズカリ
 成長した植物体の大きさはサッポロミドリとミヤギシロメの中間である。中生種で9月下旬以降に収穫できる。種子は45%のタンパク質を含み、タンパク質の検出や酵素の反応実験などで有効である。

(ウ) ミヤギシロメ
 晩生種で、早く播種しすぎるとかえって過繁茂や蔓化、倒伏が見られ、扱いが困難となるので注意する。植物体やダイズ種子が大きいので、好気呼吸の実験や酵素反応、ペーパークロマトグラフィー、ダイズ種子の環境変異の測定などダイナミックな反応が求められる観察、実験に有効である。

(3) 開発した教材の概要

ア 教材開発の視点
 本研究ではダイズの教材化にあたり、次の三つの視点から教材の開発に取り組んだ。
 (ア) 新たな探究活動の開発
 (イ) 生物教材の置き換え
 (ウ) 観察・実験器具の改良

イ 教材開発における問題点と解決方法
 教材開発の視点に基づき、指導試案に示した学習活動に沿って6時間分の観察、実験を設定したところ、教材にダイズを用いたことによるいくつかの問題点が発生した。そこで、予備実験を行い問題点に対する解決方法を探った。その内容を【表−5】に示す。

4 授業実践及び実践結果の分析と考察

(1) 授業実践の内容
 指導試案に基づく観察・実験資料を作成したうえで、次の授業を実施した。
  ア 実施期間  平成13年9月14日(金)〜10月5日(金)
  イ 実施形態及び実施時間

  ウ 授業実践の概要

(2) 結果の分析と考察

ア 科学的な自然観の育成状況についての分析結果
 【表−6】からt検定(平均の差の検定)の結果、テスト全体及び三つの観点のすべてに有意差が認められた。
 実践する力ではテストの平均点が、事前42.0点から事後87.2点に上昇している。生徒たちの観察、実験に対する主体的な取り組みの状況が、テスト結果にも表れていると考える。また、生徒には分析する力として、観察や実験で得られた内容をきちんと分類、整理、伝達する能力が備わってきたものと考える。考察する力については、さらに授業の時間配分を見直し、探究結果を様々な角度から検討し成果としてまとめる時間を十分に確保すれば、より一層の向上がはかれるものと考える。
 次に、同じテストを正答率及び有効度指数で分析した結果を【表−7】に示す。有効度指数はすべて50以上である。
 以上のことから、ダイズを用いた教材の開発と活用は、科学的な自然観の育成に効果があったと考える。

イ 生物現象に関する総合的な理解の状況についての分析結果

(ア) 生物現象の多様性の理解状況
 感想文から、生徒が生物現象の多様性の理解を深めたと考えられる記述内容を【表−8】に示した。ダイズという一つの生物が多様な生物現象を行っていることに対する驚きを率直に記述していることがわかる。

(イ) 生物現象の共通性の理解状況
 酵素、同化、異化、共生の四分野に関する五つの生物現象について記述式テストを事前・事後に実施した。【表−9】からt検定の結果、全項目で有意差が認められた。それぞれの生物現象を断片的な字句の羅列だけで表現していた生徒が、授業実践をとおしてその現象が生物共通の特性であることの理解を深め、互いに関連付けながら記述できるようになった。特に、高等学校で初めて学習する「窒素同化」「根粒菌による窒素固定」の二項目について有意差が認められたことは、ダイズを教材として用いた効果が大きいことを示していると考える。

(ウ) 生物現象の普遍性の理解状況
 感想文から、生徒が生物現象の普遍性の理解を深めたと考えられる記述内容を【表−10】に示した。探究活動をとおして、生物現象が生物の生命を支えていることを深く認識した様子がわかる。

ウ 生物の学習に関する意識の変容状況
 生物の学習や観察・実験に関する意識、教材として使用したダイズについての意識、さらに広く自然現象に対する興味について、質問紙を作成し事前・事後に調査した結果を【表−11】に示した。

(ア) 生物の授業に関する意識と観察、実験との関係
 生物の授業に対する意識は、プラス傾向を示す生徒が14人(34%)から38人(93%)となり、χ2検定(変化の検定)においても有意差が認められた。生物の授業に関する意識の自由記述のうち、事前のマイナス反応が、事後にプラス反応に変化した生徒の記述内容から五例を【表−12】に示す。
これらの生徒たちは一様に、実際に観察や実験に取り組むことで、教科書で学んだ内容を実感することができ、印象深く覚えることができることを述べている。

