岩手県立総合教育センター研究集録(2001)
小学校社会科において調べて考える力を育てる学習指導の在り方に関する研究
−「ロール・プレイング」を活用した話し合いをとおして−
千厩町立清田小学校 教諭 伊 東 洋 司
T 研究目的
小学校社会科の学習指導においては、社会的事象を具体的に調べる力や調べたことを表現する力、社会的事象の意味や働きなどを考える力を育てることが求められている。これは、「生きる力」の育成に必要とされる「自ら学び、自ら考える力」につながるものとして重要である。
しかし、本校児童の実態をみると、調べる活動やそれをまとめる活動には意欲的に取り組むものの、調べてまとめたことから、さらにそれらの意味などを考えようとするところまでは至っていない。これは、児童が調べてまとめることを行うだけで満足してしまうことや、調べてまとめたことから、その特色や相互の関連、意味などを考えさせるような指導が十分に行われていなかったためと思われる。
このような状況を改善するためには、児童がグループごとに調べたことについて、個々の役割を決め、調べたことにかかわる具体的な状況を体験することができるような「ロール・プレイング」を取り入れ、互いの共通点や相違点に気付かせ、その原因をとらえさせるような話し合いを行わせることにより、社会的事象の意味や働きなどを考えさせる指導が必要である。
そこで、この研究は、小学校社会科において、「ロール・プレイング」を活用した話し合いをとおして、調べて考える力を育てる学習指導の在り方を明らかにし、小学校社会科の学習指導の改善に役立てようとするものである。
U 研究仮説
小学校社会科の学習指導において、「ロール・プレイング」を活用した話し合いを次のように行えば、児童の調べて考える力を育てることができるであろう。
(1) グループごとに学習問題について資料を収集、選択し、「ロール・プレイング」での発表にむけてシナリオにまとめる話し合い
(2) 「ロール・プレイング」で演じたり、見合ったりしたあとで、グループごとに自他の発表をくらべる話し合い
(3) 全体の場で、グループごとの話し合いの結果を発表し、互いに質問や意見を述べ合う話し合い
V 研究の内容と方法
1 研究の内容
(1) 小学校社会科において調べて考える力を育てる学習指導についての基本構想の立案
(2) 小学校社会科において調べて考える力を育てる学習指導についての指導試案の作成
(3) 単元「武士の時代の暮らし」の学習指導案の作成
(4) 単元「武士の時代の暮らし」の授業実践
(5) 実践結果の分析と考察
(6) 小学校社会科において調べて考える力を育てる学習指導の在り方のまとめ
2 研究の方法
(1) 文献法 (2) 質問紙法 (3) テスト法 (4) 授業実践
3 授業実践の対象
千厩町立清田小学校 第6学年(男子4名 女子6名 計10名)
W 研究結果の分析と考察
1 小学校社会科において調べて考える力を育てる学習指導についての基本構想
(1) 調べて考える力を育てることについての基本的な考え方
ア 調べて考える力とは
調べて考える力とは、社会的事象を観察、調査したり、地図や各種の具体的資料を活用したりして調べてまとめたことをもとに、社会的事象の意味や働きなどについて考える能力のことである。この研究では、小学校社会科における調べて考える力は、次の三つの要素から構成され、それぞれの意味を【表−1】のようにとらえる。
これらの構成要素は、学習過程のなかで段階的に培われ、学習活動を繰り返し行っていくことにより、調べて考える力が育っていくものと考える。そして、本研究が目指す調べて考える力が育った児童の姿を「調べたことをもとにして、社会的事象の意味や働きなどについて考えることができる」ととらえる。
イ 調べて考える力を育てることの意義
小学校社会科においては、教師が教科書の内容を説明したり板書したりして授業を進める知識偏重の学習の反省から、児童が地域に出かけて、社会的事象を観察、調査したり見学したりする活動や体験的活動、調べたことを表現する活動など、多様な学習活動を組み入れた社会科の授業が実践されるようになってきている。
しかし、多くの実践が調べること、体験することで終わってしまい、そこから質問や意見を述べ合いながら考えさせる活動が十分に取り入れられず、社会的事象のもつ意味や働きなどをとらえさせるところまで至っていない状況もみうけられる。
そこで、授業のなかで互いに調べたことを発表し合い、それらをくらべることで、その意味や働きなどを考えさせることが必要であると考える。これは、その後の社会科の学習はもとより、他の教科の学習や生活に応用できる思考力・判断力を身に付けることにつながるものとして意義がある。
(2) 調べて考える力を育てるために「ロール・プレイング」を活用した話し合いを取り入れることの意義
