岩手県立総合教育センター研究集録(2000)


知的障害養護学校初任者研修における児童生徒理解の在り方に関する研究

−コミュニケーション行動を理解するための研修資料とビデオ記録の活用をとおして−

岩手県立前沢養護学校 教諭 藤田 郁


T 研究目的

 知的障害養護学校には、意思をことばによって伝える子どもや身振りによって伝える子ども、表情によって伝える子どもなど、多様な児童生徒が在籍している。そのため、初任者には、一人一人の児童生徒の発するコミュニケーション行動を理解し、適切に対応することが求められている。
 しかし、初任者は、障害の心理特性にとらわれたり、児童生徒の問題と思われる行動に目を奪われたりするため、かかわり方が一方的になる傾向がある。これは、初任者が児童生徒一人一人の多様なコミュニケーション行動を理解することが難しかったり、どのように働きかけたらよいか戸惑ったりしているためと思われる。
 このような状況を改善するためには、児童生徒のコミュニケーション行動を観察するときの観点やコミュニケーションをとるためのかかわり方についての研修資料を作成し、それに基づいて初任者が実践を行うとともに、研究担当者が記録した実践のビデオを初任者が振り返りに活用することによって、児童生徒のコミュニケーション行動への理解を深め、適切な対応ができるようにする必要がある。
 そこで、この研究は、児童生徒のコミュニケーション行動を理解するための研修資料を作成し、初任者の実践を記録したビデオの活用をとおして、適切な対応の在り方を考え、知的障害養護学校初任者研修におけるコミュニケーションに関する児童生徒理解の在り方を明らかにし、初任者研修の充実に役立てようとするものである。

U 研究仮説

 知的障害養護学校初任者研修において、児童生徒のコミュニケーション行動を観察するときの観点やコミュニケーションをとるためのかかわり方についての研修資料を作成し、実践記録ビデオを用いた振り返りでの活用を図るならば、初任者の児童生徒のコミュニケーション行動への理解を深めることができ、初任者研修の充実に役立つであろう。

V 研究の内容と方法

1 研究の内容
 (1) コミュニケーション行動に関する児童生徒理解の在り方についての基本構想の立案
 (2) 初任者の児童生徒のコミュニケーション行動の理解についての実態把握
 (3) 初任者に対するコミュニケーション行動への理解を深めるための研修試案の作成
 (4) 児童生徒のコミュニケーション行動を理解するための研修資料の作成
 (5) 指導実践
 (6) 実践結果の分析及び考察
 (7) 知的障害養護学校初任者研修におけるコミュニケーション行動に関する児童生徒理解の在り方についてのまとめ

2 研究の方法
 (1) 文献法  (2) 質問紙法  (3) 観察法  (4) 指導実践

3 研究の対象
 県内養護学校  初任者2名

W 研究結果の分析と考察

1 コミュニケーション行動に関する児童生徒理解の在り方についての基本構想

(1) 知的障害養護学校におけるコミュニケーション行動に関する児童生徒理解の基本的な考え方
 知的障害養護学校においては、児童生徒一人一人の障害の状態や発達段階が異なっているため、教師には個個の児童生徒の実態を的確に理解し、それに応じたきめ細かな指導を行うことが求められている。
 特にも、知的障害養護学校に在籍する児童生徒は、意思をことばによって伝える子どもや身振りによって伝える子ども、表情によって伝える子どもなど、一人一人が多様なコミュニケーション行動をとっているため、教師が個々の児童生徒のコミュニケーション行動を理解し、適切に応じていくことは、学校生活全般にわたる指導の基盤となる大切なことである。
 コミュニケーションとは一般に「伝達」「交信」「意思の疎通」等と訳されるが、この研究では、「ことばあるいは他のさまざまな手段によって相互に意思を伝え合い、理解し合うこと」とおさえる。そして、コミュニケーション行動を「ことばあるいは他の手段によって意思を伝えようとする行為であり、他者からの働きかけに応じる行為」とおさえる。したがって、コミュニケーション行動には、表情や視線、指さし、身振りなどの非言語的なものも含まれると考える。
 このような立場から考えると、教師と児童生徒とのコミュニケーションが成立しない場合の原因を児童生徒側だけにみるのではなく、教師側の児童生徒のコミュニケーション行動のとらえ方やかかわり方について検討してみることが必要である。
 そのため、生育歴や発達検査の結果のみにとらわれることなく、児童生徒がどのような場面状況でどのようなコミュニケーション行動を行い、どのような意思を表しているのかを観察の中で的確に読み取る必要がある。そして、それに対する教師の応じ方が合っているかどうか、教師側の意図が児童生徒に伝わっているかなどを常に省みながら実践していくことが必要である。これにより、教師と児童生徒の間にコミュニケーションが確立していくものと考える。

