岩手県立総合教育センター研究集録(2001)
中学校国際理解教育におけるコミュニケーション能力の育成に関する研究
−参加型学習を用いた交流活動をとおして−
西根町立西根第一中学校 教諭 齊 藤 知 樹
T 研究目的
国際理解教育においては、異文化に対する理解や異なる文化や価値観をもつ人々と共に協調して生きていく態度を育てることが求められている。そのためには、単に知識理解だけにとどまるのではなく、社会的事象をより広い視野からとらえ、国際社会に進んで参加しようとする資質や能力を育成していくことが大切であると考える。
しかし、生徒の実態をみると、交流を主とする活動の場面では、異なる文化や価値観をもつ人々と話すことにためらいを感じ、恥ずかしがって質問や意見を言えないなど、自分をうまく表現することができない生徒も多い。また、質問をするということだけに満足してしまい、質問に対する相手の答えを自分なりに理解して、それを今後の生活に生かしていくという段階にまでは至っていない状況である。これは、相手の考えを正しく受け止めたり自分の考えを身体表現やことばを使って表したりするなど、お互いに理解を深めていく指導が不足していたためと考えられる。
このような状況を改善するためには、参加型学習を用いた交流活動をとおして、異なる文化や価値観をもつ人々に対して抱く緊張感や抵抗感を段階的になくしていくことが必要である。そして、交流活動のなかで異なる文化や価値観を体験し、体験後に自分が気づいたことや考えたことを発表し合う活動をとおして、お互いを理解し合うためのコミュニケーション能力を育成することが大切であると考える。
そこで、この研究は、参加型学習を用いた交流活動をとおして、コミュニケーション能力を育成する指導の在り方を明らかにし、中学校国際理解教育の指導の改善に役立てようとするものである。
U 研究仮説
中学校国際理解教育の交流活動において、異なる文化や価値観を体験し体験後に自分が気づいたことや考えたことをふりかえる以下の参加型学習を用いれば、コミュニケーション能力が育成されるであろう。
(1) 文化を紹介し合う活動を用いた参加型学習
(2) 身体表現活動を用いた参加型学習
(3) 話し合い活動を用いた参加型学習
V 研究の内容と方法
1 研究の内容
(1) 中学校国際理解教育におけるコミュニケーション能力の育成についての基本構想の立案
(2) 中学校国際理解教育におけるコミュニケーション能力の育成についての実態調査及び調査結果の分析と考察
(3) 参加型学習を用いた交流活動の指導試案の作成
(4) 指導実践及び実践結果の分析と考察
(5) 中学校国際理解教育におけるコミュニケーション能力の育成についてのまとめ
2 研究の方法
(1) 文献法 (2) 質問紙法 (3) 指導実践
3 授業実践の対象
西根町立西根第一中学校 第1学年(男子37名 女子22名 計59名)
4 講師
アメリカ2名 ニュージーランド1名 オーストラリア1名 フィリピン1名 モンゴル1名 中国4名
W 研究結果の分析と考察
1 中学校国際理解教育におけるコミュニケーション能力の育成についての基本構想
(1) 中学校国際理解教育におけるコミュニケーション能力の育成についての基本的な考え方
ア 中学校国際理解教育におけるコミュニケーション能力の育成の意義
国際化が急速に進展するなかで、生徒は国際社会に生きるという広い視野をもつとともに、国境を越えて相互に理解し合うことが重要な課題となっている。国際理解教育を深めていくためには、自国の歴史や文化についての理解を深めさせ、そこから異なる文化を理解し尊重する態度を育成していくことが重要である。そして、単に知識理解にとどめるのではなく、異なる文化や価値観にふれたり異なる文化や価値観をもつ人々に接したりする交流活動を多く取り入れて、実践的な態度や資質、能力を育成する必要がある。そのため、異なる文化や価値観をもつ人々との交流活動においては、相互理解を図るためにコミュニケーション能力を育成することが特に必要とされている。
イ 中学校国際理解教育におけるコミュニケーション能力について
コミュニケーション能力というと、一般的に会話能力ととらえられている傾向にあるが、中学校国際理解教育においては、相手の立場を尊重しつつ自分の考えや意思を表現するうえで、コミュニケーションを図ろうとする意欲が特に重要であると考える。中学校国際理解教育におけるコミュニケーション能力は、コミュニケーションを図ろうとする意欲が基盤をなすものであり、その上に会話などの能力が成り立っていると考える。