一般的に「ロール・プレイング」とは、他人の立場や社会的な役割、また、自分自身の状況や役割を演じることであり、人間関係訓練や精神療法の一つである。しかし、本研究における「ロール・プレイング」とは、学習者が、ある社会的事象について調べたことを劇化して表現したり、それを見合ったりすることにより、社会的事象を具体的にとらえる方法とする。
このような「ロール・プレイング」を行うには、発表するために調べたことを再構成してせりふと
動作で表現できるようにまとめる必要がある。そのことにより、演じる側、それを見る側ともに事実認識が容易になり、互いの共通点や相違点を見いだしやすくなるというよさがある。
小学校社会科において、「ロール・プレイング」を活用した話し合いを取り入れることは、調べて考える力を育てるために、次のような意義があると考える。
「ロール・プレイング」を行うことによって見いだした共通点や相違点について、「なぜそうなるのだろう」という原因を話し合うことで、社会的事象の意味や働きなどについての自分の考えが確かめられるだけでなく、より考えが深められ、まとめることができるということである。
そこで本研究では、小学校社会科において調べて考える力を育てるための手だてとして、「ロール・プレイング」を活用した話し合いを取り入れることとする。
(3) 調べて考える力を育てるために「ロール・プレイング」を活用した話し合いを取り入れた指導の展開
「ロール・プレイング」を活用した話し合いを取り入れて、調べて考える力を育てていく学習指導過程を、「つかむ段階」「調べる段階」「まとめる段階」の三段階とし、このうち「調べる段階」と「まとめる段階」に調べて考える力を育てる場を位置付ける。三段階のそれぞれの指導内容を、次のようにする。
「つかむ段階」では、社会的事象に着目させ、学習問題を設定させるとともに、その学習問題に対する予想を立てさせる。次に、それぞれのグループが調べたことを「ロール・プレイング」で発表し、それをもとに話し合う学習を行うことを確認させる。その際、「ロール・プレイング」によるまとめ方についても指導し、学習計画を立てさせる。
「調べる段階」では、グループごとに、学習計画に従って自分たちの学習問題についての資料を収集、選択して調べさせ、それを「ロール・プレイング」で発表できるようにシナリオにまとめさせる。
「まとめる段階」では、調べたことを「ロール・プレイング」で発表し合わせたあとで、それをもとにして、グループごとに話し合わせ、自分たちと他のグループの調べた内容の共通点や相違点を見いださせる。次に、グループごとに見いだした共通点や相違点について、全体で質問や意見を述べ合わせながらその原因を探らせ、学習問題についてまとめさせる。
(4) 小学校社会科において調べて考える力を育てる学習指導の在り方についての基本構想図
小学校社会科において調べて考える力を育てる学習指導の在り方についての基本構想図を【図−1】のように作成した。
2 小学校社会科において調べて考える力を育てる学習指導についての指導試案
(1) 小学校社会科において調べて考える力を育てる学習指導についての指導試案作成の観点
基本構想及び実態調査の分析から明らかになった課題を解決していくために、次の三つの観点から「ロール・プレイング」を活用した話し合いを取り入れた社会科の指導試案を作成していくことにする。
ア 自他の発表をくらべる話し合いにむけて、グループごとの発表を見合う際、視点を与えて見たり聞いたりさせる工夫をする。 イ 調べたことをシナリオにまとめる話し合いにむけて、せりふを書かせたり、役割分担をさせたりすることができるような工夫をする。 ウ グループごとに学習問題について調べる際、多様な資料のなかから資料を収集、選択できるような工夫をする。
(2) 小学校社会科において調べて考える力を育てる学習指導についての学習指導過程試案
基本構想及び実態調査の分析から明らかになったことを考慮して、学習指導過程試案を【表−2】のように作成した。
(3) 検証計画
ア 検証計画
授業実践をとおして指導試案の妥当性をみるために、【表−3】の検証計画を作成し、調べて考える力の育成状況、単元の学習内容の習得状況、学習に関する意識の状況について、それぞれ事前と事後にテスト及び調査を行い、検証を進めることにした。
3 単元「武士の時代の暮らし」の学習指導案(本資料においては省略)
4 単元「武士の時代の暮らし」の授業実践
ここでは、単元「武士の時代の暮らし」(24時間)のうち、本研究にかかわる授業実践である小単元「鎖国が終わる」(6時間)のものを記載する。
(1) 授業実践期間 平成13年9月5日〜9月18日
(2) 小単元の指導計画
小単元の指導計画を【表−4】のように作成した。
(3) 授業実践の概要
指導試案に基づいて作成した学習指導案により、授業実践を行った。【資料−1】と【資料−2】は、小単元「鎖国が終わる」の授業実践記録の一部である。なお、授業実践記録のTは教師の発問、Cは児童の反応や活動を表している。