(2) 知的障害養護学校初任者研修におけるコミュニケーション行動に関する児童生徒理解の基本的な考え方
 初任者は、障害の心理特性にとらわれたり、児童生徒の問題と思われる行動に目を奪われたりするため、かかわり方が一方的になる傾向があり、コミュニケーションが十分に成立していない状況が見受けられる。これは、初任者が児童生徒一人一人の多様なコミュニケーション行動を理解することが難しかったり、どのように働きかけたらよいか戸惑っているためと思われる。
 したがって、初任者研修においては、初任者が、児童生徒がどのようなコミュニケーション行動を行い、どのような意思を表しているのかを注意深く観察する姿勢を身につけ、それに対しての初任者自身のかかわり方が児童生徒にとってわかりやすいものであるかを振り返り、より適切な対応ができるようにしていくための研修が必要である。
 そこで本研究では、コミュニケーションについての基本的な考え方、児童生徒のコミュニケーション行動を観察するときの観点、コミュニケーションをとるためのかかわり方についての研修資料を作成し、それに基づいて初任者が授業実践を行う。そして、初任者が、その実践のビデオ記録を用いて、研修資料に示した観察の観点から児童生徒の行動を観察し、それに対する初任者自身のかかわり方を振り返り、研修資料に示した留意点を参考にしながら課題をとらえる。さらに、研究担当者(以下、「担当者」という)の指導をうけ、次の授業実践に生かしていく。ビデオ記録を研修資料に基づき視聴することは、授業中には見落としたり気付かなかったりした児童生徒の行動や初任者のかかわり方を、客観的に振り返るために役立つと考える。このような研修を積み重ねることにより、初任者の児童生徒のコミュニケーション行動への理解が深まり、適切な対応ができるようになり、初任者研修の充実を図ることができると考える。

(3) 知的障害養護学校初任者研修におけるコミュニケーション行動に関する児童生徒理解の在り方についての基本構想図
 知的障害養護学校初任者研修におけるコミュニケーション行動に関する児童生徒理解の在り方についての基本構想図は【図−1】のとおりである。

2 初任者の児童生徒のコミュニケーション行動の理解についての実態把握
 初任者の児童生徒(以下「生徒」という)のコミュニケーション行動の理解について、質問紙及び授業観察による調査を行い、その実態を把握した。
 その結果、次のようなことがわかった。
 初任者は、生徒の障害の重さや問題と思われる行動にとらわれているため、生徒の行動を細かく観察して意思を読み取ることが難しい。また、かかわり方が単調になったり障害が重度の生徒へのかかわりが消極的になったりする傾向がある。さらに、指導計画どおりに授業を進めることや生徒の障害の特性にとらわれすぎ、生徒の意思に応じてわかるようにかかわる意識が乏しい。そのためコミュニケーションがうまく成立しない状況にある。
 したがって、初任者研修においては、生徒のコミュニケーション行動の観察の仕方、コミュニケーションをとるためのかかわり方を身に付け、実践を振り返りながら、より適切な対応ができるようにしていくための研修が必要であると考える。

3 初任者に対するコミュニケーション行動への理解を深めるための研修試案の作成

(1) コミュニケーション行動への理解を深めるための研修試案作成の基本的な考え方
 実態調査から明らかになった研修課題を解決していくために、次の3点から研修試案を作成した。

ア コミュニケーションについての基本的な考え方、生徒のコミュニケーション行動を観察するときの観点、生徒とコミュニケーションをとるための教師のかかわり方という構成の研修資料を作成する。
イ コミュニケーションについての基本的な考え方、生徒のコミュニケーション行動の観察、生徒とコミュニケーションをとるための教師のかかわり方について、研修資料を使って研修を行う。
ウ 研修資料に基づき、生徒のコミュニケーション行動の観察、生徒とコミュニケーションをとるための教師のかかわり方について、授業実践とその実践のビデオ記録を用いた振り返りをとおしての研修を行う。