よって本研究では、コミュニケーション能力のなかで基盤をなすコミュニケーションを図ろうとする意欲の状況を取り上げていくものとする。
また、本研究におけるコミュニケーションを図ろうとする意欲は、【図−1】に示す三つの要素から構成されるものとして考えていく。
これらの要素がかかわるなかでコミュニケーション能力が育成され、異なる文化や価値観をもつ人人と交流活動を進めることができると考える。
また、本研究におけるコミュニケーション能力が育成された姿を、「異なる文化や価値観をもつ人人の考えを受け止めたり、自分の考えを身体表現やことばを用いて表したりし、お互いを理解し合い
ながらコミュニケーションを図ることができる」ととらえることとする。
(2) 参加型学習を用いた交流活動について
ア 参加型学習を用いた交流活動の意義
中学校国際理解教育では、生徒に知識を伝達するだけではなく、体験的な学習を取り入れながら実践的な態度や資質、能力を育成することが重要である。そのため、体験をとおして生徒が主体となって学ぶ参加型学習を用い、実際に異なる文化や価値観をもつ人々との交流を進めることが必要であると考える。そして、異なる文化や価値観をもった人々に対して抱く緊張感や抵抗感をなくしていくことで、お互いを理解し合いながら交流活動を進めることができると思われる。
イ 参加型学習を用いた交流活動のとらえかた
本研究における参加型学習については、「交流活動のなかで異なる文化や価値観を体験し、体験後に自分が気づいたことや考えたことのふりかえりをとおして、お互いを理解し合うためのコミュニケーション能力を育成する学習活動」ととらえる。
ウ ふりかえりについて
異なる文化や価値観の体験と並び、体験後のふりかえりも重要な活動として位置付けられる。本研究のふりかえりには、体験したことや活動のねらいなどについての個人のふりかえりと、ふりかえったことを発表し合う活動を含むものとする。
エ 参加型学習を用いた交流活動における指導の展開
参加型学習を用いた交流活動を、次の三つとする。
(ア) 交流活動1 文化を紹介し合う活動
相手の考えを受け止めようとすることを重点とし、お互いの国に伝わる文化を紹介し合う。文化を紹介し合う活動を体験した後に、気づいたことや考えたことのふりかえりを行う。
(イ) 交流活動2 身体表現活動
自分の考えを表現しようとすることを重点とし、伝言ゲームを取り入れた身体表現活動を行う。伝言ゲームを体験した後に、気づいたことや考えたことのふりかえりを行う。
(ウ) 交流活動3 話し合い活動
相手と意思の疎通を図ろうとすることを重点とし、話し合い活動を行う。話し合い活動を体験した後に、気づいたことや考えたことのふりかえりを行う。
(3) 中学校国際理解教育におけるコミュニケーション能力の育成についての基本構想図
中学校国際理解教育におけるコミュニケーション能力の育成に関しては、前頁【図−2】のように基本構想図を作成した。
2 参加型学習を用いた交流活動の指導試案
(1) 参加型学習を用いた交流活動の指導試案作成の観点
基本構想及び実態調査の分析から明らかになった課題を解決していくため、次の三つの観点から指導試案を作成した。
@ 班を構成する場合の生徒の人数についての工夫
A 相手の話が分からなかったり、自分の考えをうまく伝えることができなかったりする生徒への配慮
B 話し合い活動で質問を考えさせるときの工夫
(2) 参加型学習を用いた交流活動の指導試案
実態調査から明らかになったことを考慮し、指導試案を【表−1】のように作成した。
3 指導実践及び実践結果の分析と考察
(1) 指導試案に基づく指導計画(省略)
(2) 指導試案に基づく指導実践
ア 交流活動1 文化を紹介し合う活動の指導展開(一部)
イ 交流活動2 身体表現活動の指導展開(一部)
ウ 交流活動3 話し合い活動の指導展開(一部)
(3) 実践結果の分析と考察
ア コミュニケーションを図ろうとする意欲の変容状況
【表−6】はコミュニケーションを図ろうとする意欲の変容状況について、指導実践の事前と事後に調査したものをまとめたものである。χ2検定(変化の検定)の結果、すべての設問で有意差がみられた。
これらの結果は、相手の考えを受け止めようとすることを重点として行った文化を紹介し合う活動、自分の考えを表現しようとするすることを重点として行った身体表現活動、相手と意思の疎通を図ろうとすることを重点として行った話し合い活動を行うなかで、異なる文化や価値観を体験し、体験後に自分が気づいたことや考えたことのふりかえりをする参加型学習を用いた交流活動によるものと考えられる。