ア 「調べる」段階の授業実践の概要
イ 「まとめる」段階の授業実践の概要
5 実践結果の分析と考察
(1) 調べて考える力の育成状況
ア 調べて考える力のテスト結果
【表−4】から、調べて考える力については、全員がプラスに変容していることがわかる。また、【表−5】から、サイン検定(変化の検定)の結果、有意差が認められた。このことから、「ロール・プレイング」を活用した話し合いを取り入れた社会科の学習指導は、調べて考える力を育てることに有効に働いたと考える。
調べて考える力は、三つの構成要素が段階的に培われながら育成されていくものである。以下に、各段階における構成要素の育成状況について述べることとする。
イ 調べて考える力の構成要素別テスト結果
(ア) 社会的事象をとらえる力の育成状況
【表−6】から、社会的事象をとらえる力については、10名中8名がプラスに変容し、1名がマイナスに変容し、1名が変化なしであることがわかる。また、【表−7】から、サイン検定の結果、有意差が認められた。これは、児童が多様な資料のなかから、自分たちの調べる内容に必要な資料を収集、選択して調べ、それを再構成してシナリオを作るために話し合う学習活動を行ったことにより、資料を活用して読み取った事実を自分なりに理解することをうながし、社会的事象をとらえる力が育成されてきたものと思われる。このことは、【資料−1−5】のシナリオにみられるように、児童が学習問題を解決するために調べたことを、自分なりに再構成してまとめた記述からも読みとることができる。
マイナスに変容したf児については、事前に最も高い点数をとっており、シナリオを作るための話し合いでもグループの中心となって取り組んだ児童である。しかし、f児は主体的に学習に取り組めるであろうとする教師の意識により、個別の支援が他の児童より不足し、マイナスに変容したと思われる。
(イ) 社会的事象をくらべる力の育成状況
【表−8】から、社会的事象をくらべる力については、10名中8名がプラスに変容し、1名がマイナスに変容し、1名が変化なしであることがわかる。また、【表−9】から、サイン検定の結果、有意差が認められた。これは、児童がグループごとの「ロール・プレイング」での発表を見合いながら、自分たちの調べた内容との共通点、相違点と考えられるものを自分なりに予想し、グループで共通点、相違点を見いだすために話し合う学習活動を行ったことにより、自他の調べた内容を比較しながら考えることになり、社会的事象をくらべる力が育成されてきたものと思われる。このことは、【資料−2−4】の児童が見いだした共通点、相違点の抜粋にみられるように、自他の調べた内容を比較した記述からも読みとることができる。
マイナスに変容したj児については、事前に最も高い点数をとってはいるものの、【資料−3】のj児の学習シートの共通点、相違点のメモの記述をみると、「幕府について話している」「薩摩藩と長州藩について話している」という表面的なとらえにとどまっていることがわかる。j児は、共通点、相違点を見いだす視点をもたないまま学習活動にのぞんだため、マイナス傾向の変容を示したと考える。
(ウ) 社会的事象をまとめる力の育成状況
【表−10】から、社会的事象をまとめる力については、10名中9名がプラスに変容し、1名が変化なしであることがわかる。また、【表−11】から、サイン検定の結果、有意差が認められた。これは、児童の見いだした共通点や相違点が「どうして生じたのか」という原因を学級全体で話し合う学習活動を行ったことにより、社会的事象の意味や働きについての自分の考えがより深められ、社会的事象をまとめる力が育成されてきたものと思われる。このことは、【資料−2−5】の全体での話し合いや、【資料−2−7】の学習シートの学習問題についてのまとめの記述にみられるように、それぞれの児童が原因についての自分の考えを発言したり学習問題について自分の考えをまとめたりしていることからも読みとることができる。
以上、三つの構成要素別に検証してきた。上記のとおり、いずれの構成要素でも有意差が認められた。これら構成要素別にみた育成状況からも、調べて考える力が育成されてきたものと考えることができる。
(2) 単元の学習内容の習得状況
【表−12】から、単元全体の有効度指数は、学級全体で73という結果であることがわかり、単元に必要とされる事項については、ほぼ習得できたものと考える。
また、観点別に有効度指数をみてみると、社会的な思考・判断は76、観察・資料活用の技能・表現は65、社会的事象についての知識・理解は76である。社会的な思考・判断と社会的事象についての知識・理解は、有効度指数で70以上と望ましい伸びを示している。観察・資料活用の技能・表現が65と若干低く、今後の課題であると考える。
(3) 学習に関する意識の状況