(2) コミュニケーション行動への理解を深めるための研修試案
 前記の考え方にしたがって作成した研修試案が【図−2】である。

(3) 研修計画
 研修試案に基づいて作成した研修計画が【表−1】である。

4 児童生徒のコミュニケーション行動を理解するための研修資料の作成

(1) 研修資料作成の意義
 研修試案に基づく研修資料を作成することは、次の点から意義のあるものと考える。

ア コミュニケーションについての基本的な考え方を明らかにすることによって、初任者が生徒とのコミュニケーション関係を築くための基本的な姿勢を身に付けることに役立つこと。
イ 生徒のコミュニケーション行動を観察するときの観点を示すことによって、初任者が生徒のコミュニケーション行動を観察し、意思を理解することに役立つこと。
ウ 生徒とのコミュニケーション関係を築くための教師のかかわり方の留意点を示すことによって、初任者が適切な対応ができるようになることに役立つこと。
エ 初任者が研修資料を授業実践とその実践のビデオ記録を用いた振り返りに活用することで、生徒のコミュニケーション行動への理解を深めることに役立つこと。

(2) 研修資料作成上の留意点
 コミュニケーション行動を理解するための研修資料は、次の点に留意して作成した。

ア 初任者が生徒のコミュニケーション行動への理解を深めるための参考となるよう、観察の観点ごとの具体的な内容、かかわり方の具体的な留意点を提示すること。
イ 初任者が、実践のビデオ記録を用いた研修資料に基づく振り返りを行うために、記録用紙の様式を提示すること。
ウ 初任者が、実践のビデオ記録を用いた研修資料に基づく振り返りで記録をするための参考となるような具体例を提示すること。

(3) コミュニケーション行動を理解するための研修資料の概要
 生徒のコミュニケーション行動を理解するための研修資料の概要は【表−2】のとおりである。

5 指導実践

(1) 研修資料を用いた研修
 コミュニケーションについての基本的な考え方、生徒のコミュニケーション行動を観察するときの観点、コミュニケーションをとるための教師のかかわり方について、研修資料を用いた研修を行う。

(2) 研修資料に基づく初任者の授業実践
 初任者が研修資料の「生徒のコミュニケーション行動を観察するときの観点」「生徒とコミュニケーションをとるための教師のかかわり方」に基づいて授業実践を行う。

(3) 授業実践のビデオ記録の撮影及び振り返りのための場面の抽出方法
 初任者の1単位時間の授業実践を担当者が撮影する。このとき、初任者がかかわっている生徒の行動とそれに対する初任者の対応の様子が入るように留意する。担当者は、研修資料に基づき、ビデオ記録の中で生徒と初任者のかかわりが見られる場面を2場面抽出する。抽出する1場面の長さは、初任者が生徒の行動の様子や自分自身のかかわり方を集中して観察しやすいように1〜2分程度とする。

(4) 実践のビデオ記録を用いた振り返り
 実践を記録した2つの場面のビデオを用いて、研修資料に基づく振り返りを行う。ビデオ記録は1つの場面につき、次の3つの視点から視聴させる。

ア 授業実践のどの場面を振り返るのかを確認するために1回視聴させる。
イ 生徒のコミュニケーション行動の様子に着目して2回視聴させ、研修資料に示した観察の観点にそっ て振り返りを行い記録用紙に記入させる。
ウ 生徒の行動に対する初任者のかかわり方に着目して2回視聴させ、振り返りを行い記録用紙に記入さ せる。

 以上のようにして、2つの場面の振り返りを行い、そこから明らかになった課題と担当者からの指導をふまえて次の授業実践を行う。

6 実践結果の分析及び考察

(1) 実践のビデオ記録を用いた研修資料に基づく振り返り記録の分析及び考察
 初任者が記入した、実践のビデオ記録を用いた研修資料に基づく振り返り記録を分析及び考察した。