このことから本研究の指導実践は、コミュニケーション能力の構成要素である「相手の考えを受け止めようとする意欲」「自分の考えを表現しようとする意欲」「相手と意思の疎通を図ろうとする意欲」をもたせるうえで効果があったといえる。
イ 各交流活動におけるコミュニケーションを図ろうとする意欲の状況
(ア) 相手の考えを受け止めようとすることを重点とした交流活動1の「ふりかえりシート」にみられる意欲の状況
@ 講師から出身国に伝わる文化を教えられる活動の意欲について
【表−7】は、文化を教えられる活動に関する生徒の記述をまとめたものである。生徒は講師からその国の文化を直接教えられ、作り方や遊び方を体験した。A班の「とても楽しいダンスだと思った」という記述を詳しくみていくと、スィング・ダンスを踊ることに最初はかなり抵抗を示していたが、意欲的に講師と踊るなかで楽しいと思えるようになったというものであった。F班の「ジャンケンが日本のものと似ていると感じた」という記述は、講師からモンゴルのジャンケンを初めて教えられ、意欲をもって自分もやってみるなかでそう感じたというものであった。その他の記述についても、講師から文化を教えられる活動に意欲をもって参加し、抵抗感や緊張感が少なくなっていったことを表しているといえる。
このことから、講師から出身国に伝わる文化を教えられる活動は、相手の国の文化を理解して相手の考えを受け止めていこうとする意欲をもたせるうえで効果があったといえる。
A 講師に折り紙を教える活動の意欲について
【図−12】は、講師に折り紙を教える活動に関する生徒の記述をまとめたものである。「先生は折るのがとても上手だと感じ、また教えたい」という記述が23人であったが、これは折り紙の折り方を何度も練習をして自分たちの力で教えていった結果「先生は上手に折ることができた」ということであり、教えていこうという意欲があったと考えられる。「教え方が難しいと感じ、もっとうまく教えられるようにしたい」と記述した生徒が9人であったが、教えていくなかでそのように感じたのであり、最初からあきらめて教えようとしなかったのではない。その他の記述についても意欲をもって活動に参加した結果のものだと考えられる。
このことから、講師に折り紙を教えていく活動は、相手の考えを受け止め、ことばと動作で直接相手に働きかけようとする意欲をもたせるうえで効果があったといえる。
B 「ふりかえりシート」の自己評価について
【図−13】は、交流活動1における活動のねらい「相手の考えを自分から進んで聞こう」についての生徒の自己評価をまとめたものである。「A 達成できた」、「B だいたい達成できた」とプラス傾向に答えた生徒が合わせて54人(91.5%)であった。「C
あまり達成できなかった」と答えた生徒の理由をみると、「質問を少ししかできなかった」が4人、「あまり話すことができなかった」が1人であった。このことから活動のねらいを、自分から講師に質問したり話したりしなければならないと取り違えて考えていることが分かった。
以上の結果から、交流活動1の活動のねらい「相手の考えを自分から進んで聞こう」は、ほとんどの生徒が達成できたといえる。
(イ) 自分の考えを表現しようとすることを重点として行った交流活動2の「ふりかえりシート」にみられる意欲の状況
@ 身体表現活動の意欲について
【図−14】は、伝言ゲームでの生徒の記述をまとめたものである。これをみると「動作を大きくしようと思う」の27人や「うまく伝えるため、ものの特徴をつかんで表したい」の8人の記述から、身体表現を使って自分の考えを伝える場合にどう表現すれば相手に伝わるのかということが、分かってきたものと考えられる。また、「先生に伝わったので、恥ずかしがらずにやろうと思う」の21人や「難しかったが、伝わったので自信をもって表したい」の14人の記述から、自分でも身体表現ができると感じたと思われる。その他の記述についても、意欲をもって活動に参加した結果のものであると考えられる。
このことから、身体表現活動は自分の考えを表現していこうという意欲をもたせるうえで、効果があったといえる。
A 「ふりかえりシート」の自己評価について
【図−15】は、交流活動2における活動のねらい「自分の考えを進んで表現しよう」についての生徒の自己評価をまとめたものである。「A 達成できた」、「B だいたい達成できた」とプラス傾向に答えた生徒が合わせて56人
(94.9%)であった。「C あまり達成できなかった」と答えた生徒の理由をみると、「うまく表現することができなかった」が1人、「分かりやすく伝えることができなかった」が1人、「恥ずかしくてうまく伝えることができなかった」が1人であった。これらの記述は、表現しようと試みてその難しさを感じたものと考えられる。