ア 社会科の学習に関する意識
【表−13】から、サイン検定の結果、設問4で有意差が認められた。これは、「ロール・プレイング」で発表するために、調べたことを再構成してせりふと動作で表現できるようにまとめることで、見る人たちにわかりやすく伝えようとする意識が働いたことによるものと思われる。また、有意差は認められなかったものの、設問2と設問3でも4名の児童がプラスに変容している。
イ 調べて考えることに関する意識
【表−14】から、サイン検定の結果、設問7で有意差が認められた。これは、「ロール・プレイング」での発表から見いだした共通点、相違点の原因を探る話し合いをすることで、調べたり発表を見合ったりするだけにとどまらず、さらにそれらから理由を考えようとする意識が働いたことによるものと思われる。また、有意差は認められなかったものの、設問5と設問6でも半数以上の児童がプラスに変容している。
ウ 「ロール・プレイング」を活用した話し合いを取り入れた学習に関する意識
【表−15】から、「ロール・プレイング」を活用した話し合いを取り入れた学習に関して、設問8と設問9について、全員が肯定的な回答をしていることがわかる。また、設問10でも9名の児童が肯定的な回答をしていることから、「ロール・プレイング」を活用した話し合いを取り入れた学習は、児童に好意的に受け止められたものと思われる。
【表−16】から、「ロール・プレイング」を活用した話し合いを取り入れた学習に関する感想をみると、成果としては「学習の楽しさ」「学習の充実感」についての記述が多くみられる。これは、「ロール・プレイング」で発表し、それを見合うという学習活動が、児童に楽しさと充実感を与えたものと考えられる。
また、課題としては「学習方法の難しさ」についての記述が多くみられる。これは、「ロール・プレイング」で表現するためのシナリオ作成の際に用いたシナリオシートが、児童にとって難しいものであったためと思われる。
6 小学校社会科において調べて考える力を育てる学習指導の在り方のまとめ
これまで、指導試案に基づく授業実践を行い、実践結果の分析と考察をとおしてその妥当性を検討してきた。そこで、小学校社会科において調べて考える力を育てる学習指導について、成果として考えられることと課題として考えられることの二点についてまとめることにする。
(1) 成果として考えられること
ア 必要な資料を収集、選択して調べ、それを再構成してシナリオを作るために話し合う学習活動を行ったことにより、資料を活用して読み取った事実を自分なりに理解することをうながし、社会的事象をとらえる力が育成されてきたこと イ 「ロール・プレイング」での発表を見合ったあとで、共通点、相違点を見いだすために話し合う学習活動を行ったことにより、自他の調べた内容を比較しながら考えることができるようになり、社会的事象をくらべる力が育成されてきたこと ウ 見いだした共通点、相違点の原因を話し合う学習活動を行ったことにより、社会的事象の意味や働きについての自分の考えをより深めることができ、社会的事象をまとめる力が育成されてきたこと
(2) 課題として考えられること
ア 共通点、相違点を見いだす視点をもつに至らなかった児童がいたこと イ 「ロール・プレイング」で表現するためのシナリオシートが、児童にとって難しいものであり、シナリオ作成の支援の工夫として不十分であったこと
以上のことから、課題として考えられることに示している配慮事項はあるものの、小学校社会科の学習指導において、「ロール・プレイング」を活用した話し合いを取り入れることは、調べて考える力を育てるのに効果があると考える。
X 研究のまとめと今後の課題
1 研究のまとめ
この研究は、小学校社会科において、「ロール・プレイング」を活用した話し合いをとおして、調べて考える力を育てる学習指導の在り方を明らかにし、小学校社会科の学習指導の改善に役立てようとするものである。そのために、小学校社会科において調べて考える力を育てる学習指導についての基本構想に基づき、指導試案を作成し授業実践を行った。その授業実践の結果に基づき、指導試案の妥当性を検討し、小学校社会科において調べて考える力を育てる学習指導の在り方についてまとめることができた。
2 今後の課題
この研究では、小学校社会科において調べて考える力を育てる学習指導の在り方について、「ロール・プレイング」を活用した話し合いを取り入れた授業実践をとおして明らかにすることができた。
さらに、児童への共通点、相違点を見いだすための視点のもたせ方や、シナリオ作成の際の支援の工夫についてはまだ不十分なので、今後も授業実践をとおして検討していく必要があると考える。
【主な参考文献】
文部省 「初等教育資料No.704『社会科の学習指導の改善の視点』」 東洋館出版社 1999年
北俊夫著 「社会科の責任 21世紀を拓く授業論」 東洋館出版社 2000年