ア A初任者の振り返り記録の分析及び考察
 A初任者の1回目(8月28日)の振り返り記録と担当者の指導は【表−3−1】、3回目(9月5日)の記録は【表−3−2】である。
 【表−3−1】の1回目の初任者の振り返りをみると、生徒が一生懸命課題に取り組んでいるのに対し、A初任者は早く課題をさせようと懸命に働きかけており、生徒の意思に応じたかかわりはあまりできていないことがわかる。【表−3−1】の感じたこと・気付いたことの欄には、生徒が理解できるように間を取ってかかわっていないことを書き、気をつけたいことの欄にはことばだけでなく「体を触ってほめるようにしたい」と書いている。これは、実践のビデオ記録を視聴し自分自身のかかわり方についての振り返りをすることにより、生徒にとってわかりやすいかかわり方の工夫が必要であることに気付いたものと考える。生徒のコミュニケーション行動の観察については【表−3−1】の感じたこと・気付いたことの欄に、表情や発声のほか、体の動きからも意思を読み取ることができたことを書いている。これは、実践のビデオ記録を視聴し、研修資料に示した観点から生徒の行動を振り返ることにより気付いたものと考える。
 【表−3−2】の3回目の初任者の振り返りをみると、生徒のコミュニケーション行動から「つまらない」「何をすればよいのかわからない」という意思を読み取り、それに応じてことばや身振りを使ったほめ方を工夫し、初任者の方へ視線を向けさせ意欲を引き出そうとしていることを書いている。また「先生がいる所へボールを転がそう」という生徒の意思に応じ、「ボールを転がして欲しい方向に座り、両手を差し出している」というように、生徒がどこにボールを転がしたらよいのかわかるようにかかわり方を工夫している。担当者も、A初任者が生徒にわかるようにかかわり方を工夫していることを評価している。【表−3−2】の気をつけたいことの欄には、生徒の表情が良くないときのことばかけの量を減らすなど、かかわり方の具体的な方策を書いている。これは、生徒の行動に応じたきめ細かなかかわりの大切さに気付いたものと考える。【表−3−1】と【表−3−2】を比べてみると、生徒の意思に応じてかかわっていると思われる記述が増えている。このことから、A初任者が生徒のコミュニケーション行動を注意深く観察し、意思を読み取る意識が高まってきたものと思われる。
 以上のことから、A初任者は、実践のビデオ記録を用いた研修資料に基づく振り返りにより、生徒の行動を注意深く観察し、生徒の意思に応じてわかるようにかかわろうという意識が高まったと考えられる。

イ B初任者の振り返り記録の分析及び考察
 B初任者の1回目(8月21日)の振り返り記録と担当者の指導は【表−4−1】、3回目(9月4日)の記録は【表−4−2】である。
 【表−4−1】の1回目の初任者の振り返りをみると、生徒は興味をもってカーテンを見たりめくったりしているが、B初任者の顔を見ることには抵抗を示していることを書いている。それに対するB初任者のかかわり方は【表−4−1】の感じたこと・気付いたことの欄に、生徒が抵抗を示しても単調なことばかけをしていることを書いており、生徒の意思に応じたかかわりは難しいことがわかる。担当者は、生徒が受け入れやすいような位置の取り方をアドバイスしている。【表−4−1】の感じたこと・気付いたことの欄には、ビデオ記録を視聴することにより生徒の表情がよくわかったこと,「生徒の行動を授業中とは違った角度からとらえることができた」ことを書き、気をつけたいことの欄に「生徒の反応に応じながら授業を進めたい」と書いている。このことから、B初任者はビデオ記録を用いた振り返りにより、生徒がさまざまなコミュニケーション行動をとって意思を表していることを認識し、コミュニケーション関係を築くには生徒の行動に応じたかかわりが必要であると気付いたものと思われる。
 【表−4−2】の3回目の初任者の振り返りをみると、生徒が興味をもってカーテンや初任者の影を見たりカーテンをめくったりしていることを書き、それに応じてことばや具体物の提示、握手など複数の手段を使い、生徒にわかりやすいかかわり方の工夫をしていることを書いている。また、教師の顔をひっかく、カーテンをめくらないという生徒の行動から「あんまり近付かないで」という意思を読み取り、【表−4−1】で担当者がアドバイスしたように生徒が受け入れやすいような位置の取り方の工夫をしている。担当者も、B初任者が生徒の行動に応じ生徒のペースに合わせてかかわっていることを評価している。【表−4−1】と【表−4−2】を比べてみると、生徒の意思に応じてかかわっていると思われる記述が増えている。これらのことから、B初任者が、生徒の意思に応じ生徒にとってわかりやすいかかわり方の工夫をするようになってきたことがわかる。また【表−4−2】の感じたこと・気付いたことの欄には、生徒の表情や視線をしっかり観察しながら取り組むことができたことを書き、気をつけたいことの欄にも表情や視線をもっと注意して観察したいことを書いている。このことから、B初任者は研修資料に示した観点から生徒の行動を観察することによって、意思を読み取ることができるという認識を深めたものと思われる。
 以上のことから、B初任者は、実践のビデオ記録を用いた研修資料に基づく振り返りにより、生徒の行動を注意深く観察し、生徒の意思に応じてわかるようにかかわろうという意識が高まったと考えられる。