以上の結果から交流活動2の活動のねらい「自分の考えを進んで表現しよう」はほとんどの生徒が達成できたといえる。
(ウ) 相手と意思の疎通を図ろうとすることを重点として行った交流活動3の「ふりかえりシート」にみられる意欲の状況
@ 話し合い活動の意欲について
【図−16】は、話し合い活動での生徒の記述をまとめたものである。「だんだんその国が分かってきたので、もっと質問したい」が35人で一番多かった。これは相手と意思の疎通を図ろうとする意欲をもち、自分が考えた質問を講師にしたり講師から質問されたりしながら、講師の出身国の様子がだんだん分かってきたものと考えられる。その他の記述についても意欲をもって活動に参加した結果のものであると考えられる。
このことから、話し合い活動は相手と意思の疎通を図ろうとする意欲をもつうえで、効果があったといえる。
A 「ふりかえりシート」の自己評価について
【図−17】は、交流活動3における活動のねらい「自分から進んで質問しよう」についての生徒の自己評価をまとめたものである。「A 達成できた」、「B だいたい達成できた」とプラス傾向に答えた生徒が合わせて54人
(91.5%)であった。「C あまり達成できなかった」と答えた生徒の理由をみると、「質問はいくつか考えていたけれど、順番があまり回ってこなかったので進んでたくさん質問できなかった」が5人であった。このことから、まったく話し合いに参加できなかったのではないことが分かった。
以上の結果から交流活動3の活動のねらい「自分から進んで質問しよう」は、ほとんどの生徒が達成できたといえる。
5 中学校国際理解教育におけるコミュニケーション能力の育成についてのまとめ
(1) 成果として考えられること
ア 交流活動1は、異なる文化や価値観をもつ人々と交流し、相手の国の文化について理解しながら相手の考えを受け止めようとする意欲をもたせることができ、コミュニケーション能力を育成するうえで有効であること。 イ 交流活動2は、異なる文化や価値観をもつ人々にも身体表現を使えば相手になんとか伝えられるということを体験し、相手に自分の考えを表現しようとする意欲をもたせることができ、コミュニケーション能力を育成するうえで有効であること。 ウ 交流活動3は、異なる文化や価値観をもつ人々に自分が考えた質問をしたり、質問されたことに答えたりするなかで相手を理解しながら、相手と意思の疎通を図ろうとする意欲をもたせることができ、コミュニケーション能力を育成するうえで有効であること。 エ 交流活動1から交流活動3までを一つのプログラムとして行うことにより、異なる文化や価値観をもつ人々に対する抵抗感や緊張感を段階的になくしていくなかで、コミュニケーションを図ろうとする意欲もたせることができ、コミュニケーション能力を育成するうえで有効であること。 オ 参加型学習を用いた三つの交流活動は、異なる文化や価値観を体験し体験後に自分が気づいたことや考えたことのふりかえりをとおし、自分自身の変容に気づいたりこれからの課題や目標を明確にしたりするうえで有効であること。
(2) 課題として考えられること
ア 講師は西根町を中心とした近隣の市町村の方々や、国際交流協会をとおして大学の留学生の方々にお願いした。余裕をもって依頼をしていたが、留学生の方々などは夏休みと重なり都合のつかなかった人も多かったため、できれば年度当初から講師の依頼を進める必要があること。
以上のことから、講師の依頼については今後考慮する必要があるが、参加型学習を用いた交流活動は、中学校国際理解教育におけるコミュニケーション能力を育成するうえで有効であることが確かめられた。
X 研究のまとめと今後の課題
1 研究のまとめ
この研究は参加型学習を用いた交流活動をとおして、コミュニケーション能力を育成する指導の在り方を明らかにし、中学校国際理解教育の指導の改善に役立てようとするものである。そのため、中学校国際理解教育におけるコミュニケーション能力の育成についての基本構想を立案した。そして、指導試案に基づく指導実践を行い、中学校国際理解教育におけるコミュニケーション能力の育成についてまとめることができた。
2 今後の課題
今後も国際社会に生きるという広い視野をもたせるため、異なる文化や価値観にふれたり、異なる文化や価値観をもつ人々に接したりする交流活動を工夫し、中学校国際理解教育におけるコミュニケーション能力がさらに向上するよう努めていきたい。
【主な参考文献】
多田孝志著 「学校における国際理解教育−グローバルマインドを育てる−」 東洋館出版社 1997年