(イ) ダイズが多様な生物現象を行っていることに関する意識
 設問10で、ダイズに興味のある生徒は8人(20%)から26人(63%)に増加している。ダイズに興味をもった理由を、事後に自由記述させた内容を【図−4】にグラフでまとめた。興味をもった理由を「マメが生きていたから」とストレートに記述した生徒もあり、普段何気なく見過ごしているダイズに生命が備わっていることを強く認識したものと考える。
 さらに興味や関心をもった観察、実験名を回答させたところ、「根粒と根粒菌の観察」をあげた生徒が27人あった。全体の回答を【図−5】にグラフで示した。ある生徒は、ダイズと根粒菌が連携しながらタンパク質豊富なマメを作り、そのマメが様々なものに生まれ変わる(加工される)ことが新鮮な驚きであったと記述している。また感想文では21人(51%)の生徒が、根粒菌の観察が楽しかった、あるいは根粒菌の様子に驚いたと感想を述べている。

(ウ) 自然界の様々な事象に関する意識
 生徒自身が興味をもつ理科の研究テーマを【表−13】に示す。積極的に取り組んでみたいと答えた生徒は27人(66%)から35人(85%)に増加した。ダイズを教材に用いた授業がきっかけとなり、普段は隠れていた自然界の事象を探究したいとする意識が表出されたものと考える。

(エ) 学習に関する生徒の感想
 【表−14】は生物現象の観察、実験に「ダイズ」を取り入れた授業の生徒の感想である。ダイズの生物現象をとおして、生命の営みの大切さを深く認識したものと考える。

5 高等学校生物において科学的な自然観を育てる生物教材の開発に関する研究のまとめ

(1)  ダイズを用いた教材は、一つの生物が多様な生物現象を行っていることに対する関心や探究心を高め、生物現象を総合的に理解させるうえで有効であることが確かめられた。
(2)  開発教材を用いた探究活動は、実践する力、分析する力、考察する力を高め、自然界の様々な事象を科学的に考察する能力と態度を育成するうえで有効であることが確かめられた。
(3)  ダイズは、酵素、同化、共生をはじめとする各種の観察や実験が可能で、生物現象を総合的にとらえさせる教材として有効な生物であることが確かめられた。
(4)  教材生物によって喚起された生物や生物現象に対する生徒の興味や関心を、より効果的に生かす指導の在り方や教材の開発について、さらに工夫、改善をする必要がある。

 これらのことから、本研究で開発した教材を系統的に活用して授業をすることが、生徒の科学的な自然観を育てるうえで効果があることが確かめられた。

X 研究のまとめと今後の課題

1 研究のまとめ
 本研究は、科学的な自然観を育てる生物教材の開発を行い、授業実践をとおして生物現象を総合的にとらえさせる教材としての有効性を明らかにすることによって、高等学校生物の学習指導の改善に役立てようとしたものである。そのため、各種の観察や実験を可能とする生物の例として、ダイズを用いた教材を開発し系統的に活用するための指導試案を作成し授業実践を行った。その実践結果を、科学的な自然観の育成状況、生物現象に関する総合的な理解の状況、生物の学習に関する意識の変容状況の三点について分析し考察することによって、仮説の有効性を検証した。
 その結果、次の点について明らかにすることができた。

(1)  ダイズを用いた教材は、生物現象に対する関心や探究心を高め、生物現象を総合的に理解させるうえで有効であった。
(2)  ダイズを用いた教材は、高等学校生物の学習において科学的な自然観を育成するうえで有効であった。

2 今後の課題

(1)  今回取り組んだ探究活動について、よりダイナミックな反応を伴いながら的確な結果が得られるよう改善を加えていく。
(2)  今回、取り上げなかった他の分野の探究活動について、ダイズを用いた教材の開発を行う。

【参考文献】
文部省 「高等学校学習指導要領解説 理科編・理数編」 大日本図書 1999年
竹村重和・秋山幹雄著 「理科 重要用語300の基礎知識」 明治図書 2000年
生物実験書編集委員会編 「生物実験書2001」 岩手県高等学校教育研究会理科部会 2001年
岩本伸一・小木 守他著 「NEW PHOTOGRAPHIC 生物実験」 修文堂 1998年
小竹千香子著 「豆のひみつ−たのしい料理と実験−」 さ・え・ら書房 2001年
末松茂孝・三田村邦彦著 「図解 やさしい農業実験」 農業図書 1987年


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