(2) 指導実践後の授業観察結果の分析及び考察
 指導実践後の初任者の授業での生徒とのコミュニケーションの様子をまとめたものが【表−5】である。
 生徒のコミュニケーション行動の理解については、2名の初任者とも、実態把握のときは研修資料に示した6つの観点のうち1〜2つの観点で生徒の行動を観察していたが、指導実践後は4〜5つの観点で観察しており、研修資料に示された観点を生かし、注意深く観察するようになってきたことがわかる。これは、研修資料の「生徒のコミュニケーション行動を観察するための観点」に基づいて実践のビデオ記録を視聴し、生徒のコミュニケーション行動から意思を読み取る研修を行ったことにより、生徒のコミュニケーション行動の理解のためには、観察が重要であることを理解したものと思われる。
 かかわり方については、2名の初任者とも実態把握のときはことばや身体接触でのかかわりが多く、障害が重度の生徒へのかかわりが消極的な傾向がみられたが、指導実践後はことばのほかに、具体物の提示、指さし、身振り、表情、視線などを用いて積極的にかかわるようになっている。また、生徒が自分から行動を始められるように間を取ってかかわるようになり、生徒の意思に応じていると思われるかかわりが増えている。これらのことから、初任者は生徒の意思に応じて生徒にわかるようにかかわろうという意識が高まったものと考える。
 以上のことから、コミュニケーション行動の理解するための研修資料に基づき、授業実践と実践のビデオ記録を用いた振り返りを行う研修は、初任者が生徒のコミュニケーション行動への理解を深め、より適切な対応ができるようになることに役立ったと考えられる。

(3) 指導実践後の初任者の意識調査結果の分析及び考察
 指導実践後に初任者に対して行った質問紙による意識調査の結果をまとめたものが【表−6】である。
 B初任者は、研修資料の内容で新たに理解したこととして、観点をもって生徒の行動を観察することにより意思の読み取りができることを書いている。これは、研修をとおして研修資料の「生徒のコミュニケーション行動を観察するときの観点」についての認識を深めた結果と考える。
 ビデオ記録を用いた振り返りの感想には、A初任者は、新たに気付いたことや再認識したことがあったことを書き、B初任者は、授業中には見落としていた生徒の行動に気付いたことを書いている。これは、生徒の行動と教師のかかわり方という視点から実践のビデオ記録を視聴することにより、生徒の行動を的確にとらえ、自分自身のかかわり方を客観的に振り返ることができたものと考える。
 研修全体の感想に、A初任者は、振り返りにより自身のかかわり方の課題を認識し、次の実践に生かすことができたことを書いている。これは、実践のビデオ記録を振り返りに用いることが、生徒へのかかわり方を具体的にどのように改善したらよいのか明確にできる研修方法であることを示唆している。B初任者は、生徒のコミュニケーション行動の理解のためには教師側の読み取る力が大切であることがわかったと書いている。これは、授業実践と実践のビデオ記録を用いた振り返りにより、研修資料の「コミュニケーションの基本的な考え方」についての認識を深めた結果と考える。B初任者はさらに、生徒の表情の豊かさに気付き、生徒の行動を以前より理解できるようになったと書いている。このことから、授業実践と実践のビデオ記録を用いた振り返りは、初任者が児童生徒のコミュニケーション行動への理解を深める一助となったものと思われる。
 今後の課題として、A初任者は、指示には従っているが表情が良くないときの生徒の意思の読み取りの難しさを書き、B初任者は、教師の働きかけを拒否するときの生徒へのかかわり方と周囲の状況によるかかわり方の工夫の必要性を書いている。これは、研修をとおして、生徒の意思が読み取れない、かかわり方がわからないという漠然とした悩みが、具体的な場面に限定した悩みに変わってきたものと考える。
 以上のことから、コミュニケーション行動を理解するための研修資料に基づき、授業実践と実践のビデオ記録を用いた振り返りを行う研修は、初任者が生徒のコミュニケーション行動への理解を深めるうえで役立ったと考えられる。

3 知的障害養護学校初任者研修におけるコミュニケーション行動に関する児童生徒理解の在り方についての まとめ

(1) コミュニケーション行動を理解するための研修資料に、コミュニケーションについての基本的な考え方、児童生徒のコミュニケーション行動を観察するときの観点、コミュニケーションをとるためのかかわり方を提示し、研修に活用することにより、初任者が、コミュニケーション関係を築くためには教師側の児童生徒の行動の理解やかかわり方が大切であることを認識し、児童生徒の行動を観察し、意思に応じてかかわろうという姿勢をもてるようになると考えられる。
(2) 研修資料に基づき、授業実践と実践のビデオ記録を用いた振り返りを行う研修は、初任者がコミュニケーションについての基本的な考え方への認識を深め、児童生徒のコミュニケーション行動を注意深く観察する姿勢を身に付け、児童生徒の意思に応じてわかるようにかかわろうとする意識を高めるために効果があると考えられる。
(3) 初任者が、児童生徒のコミュニケーション行動と初任者のかかわり方という視点から実践のビデオ記録を視聴し振り返りに活用することは、児童生徒の細かなコミュニケーション行動に気付き、初任者自身のかかわり方を客観的にとらえ、課題を認識するために効果があると考えられる。
(4) 研修資料の内容について、初任者が研修に活用しやすいように、児童生徒のコミュニケーション行動を観察するときの観点やコミュニケーションをとるためのかかわり方、振り返り記録用紙の様式等について吟味、検討するとともに、研修内容について、初任者が自身の実践のビデオ記録を用いた振り返りを行う前に、振り返り記録用紙の記入の仕方の演習を取り入れる必要があると考えられる。

X 研究のまとめと今後の課題

1 研究のまとめ

(1) 指導実践前に初任者に対して行った意識調査及び授業観察から、初任者は児童生徒のコミュニケーション行動への理解が不十分であり、コミュニケーションがうまく成立ないまま授業を行っている実態が明らかになった。
(2) 初任者の実態に基づいて作成した研修資料は、初任者が児童生徒のコミュニケーション行動への理解を深めるための基本的な資料として役立ち、校内初任者研修のおいて活用することはコミュニケーショ ン行動に関する児童生徒理解に効果があることが確かめられた。
(3) 研修資料に基づく、授業実践と実践のビデオ記録を用いた振り返りを取り入れた研修は、初任者が児童生徒のコミュニケーション行動への理解を深め、より適切な対応ができるようになるために効果があることが明らかになった。

2 今後の課題

(1) 研修資料の内容について、初任者が児童生徒のコミュニケーション行動への理解をさらに深めていけるように、保護者との連携についてを盛り込む等の改善をしていく必要がある。
(2) 振り返り記録用紙の様式について、児童生徒の行動の変容から初任者のかかわり方が適切だったどうかを確かめられるように工夫するなど、具体的な視点から検討、改善していく必要がある。
(3) 研修内容については、研修が効率的に進められるように、ビデオ記録を用いた振り返り記録用紙の記入の仕方の演習を取り入れるなどの改善をしていく必要がある。


【主な参考文献】
中川信子著 「1・2・3歳ことばの遅い子」 ぶどう社 1999年
笹沼澄子監修・大石敬子編 「子どものコミュニケーション障害」 大修館書店 1998年
姉崎弘 「VTRを用いた重度・重複障害児の授業評価方法に関する一考察 特殊教育学研究第35巻第5号」 日本特殊教育学会 1997年
竹田契一・里見恵子編著 「インリアル・アプローチ」 日本文化科学社 1994年



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